九日目(2)
保土ヶ谷パイパスに入ると、僕はアクセルを強めに踏んだ。
ドンっという加速。
プライマリターボが効いている。
そこから、一旦トルクの谷間があり、一呼吸分のパワーダウン。
つづいてセカンダリターボが効き始める。
キュイーンという音とともに、加速感に包まれる。。
「うきゃー」
キヨ大興奮。
だけど、いまはゴールデンウィーク。
すぐに前が詰まり、減速する。
「もっかいー」
僕は車を最も右の車線へと進める。
そして――
キュイーン。
「きゅいーん」
「はい、おしまい」
「やー」
「だーめ。パトカーに捕まっちゃうよ」
「ぶー」
いま、後ろにはクラ〇ンが貼りついている。
バックミラー越しに見ると、クラ〇ンの前席には制服を着た警官。
天井には回転灯を収納するボックスがぶら下がっている。
間違いなく覆面だ。
でも、それほど警戒する必要はない。
加速はしたが、スピードはそれほど出ていないのだし。
左側に隙間を見つけ、僕は車線を変更した。
すると、クラ〇ンも車線を変更する。
――あー、目をつけられた。
僕は溜息を吐いた。
そのとき、右車線をびゅんという感じで走り去る車があった。
黒塗りのア〇ファードだ。
クラ〇ンが右車線に戻る。
一瞬だけ僕と並走し、回転灯を出す。
助手席の警官がこちらを睨んでいる。
そしてクラ〇ンは加速して行った。
「おー、かっちょえー」
キヨは覆面パトの回転灯が気に入ったようだ。
僕は、キヨが覆面パトをもう一回見せろと言い出さないことを祈った。
東名への分岐が近づき、僕は左車線に入る。
ゴールデンウィーク中なのに、なぜか道は空いている。
ループを一回転。
ゲートをくぐってさらに一回転。
そして東名本線に合流。
「ふぉー、かっちょええ」
キヨの語彙は少ない。
でも、ご機嫌なのはわかる。
ネネは……寝ている。
つぎは大和トンネル。
「うほー、ひむちゅきちー」
トンネル内の雰囲気がお気に召したようだ。
こうして、キヨがご機嫌のまま、海老名SAに入った。
「おー、でっかー」
いつものことながら、海老名は酷い混雑だ。
普段の僕なら、トイレ休憩以外でここに立ち寄ろうなんて思わない。
だけど、今日はキヨを連れている。
――なるほど。これが家族サービスというものか。
僕は父親の忍耐の何たるかを学んだ……ような気がした。
ここに駐めてある車の多くは、お父さんが運転して来たんだろう。
仲間意識が生まれた。
その思いで駐車場を見回すと――
SAの端の方に、自衛隊のものと思しき車両が何台かあった。
装甲車や機動車が一台の護送車を挟むように駐められている。
護送車は、赤い回転灯のついた青と白のツートンカラー。
あれは機動隊所属では?
これはどういう状態なんだろう。
「おとしゃん、あえ、みゆ」
キヨも目敏く自衛隊の車両を見つけた。
僕はキヨに催促され、自衛隊車両の方に向かうことになった。
「ふおー」
キヨの語彙は少ない。
このときも、自分の思いを表現する言葉が浮かんでこないようだった。
でも、突然、肩車しているキヨの雰囲気が変わった。
腿で僕の首を絞めつけている。
「ゥアーォー」
ネネが威嚇をはじめた。
頭の上のことだからよくわからないが、たぶん対象はあの護送車だと思う。
「おとしゃん、たべうのの」
キヨが僕の頭を叩きながら指差した。
車内には、目つきのおかしい男女がいて、空間の揺らぎが見える。
僕たちが食べる者に気づくと、車内の揺らぎが窓にぶつかったような気がしたが、車のガラス窓を抜けることはできなかった。
国が捕獲したのだろうか。
――ちゃんと国も食べる者に対処しているんだ。
僕は、自分が一人ではなかったと安心した。
いや、ひょっとしたら、僕が他人に任せたいと願ったから、こう改変されたのかもしれない。
だが――
僕は嫌なことに気づいてしまった。
国は政治家が動かしている。
政治家とは、大多数が寄生虫と考えて間違いはない。
彼らの行動原理は私利私欲。
そんなやつらが自衛隊の上にいるのだから、ものごとが正しく運用されるとは限らない。
そう考えると、いまの状況が疑わしいものに思えて来た。
機動隊と自衛隊の混成。
厳重な警戒が必要なはずなのに、いま、ここには誰もいない。
見張りもなく食べる者が放置されている。
この状況はおかしい。
そう思いはしたが、僕は何もせずにその場をあとにした。
車の中に食べる者が拘束されている。
ということは、国が彼らを捕まえる手段を持っていることに相違ない。
彼らに対処できるのなら、僕がでしゃばる必要はないのでは?
そう考えはしたが、疑念がわきあがる。
――政治家連中があちら側だったら?
僕は、一時期、企業の経営企画に関わっていた。
そこで政財界の裏側を知ってしまった。
政治の裏金。
報道されるのは小物ばかり。
大物の裏金作りについてマスコミが報じることはない。
企業の違法行為を目こぼしし、後日それをネタに恐喝。
これが大物議員の裏金作りの方法だ。
小物議員の裏金づくりとは桁がちがう。
そして犯罪組織とも癒着して……。
こうした現実を知ってしまえば、政治家の応援なんてできるはずがない。
あいつらは、金になるんなら国も売る。
それが事実だと僕は確信している。
それを裏付ける米国の公文書だって公開されているわけだし。
昨今の日本を見るに、彼らが何かをするたびに、物事は悪い方向に進む。
それは彼らが侵食されているからではないのか。
あの護送車の周りには、警備している者が一人もいなかった。
それはどういうことなのか。
わざと放置して事故を起こそうとしている?
事故を起こしてマッチポンプ?
それとも、危険に気づいていない?
望むもの、あるいは恐れるものは現実になる。
その答えは、すぐにわかるだろう。
僕が望み、恐れたから。
僕は、自分の顔が強張っているのに気づき、深呼吸した。
娘の前では父親でいなければならない。
娘に心配させるなんてもってのほかだ。
僕は一旦その場から離れた。




