九日目(1)
今日は暦の上では平日。
もう一度、キヨを自然公園に連れて行こうと思っていた日。
「あの長い滑り台、また滑りに行く?」
「いくー」
急にキヨのテンションが上がった。
「おとしゃん、くうまー」
自転車に乗せようとしたら、キヨが車の方が良いと言い出した。
でも、車に乗ったのは幽世だ。現世に車はない。
「こっちには車ないよ」
「ん」
キヨは道路を挟んで向い側にある月極駐車場を指差した。
ここは極端な丘陵地なので、向かいの駐車場は2mほど上にある。
見上げると、そこには見慣れたレ〇シィのテールランプがあった。
「うそぉ」
ポケットに手を入れてみたら、そこには車のキーがある。
ボタンを押すと、駐車場から、ロックがはずれるスコンという音がした。
もう一度ボタンを押すと、やはりスコンという音がする。
――ここまで現世が改変されているの?
これは嬉しい誤算、なのかな?
急坂を上り、向かいの駐車場に入る。
そこには僕の愛車があった。
でも、車の前に立ってから、僕は問題に気づいた。
この車は三十年くらい前の型だ。
壊れたら部品が手に入らないかもしれない。
それに、いまの自動車税は、古い車には税金マシマシになっているはず。
おまけに燃費はリッター5キロ。
いまどき有り得ない大食い。
そして、駐車場代が月二万円。
いや、もっと値上がりしている可能性も――
僕は悩んでしまった。
維持できるのだろうか、と。
でも、キヨの笑顔を見ると、そんな悩みは長く続かない。
――キヨが喜んでいるから良いか。
結局、そういう結論になった。
それに、ネネと出会えたように、きっとこの車も縁で結びついているのだ。
付喪神的な何かになっている可能性だって……。
「おとしゃん、ひゃーくー」
百?
早くか。
キヨはすでに助手席のところで、ドアハンドルをがちゃがちゃやっている。
――そういえばチャイルドシートがない。
そう思って車内をのぞいたら、しっかり後部座席にセットしてあった。
なんだか走り屋っぽいデザインで、レカ〇のロゴも入っている。
「キヨは後ろねー」
「やー、まえー」
「でも、小さい子はチャイルドシートに座らないとダメなんだよ」
「やー、まえつけう」
しょうがない。
僕はあきらめて、後部座席のチャイルドシートをはずし、助手席に付けなおした。
「はい、これでよし」
「おー、あちししぇんよー。かっちょえー」
チャイルドシートを嫌がらないだけ良かったと思おう。
それにしても、このレカ〇シート、すごく本物っぽい。
僕が見てもかっこいいと思う。
メーカーさん、ユーザーの心理を良く考えている。
キヨは喜々として座り、シートベルトを締めるよう、僕を急かす。
「ネネはどこに乗る?」
ネネに聞いてみたら、キヨが自分の膝をぽんぽんと叩いた。
ネネはそれを拒まず、キヨの膝に飛び乗る。
「じゃ、ドア閉めるよ」
「おー」
「みゃう」
走り出すと、すぐにキヨからリクエストが来た。
「おとしゃん、きゅいん」
『きゅいん』というのは二段目のターボのことだ。
幽世で、ちょっとスピードを出したときのことを憶えているのだろう。
しかし、この近辺でスピードを出すのは危険だ。
このあたり、運転が下手な人が多い。
子どもや老人も多い。
ちょっとしたスピード超過が即事故につながりそうな気がする。
そもそもそういうことは子どもの教育上よろしくない。
「スピード出すと危ないよ」
「やー、きゅいんー」
「滑り台はもう良いの?」
「きゅいん」
「じゃあ、東名まで行きますか」
「おー」
キヨはノリノリ。
ネネはあくびをしている。
ふと気になって、グローブボックスを開けてみた。
そこには、僕がショップに持ち込んでつけてもらったETCが入っていた。
挿しっぱなしのカードを抜いてみると、それは僕名義のカードだった。
――どこまで現実が改変されているんだろう。
そう思わずにはいられなかったが、僕は流れに身を任せようと思った。
いまのところ、万事がうまく調整されていたから。
まずは保土ヶ谷バイパスに向かう。
横浜町田インターから東名に乗り、海老名SAでスイーツでも食べよう。
そう考えると、おいしいスイーツを食べるキヨの顔を見るのが楽しみに思えてきた。
ただ、店に入るとき、ネネをどうするかが問題だ。




