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混沌の十二日  作者: 藤原時照


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八日目

 今日の展開はいつもと違っていた。

 何しろ、前触れなく幽世に居たのだから。

 目の前には僕が昔乗っていた車があった。

 ス〇ル レ〇シィRS。

 BDレ〇シィのセダンでツインターボのモデルだ。

 僕は大学卒業後、大手企業に採用された。

 だが、配属されたのはド田舎の事業部で、僕は絶望した。

 田舎暮らしが嫌で嫌でしょうがなかった。

 それで僕は車に逃げた。

 

 当時、新入社員だった僕にはお金がなかった。

 でも田舎暮らしでは車が必須。

 だから安い中古車を探した。

 でも半端な車じゃ嫌。

 雪が降る地域だから4WD。

 なおかつ速い車がいい。

 もちろんマニュアルじゃなきゃだめだ。

 でも、そこは田舎。

 良い出物は少ない。

 こうして、探しに探して出会ったのが96年式のレ〇シィRS。

 だが、この車、癖が強かった。

 当時のレ〇シィの上級グレードは280PS。

 でも、マニュアル仕様のRSは最高出力が250PSに落とされている。

 特性の味付けもAT仕様とはちがうらしい。

 おまけにマニュアル仕様は4WDの駆動力配分が30:70ではなく50:50に変更されている。

 通常のモデルとは、カタログデータで見ただけでもかなり違う。

 そして、乗ってみたらわかるのだが、この車には独特の癖があった。

 まず、シフトが入りにくい。

 そして、ツインターボは二段目に切り替わるときに息継ぎがある。

 シフトが入りにくい上に、良いタイミングでパワーが抜けるのだ。

 峠を攻めるなんてできやしない。

 でも、僕はそれが天の配剤だと思うことにした。

 ある時期から、僕が走っていた場所の取り締まりが厳しくなった。

 そして、しばらくして、知り合いが捕まって新聞に載る事態になった。

 それは峠を諦めたばかりの頃だったから、もう少し諦めるのが遅かったら、僕のキャリアに逮捕歴が付くところだった。

 峠を攻めないなら、このレ〇シィ、性能は抜群だ。

 なにしろ、スキー場が閉鎖になるほどの大雪でもスタックせずに走れたから。

 あの頃、僕はスキーに嵌っていて、というか他にやることがなくて、大雪のあとは必ず出かけていた。スキー場までは、ボートを運転するような感覚で雪道走行をすることもあったが、僕とレ〇シィのコンビは無敵だった。雪道でレ〇シィに乗るのはすごく楽しかった。

 でも、僕は車とスキー以外、田舎暮らしを楽しめなかった。

 結局、生活に耐えかねて会社を辞めた。転職してなんとか都会に出て来たが、今度はレ〇シィとお別れ。駐車場が高すぎてレ〇シィを維持できなかったのだ。

 いま、その思い出の車が目の前にある。

 僕は懐かしさで泣き出しそうだった。

 実際、目が潤んでいる。

「おとしゃん?」

 キヨが気遣わしげな声をあげた。

 僕はキヨを心配させないよう、気を取り直した。

「ドライブするか」

「しゅゆー」

 いつのまにかズボンのポケットに入っている鍵の感触が変わっている。

 たぶん、キーホルダーには、部屋の鍵のほかにこの車のキーがついているはず。

 僕は期待とともに、ポケットに手を入れた。

 そこには昔懐かしいキーがあった。

 箱型のスマートキーではなく、ちゃんと金属の鍵部分がついている、昔ながららのキー。

 僕はキーの持ち手にあるボタンを押した。

 スコン、という音がしてドアのロックがはずれる。

 僕は助手席のドアを開け、キヨとネネを乗せた。

 そして、シートベルトを締める。

 チャイルドシートはないけれど、幽世では現世のような事故は起き得ない。

 人はめったに見かけないし、ほかに車は走っていないのだから。

 僕は運転席に座り、シートベルトを締めた。

 ひさしぶりにハンドルを握る。

 センターのカバーがきっちり嵌らないステアリングまで思い出の通りに再現されていた。

 思い出に浸りながら、僕はキーをステアリング脇の鍵穴に挿す。

――ああ、昔の車だ。

 いまどきの車は、スタートボタンでエンジンを始動するのが主流。

 商用車でもなければ、ステアリング脇にキーシリンダーが付いている車は見かけない。

 僕にはそのキーを挿す行為が酷く懐かしいものに思えた。

 あの時代、青春のひとときを思い出す。

 ブレーキとクラッチペダルを踏み、シフトレバーがニュートラルに入っていることを確認する。

 そしてキーを捻る。

 エンジンは一発で始動した。

 買ったときからついていた、化石のような社外品のナビが動き出す。

 発進すると、OHVのようなばたばたというエンジン音が聞こえた。

――ああ、懐かしいな。

 いまの水平対向エンジンは、高性能化と引き換えに、このばたばたという音を捨ててしまった。

 それは昔からのス〇ルファンには悲しい選択だった。

 僕はこの音を聞き、自分がどれだけこの車を愛していたかを思い出した。

――手放すんじゃなかったな。

 このときの僕は、シフトが入らなくてイライラしたことなどはすっかり忘れていた。

「んきゃー」

 走り出すと、助手席のキヨが奇声をあげた。

 キヨは立ち上がりそうになったが、シートベルトが押し留めてくれた。

 ネネは窓に手をつき、景色が流れるのに合わせて首を振りながら外を見ている。

――現世に戻ったら、車、買おうかな。

 僕は最近の車に興味が湧かない。

 デザインが気に入らない。

 エンジンフィールも好みじゃない。

 CVTなんてもってのほかだ。

 だから、ちょっと昔のスポーツセダンでも探そうかな、などと考えた。

 道はカーブになった。

 僕はダブルクラッチで回転を維持しながらシフトダウンしようとした。

 そこで昔のいやな思い出がよみがえる。

 ギアが入らない。

 僕はクラッチを踏み直す。

――ここまで再現性が高くなくても……。

 僕は、買うならオートマかな、などと思い直していた。

 いまは家族が居るんだから、選択肢はファミリーカーしかない。

 だからオートマだ。

 決して、シフトが面倒になったからではない。


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