七日目(2)
あとは警官に任せよう。
――いや、任せて良いのか?警官が喰われたら?
「大丈夫ですか」
警官の一人が、男を取り押さえてから僕に尋ねた。
「あ、大丈夫です。この人、何なんですか?」
「よくわからんのです。酔っぱらいがうるさいって通報で来たんですが、わけのわからんことを言う人たちと喧嘩になっていてですね」
「この前あっちの方であったみたいな?」
僕はえいちゃんの家の方を指差した。
もう一人の警官の余計な事を言うなという合図で、その警官は口を噤んだ。
彼らは酔っ払いを取り押さえた。
しかし食べる者に喰われた様子がない。
食べる者は世代を重ねると変質する?
警察には対食べる者用の何かが配布されている?
それとも、これは食べる者ではなく、ただの酔っ払い?
何にしても問題はなさそうだ。
「おとしゃん……」
声に振り向くとキヨがいた。
キヨは裸足。
もちろん寝巻のまま。
ネネを抱いている。
「外に出るなら靴を履かないと」
僕はそう言って、キヨを肩車した。
キヨはネネを僕の頭の上に置く。
「じゃあ、僕はこれで」
僕はそう言ってその場をあとにした。
本当なら、警官は僕の名前や連絡先を聞くべきだったと思うけど、男を取り押さえるので手いっぱいで、僕のことは放っておかれた。
余計なことを聞かれなくて助かったと思う。
「あら、おはようございます」
部屋の前で、隣のおばさんと鉢合わせした。
おばさんは化粧前で寝間着姿。
隣のドアが開く瞬間には頭の上からネネの気配が消えていた。
――さすがネネ。
「おはようございます」
「おーっす」
「酔っぱらいと近所の人が喧嘩になったみたいですよ」
「まあ、そうなの。あの人、うるさいもんね」
僕は適当に話を切り上げ、部屋に戻った。
ドアを開けると、玄関マットの上に破魔矢が一本置いてあった。
――僕はヒーローじゃないんだけど。
まだ僕の役目は終わっていない。
終わらせてもらえない。
そう思うとうんざりした。
えいちゃんの家、崖下の犬の家、酔っ払い関係者。
問題となるグループは三つ。
それに加えて――
死んだはずのえいちゃんが幽世にいた。
ということは、現世で肉体が滅びても、食べる者になった人は幽世に残る。
現世だけを見て安心はできない。
僕が知らないだけで、いまも被害が拡がっている可能性だってある。
それから――
警察に連れていかれた食べる者は?
警官は何かを知っている?
警察には何か対策がある?
わからない。
わからないけど、とりあえず、「何か対策がある」と強く思っておこう。
それが現実となるように。
とりあえずは、ひとつひとつ確認していくしかない。
そのとき――
僕の強い願いに反応したのか、ひとつの考えが頭に浮かんだ。
道祖神のところでは、食べる者はスタンドアロンにはならなかった。
伸びただけ。
えいちゃんのときはスタンドアロンだった。
酔っ払いもスタンドアロン。
それらを比較すると――
――ひょっとして……
『有線』の状態を維持しないと弱くなる?
『無線』では何か必要なものが端末に届かない?
それが正解のような気がする。
スタンドアロン状態で問題がないのなら、いまごろ食べる者だらけになっている。そうなっていないのだから、混沌から切り離されたスタンドアロン状態では弱っていくのだろう。そう考えるとつじつまが合う。
でも、弱っていくと言っても相対的な話で、すぐに無害になるわけではないだろう。えいちゃんの例を見れば明白だ。油断はできない。
破魔矢を拾うと、世界が変わった。
そこは僕のマンションの玄関だが、壁が半透明になっている。
ここは幽世だ。
それに、いつの間にか、僕は昨日着ていた服を着てリュックも背負っている。
――サービス満点……なのかな。
強制的に仕事をやらされている気もしないではないが。
僕は、キヨとネネを連れて、例の道祖神へと向かった。
「おとしゃん」
キヨが頭をぺんぺんと叩く。
道祖神の傍らには犬が倒れていた。
折れ曲がった破魔矢を咥えた状態で。
犬の目がこちらを向く。
あれは食べる者に喰われた犬なのだろうか。
もしそうなら、破魔矢で頭が解放されているという状態?
けれどもこの犬は目しか動かせないようだ。
どういうことかわからない。
――だが、これは好機だ。
僕は動けない犬の身体を、新しく手に入れた破魔矢で順に叩いていった。
すると、えいちゃんのときのように、黒い何かが犬の身体から抜け出た。
そして、犬は消えた。
――直らないかな。
僕は犬に噛まれて折れた破魔矢を拾い、まっすぐに伸ばしてみた。
すると、折れた部分が修復され、もとの状態に戻った。
「おー、おとしゃん、しゅごー」
なんだかわからないが、破魔矢は元に戻った。
――さて、新しい破魔矢を加えてここの封印を四本体制にするか、それとも新しい破魔矢を持って食べる者を退治に行くか。
酔っ払いは警察につれていかれたが、もう解放されているかもしれない。
酔っ払いともめていた連中も食べる者になっているかもしれない。
それに犬に噛まれた子どもとその家族。
食べる者が大量増殖しているかもしれない。
僕は同時に複数を相手にできる?
どうやって彼らの現状を調べる?
彼らから食べる者がさらに増殖している可能性は?
ひょっとして二次感染や三次感染だと無力化される?
酔っ払いを蹴っても大丈夫だったわけだし。
――わからん。
とりあえず僕は四本体制の封印を選んだ。
何かあれば、あとで一本引き抜いて対処すればいい。
必要になれば、また新しい破魔矢が送りつけられて来るかもしれないし。
――これで何かが遮断されて、食べる者が消滅すれば良いのに。
僕はそれを強く望んだ。
余計な事は考えない。
考えてはいけない。
だが考えてしまった。
僕は嫌なことに気づいた。
食べる者は静止画ファイルの中で動いていた。
だったら、そこら中にある防犯カメラの中でも存在できるんじゃないかと。
そうなっていれば、食べる者はそこら中に繁殖している。
だが、僕はその考えを無理やり打ち消した。
あの静止画はRAW。無圧縮だ。
一方、防犯カメラは低品質画像。
残せる情報は不完全。
不完全だから食べる者はそこに保存されない。
そう僕は自分に言い聞かせた。
望むもの、あるいは恐れるものが具現化する。
変なことは考えない。
自分の中で強く信じれば具現化することはない。
僕はそう思い込もうとした。
顔を上げると、僕は自宅の玄関に立っていた。
「足が汚れたし、まず風呂にする?」
「めしー」
「みゃっ」
皆さん、空腹のようで。




