六日目(4)
――そういえば、一般的な道祖神は信仰によるものだけど、そうじゃないものもあるって聞いたことがある。それが贄師によるものなのかな?
僕は、読む量が多くなりそうなので、入っているメモ書きだけをチェックすることにした。
ゆっくり調べている余裕はない。
ゴールデンウィーク中にカタを付けないと、生活に差し障りが出る。
僕はつぎの本を手に取った。
《この世の成り立ちを理解するには、グノーシスを調べるのも有用だ。現在、キリスト教の『正典』と呼ばれているものは、二世紀の権力争いの結果選定されたものであり、書かれている内容については権力闘争の名残りが随所に伺える。調べれば、『外典』や『偽典』こそが真の意味での正典、という可能性が浮かび上がる。
一部派閥に採用された文献は『外典』、完全に排除された文献は『偽典』と呼ばれるが、『外典』と『偽典』には共通点が多く、『正典』と矛盾する記述が多い。『外典』の中には、実際にイエスの弟子が書いたものだとわかっているものも多く、それらが『正典』として扱われないことは、『正典』の選定に問題があると言わざるを得ない。
『正典』を排除すると、主要な文献はグノーシス派。神が敵となる。
旧約聖書の神ヤルダバオートは矛盾に満ちた神だ。それだけでなく、彼は非常に疑わしい存在でもある。彼と『黒い水』に関する記述は、複数の文献に見られる。『黒い水』とは、異界の門に他ならない。新約聖書でも、最終的には神が門を開いて悪魔を開放することになっているが、『黒い水』は、その門を具体的に説明しているものだと解釈できる。ヤルダバオートが門を管理している以上、人の魂魄を食べる者たちは、ヤルダバオートが関わっていると考えざるを得ない。だから彼は》
文章は途中で切れていた。面白いところで切られていて残念だ。でも、ほかにも面白い記述がありそうな気がして、僕はつぎの本を手にした。
《古神道を神道と同一視してはならない。古神道とは、平田篤胤が創設したカルトに他ならない。日本の神々を祭神として神道の形を採ってはいるものの、中身は中国の道教だ。道教のまじないは神道と相容れぬ部分が多々あり、古神道は日本の神々を冒涜するものと断ぜざるを得ない。しかしながら、道教には異界の邪なものたちに対して効果のある技術が含まれており、必ずしも排除すべきだとは言えない。密教と混ざった神仏習合も同様だ。》
――このあたりから、食べる者と戦うための情報が出て来るのか。
僕は戦うための知識を期待したけれど、つぎの本は示されなかった。
裏側の書架にないか探してみたけれど、書架から出っ張っている本はなかった。
「ん」
途方に暮れていると、キヨに紙と銀のかんざしを渡された。
キヨはネネと店の奥で遊んでいたはずだ。
「これ、なに?」
「おっちゃん」
キヨはそう言って店の奥を指差した。
写真に写っていた黒い影からもらったというのだろうか。
とりあえず、僕は紙を開いて中を見た。
『できるかぎり多くの法具を探すと良い。邪なものたちが来る入口を法具で塞ぐこと。一つで足りなければ二つ。二つで足りなければ三つ使え。』
――なるほど。さっきの本の道教や密教に関する言及は、神道に拘るな、ということなのか。で、このかんざしも法具……なんだろうな。
いま手に入れた情報とこれまでの経験から、僕はさまざまな可能性を考えた。
――あの道の真ん中にある道祖神に法具を刺して来る……のかなあ。
たどり着いた考えは気に入らない。
下手に近づけば、間違いなく食べる者に襲われて終わる。
そんなことを試すのは、匹夫の勇というやつだ。
僕はキヨを肩車し、歩き出した。
特に行く当てはない。
しばらく歩くと、母親に殺されたはずのえいちゃんがいた。
いまは食べる者になっている。
僕は逃げようと思ったが、僕が動くより早く、えいちゃんが走って逃げた。
僕は、えいちゃんが逃げた理由を考えた。
前回は追いかけられたときと違うものは……。
カメラを持っていない。
ネネがいる。
そして、法具を持っている。
――食べる者は法具から逃げる?
それなら、道祖神に法具を刺しに行っても襲われない。
道祖神に近寄れる。
道祖神の周りに法具を刺すこともできる。
でも、入口が一つとは限らない。
ここだけ塞いで意味はあるのか。
僕にはそれが無駄に思えた。
しかし、自分のような存在はあちこちにいるのかもしれない。
あちこち塞げというのなら、もっと法具が渡されるはず。
いずれにしても、本数的に何か所も対応できない。
余計な事を考えずに、自分のノルマをこなせばいい。
僕はそう思うことにした。
――ここは僕がやる。
行動に移す前に、法具を選別する必要がある。
元から持っていた法具と、いま手に入れたばかりのかんざし。
どちらに効果があるのか、あるいは両方に効果があるのか。
――ごめんね、えいちゃん。でも、これで君を解放できるから。
そう、僕は、えいちゃんで法具の効果を試そうと思っている。
効果が出れば、彼の中から食べる者を追い出せるかもしれない。
しかし、二本で足りるのだろうか。
渡されたメモには、二本で足りなければ、とも書かれていた。
それは、普通なら二本でいいが、相手が強ければ二本で足りなくなる可能性を示唆している。
相手によって強さが違うというのなら――
えいちゃんは逃げたけれど、道祖神のやつは逃げないかもしれない。
そう考えると不安になるが、すでに僕はやると決めてしまった。
決めた以上、もう逃げるつもりはない。
――とりあえず、これで足りるかどうかはやって見るしかないんだ。
そう考えて、僕はえいちゃんを追った。
法具の効き目を確かめるために。




