五日目(5)
食事時、キヨはいつも通り口をあけ、僕に料理を運ばせる。
小鳥の雛のように。
だけど、今日はちょっと違う。
キヨは子ども用フォークを手に取った。
そして、ネネのために刺身を取り分けている。
――他者のためなら努力できるんだ。
これなら自分で食べられるだろう。
その気になれば。
さて、今後はどうしよう。
キヨに自分で食べるよう言い聞かせるか。
でも、それはそれで寂しい気もする。
振る舞いを見るに、キヨは妹が欲しいのだろうか。
僕に二歳児よりさらに幼い子どもが増えたら……。
僕に育てられるのか。
ふとネネを見ると、そこにはオヤジのように振る舞う猫がいた。
ネネは、キヨにとってもらった刺身に、自分で醤油をつけて食べている。
皿の醤油に肉球をちょっとだけつけて、ぽんぽんと刺身に触れる。
醤油をどぼどぼつけないのが通っぽい。
そして、おちょこに入れた日本酒に口をつける。
酒を口にしたあとは、すごく幸せそうな笑顔を見せる。
まったく猫らしくない。
僕は何も言わず、お手拭き代わりのウェットティッシュをネネの脇に置いた。
そういえば、どうしてネネは日本酒を飲むのだろう。
キヨは僕とお婆さんの影響を受けている。
だから、僕とお婆さんの好みを踏襲している。
では、ネネは誰の影響?
僕は酒を飲まないし、実家の方もそれは同じ。
死後、誰かにとり憑いていたのだろうか。
そんな考えが頭をよぎり、僕は考えるのを止めた。
うちの家族はみんな見た目と中身が違うから、とりあえず、こういうのは個性だと思っておこう。
個性を否定しちゃだめだ。
僕は事なかれ主義を貫いた。
食事のあと、僕は現像をはじめた。
僕の膝の上にはキヨ、キヨの膝の上にはネネ、という状態で。
静止画の現像が終わり、つぎは動画のチェックだ。
最初はキヨがハトを捕まえるところ。
「うきゃあ、やきといー」
キヨ大興奮。
そして、ネネは――
ネネがハトに反応した。モニターに爪を立てようとしている。
「ネネ、ちょっと待って。これ、ただの画像だから。食べられないから」
その姿を見て、僕はネネとの思い出が頭に浮かんだ。
あれは子猫が生まれて数か月後のことだったと思う。
三匹の雌猫が子どもを産んで、あのときは確か七匹の子猫がいた。
通常は雌猫が交代で子猫の世話をしていたのだが、あのときに限って、親猫はネネしかいなかった。
タイミング良く、あるいは悪く、僕が子どもを全部膝の上に乗せていたら、ネネは僕に「みゃ」と言って出かけてしまった。
ネネの中では、僕も育児要員に数えられていたらしい。
その十数分後、ネネは血の滴るハトの足を咥えて帰って来た。
そして、それを僕にくれた。
たぶんアルバイト料として。
最終的には野生化した子猫たちが「うー」とお互い牽制しあいながら全部食べたのだが。
――ネネとの間には、積み重ねた歴史がある。
僕は昔を思い出しながらネネの動画を再生した。
最初、ファインダーでは姿が見えなかった。
でも、いま見ると、そのときの分もちゃんと写っている。
ミラーレス一眼のファインダーは、イメージセンサーで捕らえた画像をファインダーに表示している。ファインダー――EVFで見えなければ、RAWデータにも写っていないはずだ。
しかし、写っている。
現実が改変されている、ということなのだろう。
最近はこんなことばっかり。
僕はだんだん現実の改変が気にならなくなって来た。
慣れてしまったのだ。
このときの僕は、まだその危険性に気づいていなかった。
現世では、ある種の事項にプロテクトがかかっている。
もちろん、それには理由がある。
そのプロテクトが破られたとき、現実に亀裂が入るのだ。
そうなると、そこから混沌が流れ込んで来る。
それは破った当人の周りから始まる。
僕は、幽世でお婆さんに触れたとき、こうした事実を知ったはずなのだ。
でも、現世に戻ったとき、現世のシステムの影響で、忘却が始まった。
重要事項はメモでも残しておくべきだったが、もう遅い。
もう僕の周りでは――
「ぢーぶいぢー、みゆ」
DVDを見ると言われ、僕は一瞬アニメ映画のことかと思ったが、キヨの指さす方向を見て、それが間違いだと気づいた。
キヨは動画のことをDVDと言っているのだ。
僕はそれに気づき、滑り台の動画を再生した。
最初は自分たちの方向を写したもの。
「おー、……へんー」
自分が変な顔をしていると盛り下がってしまった。
カメラが近すぎて、キヨしか写っていないうえに、下から上に向けて撮ったので、鼻の穴が大写しになっていたのだ。
つぎは、カメラを進行方向に向けた動画を再生する。
「うきゃきゃー」
キヨは急に盛り上がった。
滑っているときの興奮が蘇って来たようだ。
何だかネネも見入っている。
「もっかい、もっかい」
キヨは何度も再生をせがんだ。
――つぎの金曜日は暦の上では平日。そのあたりでもう一回行くか。
僕は呑気に遊びに行くことを考えていた。
だが、僕はもう少し深刻に考えるべきなのだ。
その夜、思い知ることになるのだから。




