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混沌の十二日  作者: 藤原時照


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五日目(5)

 食事時、キヨはいつも通り口をあけ、僕に料理を運ばせる。

 小鳥の雛のように。

 だけど、今日はちょっと違う。

 キヨは子ども用フォークを手に取った。

 そして、ネネのために刺身を取り分けている。

――他者のためなら努力できるんだ。

 これなら自分で食べられるだろう。

 その気になれば。

 さて、今後はどうしよう。

 キヨに自分で食べるよう言い聞かせるか。

 でも、それはそれで寂しい気もする。

 振る舞いを見るに、キヨは妹が欲しいのだろうか。

 僕に二歳児よりさらに幼い子どもが増えたら……。

 僕に育てられるのか。

 ふとネネを見ると、そこにはオヤジのように振る舞う猫がいた。

 ネネは、キヨにとってもらった刺身に、自分で醤油をつけて食べている。

 皿の醤油に肉球をちょっとだけつけて、ぽんぽんと刺身に触れる。

 醤油をどぼどぼつけないのが通っぽい。

 そして、おちょこに入れた日本酒に口をつける。

 酒を口にしたあとは、すごく幸せそうな笑顔を見せる。

 まったく猫らしくない。

 僕は何も言わず、お手拭き代わりのウェットティッシュをネネの脇に置いた。

 そういえば、どうしてネネは日本酒を飲むのだろう。

 キヨは僕とお婆さんの影響を受けている。

 だから、僕とお婆さんの好みを踏襲している。

 では、ネネは誰の影響?

 僕は酒を飲まないし、実家の方もそれは同じ。

 死後、誰かにとり憑いていたのだろうか。

 そんな考えが頭をよぎり、僕は考えるのを止めた。

 うちの家族はみんな見た目と中身が違うから、とりあえず、こういうのは個性だと思っておこう。

 個性を否定しちゃだめだ。

 僕は事なかれ主義を貫いた。

 食事のあと、僕は現像をはじめた。

 僕の膝の上にはキヨ、キヨの膝の上にはネネ、という状態で。

 静止画の現像が終わり、つぎは動画のチェックだ。

 最初はキヨがハトを捕まえるところ。

「うきゃあ、やきといー」

 キヨ大興奮。

 そして、ネネは――

 ネネがハトに反応した。モニターに爪を立てようとしている。

「ネネ、ちょっと待って。これ、ただの画像だから。食べられないから」

 その姿を見て、僕はネネとの思い出が頭に浮かんだ。

 

 あれは子猫が生まれて数か月後のことだったと思う。

 三匹の雌猫が子どもを産んで、あのときは確か七匹の子猫がいた。

 通常は雌猫が交代で子猫の世話をしていたのだが、あのときに限って、親猫はネネしかいなかった。

 タイミング良く、あるいは悪く、僕が子どもを全部膝の上に乗せていたら、ネネは僕に「みゃ」と言って出かけてしまった。

 ネネの中では、僕も育児要員に数えられていたらしい。

 その十数分後、ネネは血の滴るハトの足を咥えて帰って来た。

 そして、それを僕にくれた。

 たぶんアルバイト料として。

 最終的には野生化した子猫たちが「うー」とお互い牽制しあいながら全部食べたのだが。

――ネネとの間には、積み重ねた歴史がある。

 僕は昔を思い出しながらネネの動画を再生した。

 最初、ファインダーでは姿が見えなかった。

 でも、いま見ると、そのときの分もちゃんと写っている。

 ミラーレス一眼のファインダーは、イメージセンサーで捕らえた画像をファインダーに表示している。ファインダー――EVFで見えなければ、RAWデータにも写っていないはずだ。

 しかし、写っている。

 現実が改変されている、ということなのだろう。

 最近はこんなことばっかり。

 僕はだんだん現実の改変が気にならなくなって来た。

 慣れてしまったのだ。

 このときの僕は、まだその危険性に気づいていなかった。

 現世では、ある種の事項にプロテクトがかかっている。

 もちろん、それには理由がある。

 そのプロテクトが破られたとき、現実に亀裂が入るのだ。

 そうなると、そこから混沌が流れ込んで来る。

 それは破った当人の周りから始まる。

 僕は、幽世でお婆さんに触れたとき、こうした事実を知ったはずなのだ。

 でも、現世に戻ったとき、現世のシステムの影響で、忘却が始まった。

 重要事項はメモでも残しておくべきだったが、もう遅い。

 もう僕の周りでは――


「ぢーぶいぢー、みゆ」

 DVDを見ると言われ、僕は一瞬アニメ映画のことかと思ったが、キヨの指さす方向を見て、それが間違いだと気づいた。

 キヨは動画のことをDVDと言っているのだ。

 僕はそれに気づき、滑り台の動画を再生した。

 最初は自分たちの方向を写したもの。

「おー、……へんー」

 自分が変な顔をしていると盛り下がってしまった。

 カメラが近すぎて、キヨしか写っていないうえに、下から上に向けて撮ったので、鼻の穴が大写しになっていたのだ。

 つぎは、カメラを進行方向に向けた動画を再生する。

「うきゃきゃー」

 キヨは急に盛り上がった。

 滑っているときの興奮が蘇って来たようだ。

 何だかネネも見入っている。

「もっかい、もっかい」

 キヨは何度も再生をせがんだ。

――つぎの金曜日は暦の上では平日。そのあたりでもう一回行くか。

 僕は呑気に遊びに行くことを考えていた。

 だが、僕はもう少し深刻に考えるべきなのだ。

 その夜、思い知ることになるのだから。


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