五日目(4)
――僕は二児の父親になるのかな。
それは大変そうではあるけれど、現実の子育てほど厳しくはないかもしれない。
彼女たちは本当の人ではない。
幼児の姿であったとしても、それなりの強かさは持っているはずだ。
だから、きっと何とかなるだろう。
そういえば、キヨは僕にトイレの世話をさせるけど、一度もお漏らしをしたことはない。
本当は自分で大抵のことはできるのではないか、という気もする。
ネネも同じじゃないかな。
そんな気がする。
そんな期待のもと、僕たちは自宅に自転車を置き、部屋に入ることなく道祖神めぐりに出かけた。
今日は望遠レンズのコースで。
しかし、その日、僕たちは幽世に行くことができなかった。
今朝、ベランダから見て、警察が来ているのは知っていた。
それは最後の道祖神の近く。
悪い意味で有名な県警がまじめに仕事をするはずがない。
僕は勝手にそう思い込んでいた。
だからとっくに封鎖は解けていると思い込んでいた。
でも、そのエリアはいまだに警察によって封鎖されている。
「何かあったんですか」
僕は規制線の近くにいた中年女性に聞いてみた。
「奥さんが子どもさんを殺しちゃったんだって」
「すごかったのよ『えいちゃんをかえせー』って朝から大声で」
近くにいた別の中年女性が加わった。
「えいちゃんっていうのは?」
「えいちゃんっていうのは、殺された息子さん。自分の子どものことがわからなくなってたみたい」
「でもね、変なのよ。あの子、朝から奇声を上げて近所を走り回ってたのよね。目付きもおかしくて、あたし、目が合ったらぞっとしたわ」
だいたい状況はわかった。僕は適当に話を切り上げて、その場を後にした。
キヨは話の間ずっと静かにしていた。
空気を読んでくれたのか、人見知りで知らないおばさんを避けたのか。
ネネは姿を消していた。
「ネネ?」
人気のないところまで離れて、ネネを呼んでみた。
「みゃう」
ネネは、僕の足もとに現れた。
姿を消せるのはありがたい。
これならペット禁止のマンションでも大丈夫だ。
ネネのことはそれで良い。
だが、えいちゃんのことは……。
えいちゃんというのは、まちがいなくあの子だろう。
えいちゃんは、僕が写真を撮っているときに襲われた。
僕はそれをファインダーの中で見ていた。
そして、シャッターを押し続けた。
何が起きたのかわからなかったとは言え、僕は助けようともせずにシャッターを押したんだ。
あのとき、僕が何かをすれば助けられた、なんてことは思わない。
間違いなく、それは無理だった。
でも、僕はシャッターを押した。
その行為が、僕の心を責め苛んでいる。
「いいこ、いいこ、おとしゃん、いいこ」
肩車したキヨが僕の頭を撫でてくれる。
僕は気持ちを切り替えた。
父親なんだから、子どもの前でうじうじしているわけにはいかない。
「晩御飯の買い物に行くか」
「いくー」
「ネネは何を食べるの?猫のごはん?人間のごはん?」
僕はネネに聞いてみた。
「にゅんえんのー」
ネネの代わりにキヨが答えた。
キヨにはネネの言うことがわかるのかもしれない。
ときどき何か話しているみたいだし。
――お惣菜にするか。作るの面倒だし。
今日は駅前のスーパーに来た。
ここは駅周辺にある高級マンションに住む人たちをターゲットにしているので、値段設定がかなり高めだ。
僕は普段もう少し遠くにあるスーパーを利用しているのだけど、いまから行くのも面倒なので、今日はこの店に来た。
この店は、お惣菜が結構揃っている。
良い材料を使っているようだし、子どもにも安心だろう。
――子ども?
僕はときどきキヨが何者か忘れてしまう。
見た目が子どもなだけで中身は違うのに。
でも、それに何か問題がある?
僕はそう思いなおした。
キヨは僕の娘。
それでいい。
「どれがいい?」
僕はキヨとネネにお惣菜を選ばせることにした。
キヨは唐揚げと揚げ出し豆腐。
子どもとは思えぬ選択だ。
あのお婆さんの影響なのだろうか。
野菜が足りないので、きんぴらやホウレン草の白和えなどを僕が追加した。
ネネはキヨ経由で好みを伝える。
マグロの刺身がいいそうだ。
そのあと、酒類の売り場の前を通ったとき、ネネが激しく反応し、日本酒を要求した。
正確に言うと、姿を消したネネが僕のズボンに爪を立て、キヨに通訳させたわけだが。
だけど、周りの人にはネネが見えない。
この様子は、幼児が日本酒を買えと駄々を捏ねているようで、体裁がよろしくない。
でも、日本酒は買った。
僕が酒好きの振りをして買った。
そして、おばちゃんたちの視線から逃げるようにレジに向かった。
「おとしゃん、チョコー」
「はいはい」
僕は方向転換して、明〇ミルクチョコレートのほかに、菓子をいくつか適当に選んでカゴに放り込んだ。
「にゅっふふっふふー、うっきゃきゃっきゃきゃー」
機嫌が頗る良いとき、キヨは妙な歌を歌い出す。
僕はその歌声を聞きながら、商品をセルフレジに通す。
僕たちの姿は周囲からは父子家庭に見えているのだろうか。
専業主夫?
妻に逃げられた男?
それで良い。
ロリコンの誘拐犯よりは。
とりあえず、父親役を頑張ろうと思う。
しかし、子どもはすぐに成長する――




