五日目(3)
キヨ、僕、僕、キヨ、僕、僕、という順でお握りを口に運んだ。
キヨのペースに合わせて。
ご飯の部分は僕が多く食べた。
でも、具の部分は、七割方キヨが食べた。
「ちばじゅけ」
「はいよ」
お握りを選ぶとき、キヨは柴漬けと白菜の浅漬けも欲しがった。
両方とも、僕の好物だ。
娘と好みが同じというのは妙にうれしい。
「ごちそうさま」
「ごっちょーたま」
お握りは、おかかが残った。
たぶん、おやつ時に食べることになると思う。
昼食のあと、僕たちは森を抜け、さらに奥の方にある広場に向かった。
こっちの広場は普段人が居ない。
たまに見かけるのは、三脚に大砲のようなレンズを付けてキビタキが出るのを待っている老人たちぐらい。
たぶん、今日も広場はほぼ貸し切りだろう。
広場に着くと、予想通り、完全な貸し切り状態だった。
大砲を持った老人たちは林の中にいる。
いまは誰に遠慮する必要もない。
広場には、ところどころハルジオンがかたまって咲いている場所があった。
ハルジオンの花には、蜂のほかにコアオハナムグリやベニシジミが蜜を吸いに来ている。
僕とキヨは花と虫を見てまわった。
もちろん、写真も撮る。
12‐50mmには、結構使えるマクロモードがあるので、こういった場面でも魅せてくれる。
「みゃーう」
しゃがんでいる僕の腰のあたりで猫の鳴き声がした。
目をやると、キジトラがいた。
まだ小さい。
この自然公園の中では、いままで一度も猫を見たことがなかった。
たぶん、餌をやる人はいないし、残飯を漁れるゴミ箱もないので、猫が住むには適していないのだと思う。
でも、この猫は毛並みがきれいだし、かなり馴れている。
野良ではない。
たぶん、迷子になったペットだ。
「にゃー」
今度はキヨが鳴いた。
そして、ゆっくりと僕の背中をつたって地面に下りる。
いつもの跳び箱スタイルではない降り方だ。
猫を脅かさないように用心しているらしい。
キヨが手を伸ばしても、猫は逃げない。
それどころか、キヨの手に頭をこすりつけた。
キヨはそれに安心して猫を撫でる。
僕はその画を撮ろうとカメラを構えた。
しかし――
カメラのファインダーに猫の姿は映っていなかった。
――化け猫?
このとき、僕は幽世で起きたことを思い出した。
僕が触ったら実体化するだろうか。
僕はカメラの録画ボタンを押してから猫の背に手を伸ばした。
手が猫の背に触れると、猫は背中を丸めるようにして僕の手に押し付けた。
もっと撫でろというように。
猫の背は暖かかった。
生きている感触だ。
ごろごろと猫の喉が鳴る。
モニターに目をやると、猫の姿が写っていた。
「おとしゃん、おかか」
おかかのお握りを猫にやれということらしい。
でも、お握りのおかかには醤油がかかっている。
猫には塩分過多だ。
化け猫なら問題ないのだろうか。
僕は迷いながら、具の部分を中心に少しだけやってみた。
猫はすぐに食べつくし、もっと寄越せと催促する。
僕はもう少し与え、ご飯だけ残った具のない握り飯を自分で食べることにした。
それを見たキヨが口を開けたので、残りを放り込んだ。
そのあと、僕とキヨは草むらに座って麦茶を飲んだ。
猫に麦茶はいいのか疑問に思ったが、欲しがっているし、化け猫だし、僕の手のひらに注いで与えてみた。
猫の舌のざらざらした感じは、昔、実家に住みついて、強引に飼い猫の地位を築いた猫たちとの思い出をよみがえらせた。
あの猫たちは、僕が大人になり、実家に寄りつかなくなると、皆どこかに行ってしまったらしい。
そういえば、最初に仲良くなったキジトラのネネは……。
麦茶を飲み終えた猫は、エジプト座り――犬で言うお座りのポーズでこちらを見ている。
そして、小首をかしげる。ネネに似ている。
「ネネ?」
「みゃ」
そういって、子猫は僕の膝に頭をぶつけた。
子猫から僕の中に何かが流れ込んで来る。
――これはネネだ。
僕が大人になって家を出たあと、ネネはずっと僕を探していたらしい。「ぅあーお、ぅあーお」と子猫を探す時の鳴き声で、ずっと近所を回っていたと母から聞いた。
そして、ネネは車にひかれてしまった。
僕を探すことに意識が向いていて、車に気づかなかったのかもしれない。
――ネネは僕のせいで死んだんだ。
その思いは棘となって、ずっと僕の心に刺さっていた。
いま、僕の目は潤んでいる。
謝りたい気持ちと、また会えたという喜びで。
「おとしゃん、いいこ」
僕の気持ちを察したのか、キヨが僕の頭を撫でている。
ネネも僕に身体を擦り付けてきた。
――どうやら、また一人家族が増えたようだ。
帰り道、ネネにはキヨの膝の上に乗ってもらった。
化け猫なんだから、落ちたりしないだろうという希望的観測のもとで。
――幽世に行けば、ネネも人の姿になるのかな?
僕は自転車を漕ぎながら、これからどうなるか/どうするかを考えていた。
ちなみに、いま住んでいるマンションはペット禁止。
ほかの住人に見つからないようにしなければならない。
人の姿になれるものなら、できるだけ早くなってほしい。




