五日目(1)
僕はパトカーのサイレンで目が覚めた。寝なおそうと思ったら、また別のパトカーが……。これを何度も繰り返し、僕は寝なおすのを諦めた。ちなみに、キヨはまだ眠っている。
僕はベランダに出て、パトカーの集まる方向を見た。
建物の影になってよく見えないけれど、それは昨日食べる者と出くわした方向だった。
「しっこー」
和室からキヨの声が聞こえる。
僕はキヨの元へと走った。
キヨの世話をしていると、妄想などしている暇はない。
すぐに気持ちが現実に引き戻される。
僕が幽世に引きずり込まれるのを、キヨが防いでくれているんじゃないか。
そんな風に思える。
キヨ自身が幽世の存在だったんだけど。
この日、空腹度は並だった。
昨夜は夕食をとってから出かけたので、絶食状態にはなっていないのだ。
だから、朝食はシリアルで軽く済ませた。
キヨもそれで文句を言わない。
良い子だ。
食後、僕は食べる者が写っているファイルをすべて削除した。
専用のソフトウェアを使って、復元できないように完全消去した。
そこまで徹底したのは、現像しようと思ってRAWファイルを見たとき、サムネイル画像の中で何かが動いていたから。
僕はファイルが保存されているSSD自体を破壊しようかとも思ったけど、どうしてもほかの作品まで放棄することはできなく、破壊は思いとどまった。
現像作業をしている間、キヨにはDVDを見せていた。
でも、気がつくと、キヨは僕の傍に居て、膝の上によじ登ろうとしている。
僕はキヨを抱き上げて膝の上に乗せ、昨日撮ったキヨの写真を見せた。
このとき、SSDを破壊しなくてよかったと思った。
「どう?」
「あちし、かっちょいー」
「そうだね」
僕はキヨの頭を撫でた。
「こうえんのー?」
「うーんと」
僕は表示されているフォルダを変えた。
「どう?」
「おー、おとしゃん、じょうず」
――あれ、僕、褒められるの?
キヨは意外と世渡り上手なのかもしれない。
幼児なのに。
――いや、幼児なのは見かけだけか。
キヨは奇声を上げながら自分の写真を見た。
最後に動画を再生する。
「おー、ぢーぶいぢー」
動画のことをDVDと混同しているようだ。
規格について説明したくなったが、とりあえず飲み込んだ。
子ども相手なんだから。
「もっかい、もっかい」
キヨは同じ動画ファイルを繰り返し見たがり、結局、五回再生した。
撮った側にしてみれば、これだけ喜んでもらえると嬉しいもので――
「また撮りに行くか」
「おー」
この日、暦の上では平日。
ゴールデンウィークでも、中日ならそれほど混雑していないんじゃないか、という期待のもと、僕たちは自然公園に向かった。
「ほい」
「ほーい」
僕のクロスバイクのシフターはシ〇ノの〇Z‐ファイヤープラス。
小さいギアに移すときはクリックだけで済む。
大きいギアに移すには、レバーを押し込むので、ちょっと力が要る。
というわけで、クリックだけならキヨでもできる。
だから、合図をしたらクリック、ということにした。
だけど――
「お、ちょっと……」
キヨが面白がって上り坂でクリックした。
おかげで失速して安定を失うことになった。
僕は立ち漕ぎをして、その場をしのぐ。
「あぶないよー」
「うきゃきゃきゃ」
キヨの笑顔を見ると、いたずらも許せてしまう。
僕は馬鹿親だ、と自分でも思う。
でも、それで良いとも思う。
「とーちゃーく」
「うー、もっとのいたい」
「帰りもあるから」
キヨは聞き分けが良い。
自転車から降ろすと、キヨの興味はすぐに公園へと移った。
チェーンロックをかけている間も、引き留めておくのが骨だった。
「よし、行くか」
「かたぐうま」
――え、さっきまで走り出しそうだったのに。
僕は何も言わずにしゃがんだ。
キヨはいつものように、僕の背中をよじ登った。
首にそのまま跨ればいいのに、キヨはなぜかよじ登る。
僕はしたいようにさせている。
背中に足跡を残さないように気をつけているようだし、いまはそれで良いかな、と思っている。
――あ……。
僕はカメラを出すのを忘れていた。
この瞬間、自分にとって一番大事なものが、カメラからキヨに変わっていることに気づいた。
キヨを肩車したまま、リュックを降ろしてカメラを出す。
レンズは12‐50mmがすでについている。
公園に入ると、目の前は池。
だから、僕はなんとなく池の方に向かった。
池の前にはハトがたくさんうろついている。
きっと、餌をやりにくる人が居るんだろう。
「おとしゃん、おいゆ」
僕がしゃがむと、キヨはいつものように、僕の後頭部に手をついて跳び箱のように跳んだ。
そして、そのままハトの群れに突っ込む。
普通なら、ハトが逃げて終わる。
でも、すばやいキヨは、ハトを捕まえてしまった。
周りにいる人たちが唖然としている。
ハトは茫然としている。
「やきといー」
――ハトは焼き鳥にしません。
「捕まえちゃだめだよ」
「えー」
「放してあげようね」
「ん」
キヨはおとなしくハトを放してくれた。
ハトは逃げずにキヨの足元をうろうろしている。
――しまった。キヨがハトを捕まえた写真を撮ればよかった。
ベンチに座っていた老人の視線が突き刺さっていたので、写真を撮るより、キヨに注意することを優先させてしまった。
僕は小心者なんだ。
でも、キヨが走り出したときから、録画ボタンを押したままになっている。
写真は動画から切り出せるから、それで我慢しよう。




