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混沌の十二日  作者: 藤原時照


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四日目(6)

 しゃがんだ状態で写真を撮っていると、キヨは僕の背をよじ登り、肩車の体勢に戻った。

「おとしゃん、にげう」

 キヨの声が緊張している。

 僕はキヨの声に従って後退した。写真を撮りながらではあるが。

 すると、ファインダーの端に、何かが見えた。

 僕は確かに何かを見たはずだ。

 しかし、それを思い出すことはできない。

 認識した端からその記憶が拭い去られてしまう。

 僕は反射的にシャッターを押す。

 押す。

 押す。

 そして、ようやくファインダーをのぞくのをやめて肉眼で確認したとき、その何かが子どもにまとわりついていた。

 子どもの身体に穴があく。

 そしてまた穴があく。

 子どもの姿は穴あけパンチであちこちに穴をあけたようになっていた。

 だが、それは一瞬のこと。

 その穴はみるみる埋まり、子どもの姿は回復した。

 回復はしたが、その気配は、もはや元の子どものものではない。

 何かが違う。

 そして――

 その子どもは、僕たちを見るなり、奇声を上げながらこちらに走って来た。

 背筋に悪寒が走り、僕は走って逃げた。

 キヨを肩車していて助かった、と心から思った。

 そうでなかったら、キヨを抱き上げている数秒の遅れで捕まっていたかもしれない。

 幸いなことに、あれの身体は普通の子ども。

 普通の子どもの走る速度なら知れている。

 キヨとちがって。

 僕は追って来る子どもを何とか引き離した。

 しかし、それでも安心できず、さらに一分ほど余計に走り、マージンをたっぷり稼いでから足を止めた。

――ここが幽世でよかった。

 現世なら、間違いなくこんなに走ることはできない。

 キヨを肩車していなかったとしても。

「キヨ、あれ、何か知ってる?」

「たべうのの」

 キヨは僕の夢の領域で人の姿になった。

 つまり、いまのキヨは僕由来の何かで構成されている。

 たぶん、そこには僕の記憶や考え方も含まれている。

 だから、僕にはキヨの言いたいことがわかる。

 僕とキヨはいろいろな知識を共有しているんだと思う。

 いまキヨが言った『たべうのの』は、きっと、僕が夢に見る『食べる者』のことだ。

 それは僕の夢にときどき登場する混沌の生き物。

 姿はそのときそのときでちがう。

 共通しているのは、たとえ人の姿をしていたとしても、明らかに人ではないと感じさせる異常さ。

 そして、それは人を食べる。

 食べると言っても人肉を食べるわけではない。

 僕の夢の中のでは、多くの場合、人は肉体を持っていない。

 たぶん、むき出しの魂魄っぽい状態で存在している。

 その魂魄っぽいものを食べるのが『食べる者』だ。

 食べられた人は、『食べる者』になる。

 それがいま僕たちの前に現れた。

 写真を撮りたいという気持ちはすっかり拭い去られていた。

「今日はもう帰るか」

「おー」

 こうして、僕たちは尻尾を巻いて逃げ帰った。

 もう夜の探検は止めようと思いながら。

――ああ怖かった。


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