四日目(5)
キヨが起きて来たのは夕飯を造り始めたときだった。
「おとしゃん、おとしゃんどこ……」
キヨの泣きそうな声が聞こえる。
「台所でご飯作ってるよ」
僕がそう言うと、キヨが走って来て、僕の足にしがみついた。
そして、腿に顔を押し付ける。
「どうした。怖い夢でも見たか?」
キヨは長いこと、お婆さんの中の穢れに取り込まれていた。
眠るとそれを思い出すのかもしれない。
僕はキヨが白いままでいられるよう、守っていかなければならない。
「ん、なんか、なんか、うー」
語彙が不足しているようだ。
僕は何も言わずキヨを抱きしめ、頭を撫でた。
しばらくそうしていると、キヨの腹が鳴った。
「にゅふふふ」
キヨは復活した。
ネットで子どもの食事について調べていたら、一歳半から自分で食べると書いてあった。
銀行口座を見る限り、キヨは設定が二歳。
だったらそろそろ一人で食べられるようになってもらいたい。
そんなことを考えた。
「晩御飯、自分で食べてみる?」
「やー」
キヨの分は、僕の左側に並べ、自分で食べるように仕向けてみることにした。
「はん・ばー・ぐー。うきゃー」
キヨはご機嫌だ。
僕が正座すると、キヨは僕の膝の上に腰を下ろした。
――この姿勢、石を抱かせる江戸時代の拷問のような……。
僕はキヨを持ち上げながら足を崩した。
――しょうがないなあ。
僕は自分が甘い親だと実感した。
「あー」
キヨが口を開ける。
僕はキヨの皿を引き寄せ、マヨネーズをつけた人参を箸で掴んだ。
それをキヨの口に放り込む。
「むー、ちやうー」
キヨはちゃんと人参を飲み込んでから文句を言う。
「ほい」
ハンバーグを放り込む。
人参は急いで飲み込んだが、ハンバーグはゆっくりと味わっている。
その隙に、僕も自分の分を食べる。
こういう食事もいいな、と僕は思う。
キヨが一人で食べられるようになったら、僕はきっと寂しく思うだろう。
「おとしゃん、んこ」
食後、テレビでニュースを見ていたら、キヨが便意をもよおした。
僕はトイレトレーニングが必要なことを忘れていた。
あとですべきことのリストを作ろうと決心した。
キヨの後で僕も便意を催した。
「小」のときは、菓子か何かを与えておいて、その隙に急いで済ませた。
だけど、「大」は……。
キヨは僕の「大」に付き添うつもりらしい。
でも、キヨが何と言おうと、それはダメだ。
結局、僕はDVDをセットし、キヨがストーリーにのめり込んでいるタイミングを選んで済ませることにした。
今日はこれで良い。
でも、毎日DVDというのは難しい。
すぐにネタ切れになりそうだ。
何か考えないと。
――あー、ゆっくりトイレに入りたい。
子育ては大変だ。
自分の家族だから、ちょっとした我儘は許せる。
かつての職場で経験した、無理難題を押し付けられたり、パワハラ上司に我慢したり、という理不尽さとは比ぶべくもないけれど、大変なことには変わりない。
「じゃあ、出かけるか」
「にゃあ」
今回のDVDには猫キャラが出ていた。
キヨはしっかり影響されている。
午後8時半。
もちろん外はすっかり夜だ。
幼児を連れて歩くのは躊躇われる。
でも、キヨは人の姿をしていても人じゃない。
僕は自分に向かってそう言い訳をした。
――ホントに人じゃないのか?
見たところ、キヨは完全に人だ。
運動能力は歳相応ではない。
普通の大人の能力をも上回っていると思う。
でも、それでも、見た目は人。
振る舞いも子どもそのもの。
――夜に連れまわすのは今日だけにしよう。
そうしないと僕の心が死ぬ。
他人の目が気になるんだ。
「はあ」
ため息が出た。
今夜、一応、いつでも撮れるようにカメラは構えている。
でも、道祖神を撮る気にはならない。
気分的な問題だけでなく、物理的に厳しいから。
道祖神のある場所は、だいたい人気のないところ。
すごく暗い。
僕の愛機には手振れ補正があるから、これくらいなら、工夫をすれば撮れなくもない。
撮れなくもないけど気分がのらない。
――写真を撮るのは幽世に行ってからで良い。
僕はそう割り切った。
今回は19mmを使ったときの距離感で回った。
そのおかげか、最後の道祖神の前で望む風景に出会えた。
前回よりも少し暗めの空。
きれいない紫色。
夜の幽世――
僕は迷わず撮影を始めた。
「キヨ、ちょっとここに立ってみ」
「ほー」
キヨは立ってポーズをしてくれる。
キヨが片手を上げ、一番!というポーズをする。
たぶん、テレビで見たんだろう。
僕は、その手の先に星雲が来るようにしてシャッターを押す。
そんな風にキヨの撮影会をした。
「おとしゃん、あえ」
キヨが指差す方向を見ると、心霊現象に出くわした。
半透明の幼児が三輪車に乗っている。
僕は「触ってみる」という当初の目的を後回しにして、写真を撮りまくった。




