四日目(4)
帰り際、ふと駐輪場に目をやると、僕のクロスバイクにチャイルドシートが付いていた。
ハンドルのところに装着するプラスチックのやつが。
――かっこわりー。
こういう改変はちょっと……。
最初はそう思ったが、キヨと遠出をするには良いかもしれない。
でも、どうせならチャイルドシートは前じゃなくて後ろの方が……
いや、後ろは心配だ。
視界に入る前の方がいい。
うん、これで良いことにしよう。
僕はそう思い直した。
あとで自然公園に行くのも良いかもしれない。
自然公園はここから3キロぐらい。
歩くには少し遠い。
かといって、バスを何本も乗り継いで行くのも馬鹿らしい。
だから、自転車がベスト。
上り坂がきつかったら、自転車を下りて歩けばいい。
そう考えはじめて気づいた。
いまはゴールデンウィーク。
自然公園はものすごく混んでいるはず。
暦の上では明日が平日だから、行くならそのあたりだろう。
今日はだめだ。
今日の午後は川沿いをサイクリングするとか……。
――キヨの撮影会、かな。
結局のところ、僕は撮りたいものが撮れれば、ほかはどうでも良い。
幽世の探検は、撮りたいと思うから行くんだ。
もしも、興味がわかない景色だったら、たぶん僕は行かないと思う。
この世の秘密には興味がある。
しかし、きっと理由があって秘密になっているはずだ。
それを無理に暴くのは良くないことかもしれない。
知らぬが仏、という言葉もあるわけだし。
だから、僕の場合、探索はあくまでも撮影のついでだ。
「何飲む?」
「こーひーにゅうにゅう」
「朝のやつね?」
「んー」
僕はコーヒーメーカーをセットした。
待っている間、テレビでも見るか。
そう思って、ふと気づいた。
テレビ台の中にDVDコーナーが出来ている。
大部分はアニメで、なぜかプロレスが混じっている。
――どうせならブルーレイで……。
心の中でちょっとだけ呟いてしまった。
「そえ、みゆ」
僕の視線に気づき、キヨはそれを見たいと言い出した。
「どれにする?」
「こえー」
キヨは風の谷のナ〇シカを選んだ。
動画が始まると、キヨは無言で見入っていた。
コーヒー牛乳を渡しても、無言で口をつけるだけ。
だが、キツネリスのシーンでキヨが反応した。
「おとしゃんとあちし」
そういえば、キヨと最初に出会ったときは、あんな風だった。
「そうだね」
僕はキヨとの出会いを思い出してしみじみとしていたが、キヨは違った。
すぐに興味の対象はDVDに戻り、奇声を上げたり泣き出したり。
最後の方は、口が『O』になっていた。
「おもいかったー」
キヨは満足してくれたようだ。
僕は、DVDよりも、キヨを見ている方が面白かったけれど。
「ちゅぎはー」
いや、キヨは満足していなかった。
このあと、二本連続でDVDを見ることになった。
昼食もDVDを見ながらとった。
ちなみに、メニューは焼きそばにした。
麺をキヨの口に運ぶのは、思いのほか難しかった。
考えた末、スパゲッティのようにフォークに巻き付けて食べさせた。
――あとで、何歳から自分で食べさせるのか調べなきゃ。
そう思ったが、いまのキヨを何歳と想定するべきか、そこから始めなければならないことに気づいた。
――ま、おいおい考えていく、ということで。
面倒なことは後回し。
僕は逃げた。
いや、いまを楽しむことにした。
いまはそれで良いかな。
三本目のDVDの終わりごろ、気づくとキヨは眠っていた。
和室に布団を敷き、キヨを寝かせる。
布団は僕の布団。
子ども用が用意してあるかと思ったのに、布団に限っては用意されていなかった。
現世を改変する基準がわからない。
――そういえば、いろいろ買ったお金はどこから出ているのだろう。
そう思って、僕は自分の懐具合を調べることにした。
まず、カード会社のウェブサイトにログオンする。
そこで、請求額を調べる。
すると、この二年間、毎月だいたい数万円ずつ引き落とし額が増えていた。
つまり、キヨのために用意されたものは、神様からのプレゼントではなく、自腹購入なわけだ。
――喜んで損した。
事前に用意してくれたのはありがたいのだけれど。
つぎに、銀行口座を調べる。
クレジットカードの分は、確かに毎月の引き落とし額が増えている。
だけど、給与の振込額も増えていた。
だいたい二万円くらいだから、たぶん、増えているのは扶養手当だ。
――つまり、キヨが居てもほとんど負担にならない、ということか。
支給が始まったのはキヨの生まれたとき、と考えるべきだろう。
僕は見知らぬ自分の過去を調べる。
――面白い。
まるでタイムトラベルもののSFみたいだ。
そして、僕はひとつの疑問にぶち当たった。
――そう言えば、キヨの母親って誰だろう。住民票で調べてみる?
コンビニなら休日でも住民票がとれる。
でも、離婚や死別なら、住民票には母親のことは書いてないだろう。
失踪したっていうのなら、そのまま記載されているかもしれないけれど。
戸籍を調べに行くのも面倒だし……。
結局、これも後回しになった。
面倒事は、全部後回しだ。
いまのところ、すべては都合の良いように改変されているんだから、おまかせで良い。
……とそのときは考えていた、なんてナレーションを心の中で入れながら。




