四日目(1)
目覚めると、そこは布団の中だった。
隣の部屋から洗濯機が動く音が聞こえる。
外では小鳥が鳴いている。
幽世にはない音。
ここは現世だ。
――今回も帰って来ることができた。
幽世の自宅で眠れば帰って来ることができる、というのは確定だ。行き来に問題はない。これで冒険が楽しめる。
――ところで……。
何かに右手を拘束されている。
掛け布団をめくると、キヨがいた。人の姿のキヨが。
――僕の娘。
現世でもキヨと話ができると思うと、僕は嬉しくなった。
だけど、幼女と生活するようになれば、近所の人からあらぬ疑いをかけられる心配もある。
懸案事項山積みだ。
――起きるか。
時計を見ようと首を回したとき、ふと部屋の片隅に違和感を覚えた。
押入れの引き戸が開いたままになっている。
僕は、普段から開けたままにしているので、開いていること自体には問題がない。
問題は中身だ。
そこには、引き出し式の衣装ケースが入っていた。
箪笥代わりに使っているものだ。
そこまではいい。
その隣は、段ボール箱が入っていたはずなのだが、いまそこにあるのは、カラフルな取っ手のついた小さな箪笥だった。
僕は、キヨを起こさないように腕を取り返し、中身を確認しに行った。
引き出しを開けると、中には子供服が入っていた。
――神様からのプレゼント?
戸惑っていると、後ろから声が聞こえた。
「おとしゃん、しっこ」
「一人でできる?」
「んーん」
僕はキヨを抱き上げ、急いでトイレに向かった。
そうしながらも、僕は心の中で躊躇している。
キヨは女の子なんだ。
だが、キヨの表情を見る限り、余裕はない。
こうして僕はキヨの下の世話をすることになった。
そのおかげで、僕はひとつの壁を超え、父親としての心構えができたと思う。
その流れで風呂にも入った。
幽世では風呂に入れない。
必然的に、現世で目覚めてから入ることになる。
子どもと二人で朝風呂というのは妙な気分だ。
風呂から上がると、早速、誰かが用意してくれた服をキヨに着せてみた。
サイズは合っている。
好みも合っているらしく、キヨの機嫌は良い。
ちなみに、衣装ケースに入っていたキヨの服は、ほとんどがキャラクターものだった。
これがキヨの好みなのだろうか。
気に入っているようだから、きっとそうだ。
つぎに買うときのために、キヨの好みを憶えておこうと思う。
風呂と着替えの後は朝食。
いつものシリアルだ。
キヨに自分で食べられるか聞いたら、あーん、と口を開けた。
だから、キヨを膝に乗せて、キヨ、僕、僕、キヨ、僕、僕、……という具合にシリアルを掬って口に入れた。
ちなみに、僕の回数が多いのは、キヨがゆっくり味わって食べているせいで、僕が身勝手なわけじゃない。
今回も猛烈に腹が減っていたので、シリアルだけでは足りず、冷蔵庫を漁ることになった。
見つけたソーセージのパックを全部フライパンにぶちまけ、適当に油で炒めた。
キヨはソーセージが気に入ったらしい。
今度は、キヨと僕、交互に一本ずつ口に運ぶことになった。
それは、キヨの食べるペースが速くなったからではなく、続けて二本目を食べようとしたとき、キヨが僕を見上げて悲しい顔をしたから。
食後はコーヒーをドリップ。
キヨも飲むというので、甘いホットミルクをつくり、そこにドリップしたコーヒーを垂らした。
キヨはそれを飲んで、妙な笑い声をあげていた。
この子はコーヒーで酔っぱらうのだろうか。
さて、今日はどうするか。
僕はキヨの歯を磨きながら考える。
人の姿になったキヨ。
僕はこれからキヨを育てていく。
彼女が二度と黒くならないように。
そのためには、自分の生活をいろいろ変えていかなければならない。
すでにいろいろ変えられているような気もするが。
服を買わなきゃ、と思っていたけれど、どこかの気の利くお方が用意してくださったようで、その必要もなくなった。
子ども用のプラスチックの食器も揃っていたし、至れり尽くせりだ。
さて、今日は何をしよう。
考えても何も浮かんでこなかった。
幽世訪問のことばかりが頭に浮かぶ。
幽世の風景を撮りたい。
僕の頭の中は、そのことでいっぱいだ。




