第14話 始まり
空に落ちていく人たちを見て、美しいと思ってしまっていた。
9年前の記憶。
あの時の俺は、まだ人の命の重さを考えたことがなくて、他人事だったのかもしれない。
だから、こんなことを思ったのだろう。
西暦2061年7月30日
朝、テレビをつけるとどこの番組でも彗星の話をしていて、それとなく聞いていた。
ついにハーレー彗星が今日、地球にもっとも接近する日なのだ。
それも周期は約80年らしい。
とはいえ彗星自体は6月の中旬から観測が可能だったのだが、双眼鏡や望遠鏡なんてものは持っていない。
そのため、1番きれいに見える日までお楽しみにしていたわけだ。
余命は2年。
つまり、俺は7歳で死ぬ。
その7年という短い間に、こんな歴史的瞬間に巡り合えるのが嬉しかったのだ。
その嬉しさのあまり、看護師さんにも彗星の話をすると、
「たえ君、久しぶりに笑ったね」
なんて言われるのだった。
いつもはこの世の終わりみたいな顔をしているやつが、急にニコニコしながら彗星の話なんか始めるんだから、驚くのも無理もない。
オリンピックやワールドカップ直前になって騒ぎ立てるやつがいるように、天体観測でもそれは例外ではなく、俺もその1人だったのだ。
ピッピッピッ...と一定のリズムを刻む心電図モニターの音がもどかしく感じ、いつもより電子音ゆっくりじゃないか? と思いながら、その時を待つのだった。
今にして思えば、あの日は俺の人生で最も長く、希望と絶望に満ちた1日になるのだった。
時刻は13:00 いつもならこの時間は、昼寝をしているのだが、どうも目が冴えてしまい眠れない。
「ひまだな~」
口からは無意識に1日の長さに対する不満をこぼしながら、頭の中は彗星1色だ。
ハーレー彗星。
テレビの特集で得た情報だと、太陽の周りを楕円軌道でぐるぐる回っていて、氷でできてるらしい。
また、彗星が最後に見れたのは1986年で、その時は地球上の空気がなくなるという噂が出回ってパニックになったとか。
実際にはそんなことは起こらなかったが...
氷でできてるってことは、夜には雪が降るかもな。
そんなことを考え、時間をつぶしてその時を待つのだった。
そして、無限に感じるような長く、いつもと変わらない数時間が経過し、その時がくる。
18:30 病室の窓から夕焼け空を眺めていると、いつの間にか1つの光点がそこにはあったのだ。
「あっ1番星...」
ボソッと口に出たが、周りには誰もいないため関係なかった。
この病室は俺1人の貸し切りなのだから、問題ない。
1番星に続いて、点々と星の光が出現する。
すると、そのうちの1つの小さな光がゆっくりと尾を引くのを見つけた。
「あれが...ハーレー彗星......」
胸の奥が熱くなる。
いつもは、弱く感じる鼓動が少し早く、そして力強く感じるのが自分でもわかった。
実を言うと全くの初見ではなく、昨日もうっすらと窓越しから覗いていたのだ。
しかし、そんなことはどうでもよかった。
こんなに近くで、宇宙の奇跡を見られるなんて......
生きてるうちに、これほど美しい瞬間に巡り合えるなんて......
「きれいだ......」
心の底からこぼれ出たセリフは、1人ぼっちの病室にボソッと消えるのだった。
そして、光の尾はだんだん長くなり、夜の暗さに溶けていく。
そう、まるで宇宙そのものが俺に手を振っているように...
人類に手招きをしているかのように......




