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プールの底で誰かが手を振っている

作者: 夜宵 シオン

 夜の学校は、思ったよりも静かだった。

 部活の忘れ物を取りに来ただけなのに、空気が重い。


 裏庭のプールは、照明も落ちていて、底が見えないほど暗い。

 けれど、ふとした瞬間、私はそれに気づいてしまった。


 水の底で、誰かが手を振っている。


 最初は冗談かと思った。

 水のゆらぎが偶然そう見えただけ――そう思いたかった。


 けれど次の日も、その次の日も、私はプールに見に来てしまった。

 そして、毎回“それ”はそこにいた。


 深く沈んだまま、こちらに向かって、ゆっくりと手を振っている。


 笑っているように見えた。

 でも、それは助けを求めているようでもあった。


 ある夜、私はプールサイドの柵を越えた。

 気づけば制服のまま、水の中に足を入れていた。


 「大丈夫……ただの夢みたいなもんだ」

 そう自分に言い聞かせながら、足を踏み入れる。


 水は冷たかった。でも、底は近いように見えた。


 私は、彼女に手を伸ばした。


 そのとき、彼女が動いた。


 こちらに向かって、一歩踏み出した。


 水の中で、ふわりと髪が舞う。

 顔が、はっきりと見える距離になった――


 それは、私の顔だった。


 息が止まった。逃げようとした。

 でも、足首を掴まれた。


 次の瞬間、水が目の中に、耳の奥に入り込んだ。

 視界が反転し、意識が遠のく。


 気がつくと、私は水の底にいた。


 冷たく、静かで、なぜか落ち着く世界。

 水面の向こうに、誰かが立っていた。


 私に気づき、顔をこっちに向ける。


 私は、自然に手を上げた。


 ゆっくり、笑いながら、手を振った。

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