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5. 倉庫の夜と交錯する憎悪

 ある日の夜、屋敷の古い倉庫の中は静寂に包まれていた。薄暗い灯りの下、テオは1人、冷たい石の床に座り込んでいた。彼の小さな肩が震え、かすれた声で呟きが漏れた。


 「母さん…会いたい…」


赤い瞳から涙が一筋流れ、頬を伝って地面に落ちた。貧しいながらも温かかった母との日々を思い出し、彼の心は締め付けられるように痛んだ。公爵家に連れてこられて以来、母の顔も声も遠ざかり、ただ記憶の中だけが彼の支えだった。元気かな。今、何してるかな。きっと心配してるだろうな。自分は無事だよと、ただそれだけ伝えたい。7歳の少年は膝を抱え、静かに泣いた。


 その時、倉庫の重い扉が軋む音を立てて開いた。現れたのはリリアーナだった。彼女はテオの姿を見て、嘲るような笑みを浮かべた。

 「なあに?貴方、お母様に会いたくて泣いてるの?情けないわね」

彼女の声は冷たく、どこか楽しげに響いた。テオは慌てて涙を拭い、彼女を睨みつけたが、リリアーナは構わず近づいてきた。彼女の青い瞳が、テオの赤い瞳をじっと見つめた。そして、恨めしそうにリリアーナは言った。


 「よほどお母様のことが好きなのね、よほどお母様に愛されてきたのね!」


その言葉には、嫉妬と憎しみが混じっていた。リリアーナには母の愛を知る記憶がなく、テオが母を慕う姿は彼女の心に深い棘を刺した。彼女は唇を歪め、テオを見下ろした。すると、突然彼女の顔に邪悪な笑みが浮かんだ。


 「…ああ、いいことを思いついたわ。貴方のお母様を傷つければ、貴方はもっと苦しんでくれるのかしら?」

リリアーナはさも名案だというばかりに目を輝かせ、楽しげにそう言った。


テオの顔が一瞬で青ざめた。彼は立ち上がり、震える声で叫んだ。

 「やめてくれ!それだけは…それだけはやめてくれ!」


必死に懇願するテオの姿を見て、リリアーナはますます面白そうに笑った。彼女は腹を抱えてケラケラと声を上げた。

 「ふふっ、貴方って本当に面白いわね。そんなに必死になるなんて!」


だが、テオの表情は変わった。赤い瞳にこれまでにない殺意が宿り、彼は低く唸るように言った。

 

 「母さんに何かしたら…俺はお前を殺す」


その言葉は、幼い少年のものとは思えないほど重く、倉庫の空気を凍りつかせた。テオの小さな拳が震え、彼の全身から溢れる憎しみがリリアーナに突き刺さった。


しかし、リリアーナはその殺意にすら喜びを見出した。彼女は目を丸くし、嬉しそうに声を上げた。

 「えぇ?殺してくれるの?」

そして、ケラケラと笑い始めた。彼女の笑い声が倉庫に響き渡り、まるで狂気じみた響きを帯びていた。

 「素敵ね!貴方が私を殺してくれるなら、どんなに楽しいかしら!」

彼女は手を広げ、まるでテオを挑発するように笑い続けた。


テオは言葉を失った。目の前で笑い転げるリリアーナを見て、彼の心は混乱に包まれた。殺意を向けてもなお、彼女はそれを喜びに変える。憎しみさえも彼女に届かないような感覚が、彼を苛んだ。テオは拳を握りしめたまま、ただ立ち尽くした。リリアーナの笑い声だけが、冷たい倉庫に響き続けた。



 その夜、2人の間に流れる空気は、これまで以上に歪んだものへと変わっていった。リリアーナの心は壊れた玩具のように暴走し、テオの憎しみはさらに深く根を張った。だが、その奥底で何かが動き始めていることに、2人はまだ気づいていなかった。

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