28. 真夜中の闘争
ある晩、テオはなかなか眠れなかった。もともと寝つきが良い方ではないが、普段ならベッドに横になり、目を閉じて30分もすれば自然と眠りに落ちることができた。しかし、この夜は違った。目を閉じても頭が冴えわたり、眠りの気配が一向に訪れない。倉庫の隅の部屋は静まり返り、窓の外から聞こえる虫の声と、時折吹く風が古い木枠を揺らす音だけが耳に届いた。薄暗い月明かりが埃っぽい床に淡い模様を描き、部屋に微かな光を与えていた。
テオは隣で眠るリリアーナに目をやった。彼女はテオの手を握ったまま、穏やかな寝息を立てていた。毛布が彼女の肩までかかり、長い髪が枕の上に広がって、月光に照らされてかすかに輝いている。彼女の寝顔は静かで、深い眠りに落ちているのが一目で分かった。テオは、自分とは正反対にすやすやと眠る彼女を恨めしく思った。「なんでお前はそんなに寝付きが良いんだ」と、心の中でぼやきながら、彼女の顔をじっと見つめた。
退屈と苛立ちから、テオは無意識に手を伸ばし、リリアーナの髪をいじり始めた。柔らかい髪を指先でくるくると巻き、時折軽く引っ張って遊んだ。すると、リリアーナが眠そうな声で「うーん……」と小さく呻き、目を覚ました。彼女は重い瞼を擦りながら、ぼんやりとテオを見上げた。
「なに、テオ…」
掠れた声が小さく響き、彼女の眠気がそのまま言葉に滲んでいた。
テオは彼女の髪をいじる手を止めず、答えた。
「全然眠れなくってさ」
彼はそう言って、彼女の髪を指に巻きつけたまま小さく笑った。
リリアーナは眉を寄せ、眠気まじりの不満を口にした。
「もう、やめてよ…私、寝るんだから…」
彼女はテオの手を弱々しく払おうとしたが、力が入らず、ただ指先が彼の手に触れただけだった。
「おー」
テオは空返事を返した。それでも彼の手は止まらず、リリアーナの髪をいじり続けた。彼女の柔らかい髪が指に絡まり、退屈を紛らわすちょうど良い遊び道具になっていた。
リリアーナは我慢の限界に達したのか、「しつこいわね!」と声を上げ、体を起こした。毛布がずり落ち、彼女の肩が月光に照らされた。彼女はベッドから降りようと足を動かし、立ち上がる気配を見せた。テオは慌てて彼女の手首を掴んだ。怒ったか?と一瞬不安がよぎり、彼女の手首を握る手に少し力がこもった。
「どこ行くんだよ?」
彼の声には心配と拗ねたような響きが混じっていた。
リリアーナはテオの手首を掴む力を振りほどかず、眠そうな目で彼を見た。
「すぐ戻ってくるわよ」
彼女はそう言って、手首をそっと抜き、部屋を出て行った。扉が小さく軋む音を立てて閉まり、テオは一人ベッドに取り残された。さっきまで隣にいた彼女の温もりが消え、急に寂しさが胸に広がった。何だよ…と彼は毛布を握りながらぼんやりと思った。
しばらくして、扉が再び開く音がした。リリアーナが手に古びたカードの束を持って戻ってきた。彼女は眠気でふらつく足取りでベッドに近づき、テオに笑いかけた。
「眠くなるまでゲームしましょう!」
彼女はそう言って、ベッドの上にカードを広げた。カードは使い込まれて角が擦り切れ、色あせた模様が月光に照らされて薄ぼんやりと浮かんでいた。
「私が教えてあげるから、ちゃんと聞いてなさい」
リリアーナはカードをシャッフルし、テオにルールを説明し始めた。彼女の声はまだ眠そうだったが、ゲームへの意気込みが少しずつ目を覚まさせていた。
テオはベッドに膝を立てて座り、リリアーナの説明を聞きながらカードを手に取った。
「分かったよ。簡単そうだな。さあ、始めようぜ」
彼はカードを手に持つと、リリアーナに挑戦的な笑みを向けた。
そして、二人はゲームを始めた。カードを順番に出し、時折リリアーナが「これはダメよ!」とルールを指摘する声が響いた。しかし、ゲームが進むにつれ、一つ明らかな事実が浮かび上がった。リリアーナは、驚くほど弱かった。何度やっても、決まってテオが勝利を収めた。彼女が分かりやすすぎるのか、テオの読みが鋭すぎるのか。定かではないが、カードを出すたびにテオが簡単に勝ってしまう。
リリアーナはカードを握り潰しそうになり、テオを睨んだ。
「……テオ、貴方…イカサマしてるでしょう…?」
彼女の声には疑いと苛立ちが混じり、目を細めてテオをじっと見つめた。
テオは目を丸くし、声を上げて反論した。
「はあ!?んなことするわけねえだろ!そもそも、お前弱すぎてイカサマする気も起きねえよ!」
彼は呆れたように笑った。リリアーナの分かりやすい動きと表情が、ゲームを簡単すぎるものにしていた。
リリアーナは頬を膨らませ、テオに食ってかかった。
「何ですって!?次こそは勝ってみせるんだから!覚悟なさい!」
彼女は新しいカードを手に取り、気合を入れるようにシャッフルした。
テオはニヤリと笑い、挑戦を受けた。
「望むところだ。せいぜい頑張れよ!」
彼はカードを手に持つと、リリアーナの戦意に付き合うことにした。
それからも、リリアーナは負け続けた。彼女の出すカードはあまりにも単純で、テオには次の手が丸見えだった。彼女が「これで勝てる!」と自信満々にカードを出しても、テオが一瞬で逆転してしまう。テオはあまりにも弱すぎるリリアーナが心配になった。それにしても、リリアーナの弱さは不憫なほどだった。
テオは彼女を見かねて、次はわざと負けてやろうと決めた。リリアーナが勝てるように、わざと弱いカードを出し、彼女の手札を有利に導いた。そして、ついにリリアーナが初の勝利を収めた。彼女はカードをベッドに叩きつけ、目を輝かせた。
「やった!勝ったわ!」
だが、すぐに彼女はテオの不自然な動きに気づき、眉を寄せた。
「……テオ、貴方わざと負けたでしょう…!?」
彼女の声には怒りが滲み、テオを睨みつけた。
テオは両手を上げて慌てて反論した。
「じゃあどうしろっていうんだよ!!」
お前勝っても負けても文句言うじゃねえか!とテオはベッドに寝転がり、呆れたように天井を見上げた。リリアーナの反応に、笑いと苛立ちが混じった気持ちが湧き上がった。
リリアーナはカードを握り潰しそうになり、テオに食い下がった。
「もう一回よ!もう勝てるわ。テオの思考パターンもだいぶ読めてきたもの!」
彼女は自信満々に言い放ち、カードを再びシャッフルした。
嘘つけ、とテオは心の中で突っ込みながら、彼女の挑戦に応じた。
「分かったよ。やってやるよ」
彼はカードを手に持つと、リリアーナの意気込みに付き合った。だが、言わずもがな、その後もリリアーナは負け続けた。彼女の「次こそは!」という言葉が空しく響き、テオは内心で笑いを堪えた。
やがて、ゲームの途中でリリアーナの動きが鈍くなった。彼女の手がカードを出すたびに遅くなり、瞼が重そうに下がっていく。そして、ついに眠気に負けた彼女は、テオの肩にそっと寄りかかった。彼女の頭がテオの肩に触れ、長い髪が彼の腕に落ちた。彼女の寝息が小さく聞こえ始め、カードが彼女の手から滑り落ちてベッドに散らばった。
テオはリリアーナの重みを感じ、彼女を起こさないようにそっと動いた。彼はカードを静かに集め、ベッドの隅に置いた。毛布を手に持つと、彼女の肩にそっとかけ、彼女が冷えないように気をつけた。月明かりが彼女の寝顔を照らし、長い睫毛が静かに影を落としていた。
テオはその寝顔をじっと眺めた。こいつ、本当に綺麗な顔してるな…と、彼は彼女の整った容姿を再認識した。大人になったらどんなに美人になるだろう…と、テオはまだ見ぬ未来を想像した。彼女が貴族のドレスを纏い、舞踏会で皆の視線を集める姿が頭に浮かんだ。だが、その隣には自分はいないだろうと考え、少し寂しくなった。
リリアーナの寝息を聞きながら、テオの瞼にも眠気が忍び寄ってきた。ゲームのおかげか、それとも彼女の温もりが安心感を与えてくれたのか、彼の頭が徐々に重くなった。彼はリリアーナの隣に横になり、彼女の手をそっと握った。
「おやすみ、リリアーナ…」
小さく呟くと、彼の意識は静かに眠りに落ちた。部屋には二人の寝息が響き合い、月明かりが二人を優しく包んだ。




