2. 公女と少年の歪んだ絆
リリアーナにとって、テオの存在は新しい玩具を手に入れたようなものだった。血のような赤い瞳を持つ平民の少年ーーテオが公爵家に連れて来られて以来、彼女は彼を徹底的にいじめ抜いた。理不尽な命令を押し付け、痛めつけ、傷つけた。テオが苦しむ様子を見るのが、リリアーナはたまらなく楽しかった。
「そこに立ってなさい。動いたら許さないわ」
「私の靴を舐めなさい、汚い平民」
「もっと速く動いて!役立たず!」
彼女の命令は次々とエスカレートし、テオの小さな体に鞭の跡や擦り傷が増えていった。手錠を外された後も、彼に自由はなかった。リリアーナに気まぐれに従うしかなかったのだ。
テオが痛みに顔を歪め、涙を堪える姿を見ると、リリアーナの胸が奇妙に高鳴った。彼は彼女の行動に反応してくれる。泣き叫び、時には抵抗しようと小さな拳を握りしめる。そのたびに、彼の視線はリリアーナだけに向けられた。家族から無視され続けた彼女にとって、それは初めて感じる「繋がり」だった。誰かが自分を見てくれる。自分に意識を向けてくれる。そんな感覚が、彼女の心を満たした。
リリアーナはテオの赤い瞳をじっと見つめ、繰り返し呟いた。
「悪魔ね。貴方は悪魔だわ」
その言葉は、かつて次男のクラウスから投げつけられたものだった。
「お前が母上を殺した」「悪魔め」
幼いリリアーナの心に深く突き刺さり、癒えることなく残り続けた言葉。それを今、彼女はテオに向かって吐き出した。まるで自分の傷を他人に押し付けることで、心の痛みを軽くしようとしているかのように。
テオはいつも彼女を憎悪の目で睨みつけた。赤い瞳が怒りと悲しみに燃え、言葉にせずともその感情がリリアーナに突き刺さった。だが、彼女はその視線さえも嬉しく感じた。
少なくとも、私に無関心ではない。
父や兄たちのように目を逸らさず、腫れ物扱いせず、テオはリリアーナを真正面から見つめてくれる。その憎しみさえ、リリアーナにとっては愛情の裏返しのように思えた。
ある日、リリアーナはテオに無理やり庭の噴水に頭を突っ込ませた。水をかぶり、咳き込みながら立ち上がったテオが、濡れた髪の隙間から彼女を睨んだ。その瞳はまるで血が滲むように赤く、憎悪が溢れていた。リリアーナは笑った。
「ほら、やっぱり悪魔だわ。貴方の目はそう言ってる」
テオは唇を噛み、震える声で初めて反発した。
「…お前が、悪魔だ」
その言葉に、リリアーナの笑顔が一瞬凍りついた。だがすぐに彼女は哄笑し、テオの頬を平手で叩いた。
「生意気ね。平民の分際で、私に逆らうなんて」
テオは倒れ込みながらも、なお彼女を睨み続けた。その視線に、リリアーナの心はまた疼いた。
憎しみでもいい。怒りでもいい。無関心でないなら、それでいい。
彼女はそう思いながら、テオをさらに追い詰めていった。
2人の歪んだ関係は、終わりを迎えることなく続いていった。リリアーナにとって、テオは彼女の孤独を埋める唯一の存在となりつつあったのだ。