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19. 星の眼差し

 リリアーナの誕生日の翌日の夜、彼女はいつものようにテオのもとへ向かい、倉庫の隅の部屋の扉を開けた。そこにいたテオは、いつもと少し違う様子で彼女を迎えた。目を輝かせながら、突然彼女の手を掴むと、こう言った。

 「星が綺麗だぜ。来いよ」

リリアーナが何か言う間もなく、テオは彼女を裏庭へと引っ張り出した。夜の冷たい風が頬を撫で、屋敷の裏庭に広がる芝生が足元に柔らかく感じられた。テオは迷わず芝生の上に寝転がり、空を見上げた。リリアーナはそんな彼を見て驚き、立ったままぽつりと尋ねた。

 「何?」

テオは片手を頭の後ろに敷きながら、穏やかに答えた。

 「寝転がってみろよ。母さんはいつもこうやって星を見せてくれたんだ」


リリアーナは一瞬躊躇った。貴族の令嬢として、地面に寝転ぶなんて考えたこともなかった。だが、テオの自然な態度に押されるように、彼女はぎこちなく彼の隣に腰を下ろした。膝を抱えながら、恐る恐る空を見上げた。そこには、屋敷の灯りに遮られることなく広がる星空が、無数の光を散りばめて輝いていた。

テオが静かに話し始めた。

 「貧しくてさ、腹が減っても母さんは俺を膝に抱いて星を見せてくれた。『お前はどの星より輝いている』って、いつもそう言ってくれたよ」

彼の声は穏やかで、懐かしさに満ちていた。リリアーナはその言葉に耳を傾けながら、テオの横顔をちらりと見た。星明かりが彼の赤い瞳に映り、優しい光を宿しているように見えた。テオはさらに続けた。

 「母さんは歌ってくれたんだ」

そう言うと、彼は素朴な子守唄を口ずさみ始めた。旋律はどこか不安定で、たどたどしかったが、温かさに溢れていた。

 「星が降りて夢になれ、小さな子に幸あれ…」

歌詞はシンプルで、繰り返しが心地よい旋律だった。


リリアーナは一瞬、いつもの癖で皮肉を込めて言った。

 「何それ。変なの」

だが、その言葉とは裏腹に、テオの歌声にどこか懐かしさのようなものを感じ、彼女は黙って聴き入った。母を知らない彼女にとって、子守唄は遠い夢のような響きだった。それでも、テオの声が心の奥にそっと触れる感覚があった。


歌が終わり、テオが小さく笑って言った。

 「母さんの声はもっと綺麗だったけどさ、これ聞くと安心したんだ」

リリアーナは黙ったまま、空を見上げた。自分のために歌ってくれる歌は、どんなに素敵なんだろう。そんな思いが胸に浮かび、彼女の心を静かに揺さぶった。テオが突然手を伸ばし、星空を指差した。

 「ほら見て、あの星」

リリアーナは首をかしげて尋ねた。

 「どれ?」

テオは彼女の手を取って、自分の指先に沿うように導いた。リリアーナは驚きで一瞬体を固くしたが、抵抗せず、彼の手の動きに任せた。2人の視線が重なり、星空の中で一際明るく輝く星を見つけた。テオが静かに言った。

 「きっと父さんだ。父さんは俺が小さかった頃死んじまったけど、母さんは星を指差して、父さんはいつもそばにいるって言ってた。お前の母さんも、どっかで見てるんじゃないか?」


 「そんなわけ…」

リリアーナの言葉はそこで止まり、彼女は星空に目を凝らした。母の顔も声も知らない。けれど、テオの言葉が心に小さな波を立て、彼女は初めて母を想って空を見上げた。星の一つ一つが、遠くで輝く誰かの眼差しのように感じられた。涙が溢れそうになり、彼女は唇を噛んでそれを堪えた。



2人はしばらく黙って星を見続けた。夜風が芝生を揺らし、星空の下で流れる時間が、2人を優しく包み込んでいた。リリアーナの胸には、母への想いとテオの優しさが交錯し、言葉にできない感情が静かに広がっていた。

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