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16. 暖炉の夜

 テオの熱が下がり、回復してきた頃のある日の夜。リリアーナはテオがまだ弱っていることを気にして、彼が冷えないようにと屋敷の暖炉の前へと連れていった。暖炉の火は赤々と燃え、部屋に柔らかな暖かさとオレンジ色の光を投げかけていた。2人は暖炉の前に並んで座り、揺れる炎を静かに見つめた。薪が時折パチパチと音を立てる以外、部屋は穏やかな静寂に包まれていた。


テオがふと口を開いた。

 「お前、暖炉の前で誰かと笑ったことある?」

リリアーナの動きが止まった。彼女は黙り込み、視線を火に固定したまま動かなかった。そんなこと、あるわけがなかった。彼女の記憶には、家族と笑い合った温かい場面など一つも存在しない。父は彼女を避け、兄たちは冷たい視線を向けるだけ。暖炉の前で誰かと過ごすなんて、想像したこともなかった。彼女の沈黙が、その答えを物語っていた。


テオはリリアーナの表情を見て、そっと立ち上がった。そして、暖炉のそばに置かれた薪を手に取り、火にくべた。薪が燃え始め、炎が勢いを増すと、彼は振り返って笑った。

 「ほら、火が強くなると暖かいだろ」

そう言って、テオは近くに置いてあった毛布を手に取り、リリアーナの肩にそっとかけた。突然の行動に、リリアーナは目を丸くして声を上げた。

 「何…!?」

テオはいたずらっぽく笑いながら、彼女の驚きを気にせず言った。

 「家族ってさ、こういうことだよ。誰かが寒くないように気にするんだ」

リリアーナは毛布の端をぎゅっと握りしめた。テオの言葉が胸に響き、彼女は無言で暖炉の火を見つめ続けた。炎の揺らめきが彼女の青い瞳に映り込み、複雑な感情が心の中で渦巻いた。家族という言葉は、彼女にとって遠い存在だった。だが、テオの自然な優しさと、その無垢な笑顔が、彼女に何か新しい感覚をもたらしていた。


時間が経ち、暖炉の火が少しずつ弱まってきた頃、テオが眠そうな声でぽつりと呟いた。

 「家族ってさ、近くにいるだけで温かいんだ。お前もいつか分かるよ」

彼は目をこすりながら、そう言って小さくあくびをした。リリアーナが振り返ると、テオの瞼が重そうに下がり、やがて彼は静かに眠りに落ちた。暖炉の火が彼の顔を照らし、穏やかな寝顔がそこにあった。


リリアーナはテオを見つめた。彼女の肩にかかっていた毛布が少しずり落ちていたが、彼女はそれを気にせず、そっと立ち上がった。そして、テオが彼女にかけてくれたその毛布を、今度は彼の肩にかけ直した。眠るテオの体が冷えないようにと、無意識に手を動かしていた。自分でも気づかぬうちに、彼女は「誰かを気遣う」行為をしていたのだ。


暖炉の火が小さく揺れ続ける中、リリアーナは再び座り、テオの寝顔を見守った。テオの無垢な優しさが、彼女に家族の温かさの欠片を教えてくれた時間だった。彼女の心に初めて芽生えたその感覚は、言葉にできないほど小さく、けれど確かにそこにあった。

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