12. 手紙と知られざる想い
謹慎中のある日、リリアーナはテオを自室に呼び出した。彼女の部屋は豪華だがどこか冷たく、窓から差し込む光だけが柔らかさを添えていた。リリアーナはテオに椅子を勧めると、テーブルの上に便箋とペンを置いた。
「お母様にお手紙を書きましょう」
彼女の声は穏やかで、どこか期待に満ちていた。テオが書き始めるのを待ったが、彼はいつまで経ってもペンを動かさなかった。
「どうしたの?早く書きなさいよ」
リリアーナが少し苛立ったように急かすと、テオは恥ずかしそうに俯いた。その様子を見て、リリアーナがふと気づいたように尋ねた。
「……もしかして、読み書きできないの?」
テオは黙って小さく頷いた。リリアーナは一瞬、いつもの意地悪な笑みを浮かべそうになった。「卑しい平民は読み書きもできないって本当だったのね!可哀想に」と言いかけて、しかしその言葉を飲み込んだ。代わりに、静かに言った。
「平民は読み書きを習わないと聞いたわ」
彼女は少し考え込むように目を伏せ、それから決意したように顔を上げた。
「私が教えるわ。私も最近習ったばかりで、全然人に教えることができる立場ではないけれど」
そして、恥ずかしそうに付け加えた。
「…拙くても、間違っていても、笑わないでよ?これは命令よ」
その言葉に、テオは小さく笑った。リリアーナの意外な一面に、彼の警戒心がわずかに緩んだ。彼女の頬が少し赤らんでいるのを見て、テオは不思議な気持ちになった。
それから、リリアーナはテオに一から読み書きを教え始めた。文字の形、簡単な言葉の綴り、句読点の使い方。彼女自身がまだ慣れていない手つきで教える姿はぎこちなかったが、意外なことに、テオが何度も同じ間違いを繰り返してもリリアーナは怒らなかった。
「ほら、ここはこうやって書くの。もう一回やってみて」
彼女は根気よく教え、テオが少しずつ上達するのを見守った。テオもまた、真剣に学び、彼女の教えに耳を傾けた。
読み書きの最低限の基礎を教え終えたある日、ついにテオは母への手紙を書き始めた。ぎこちない字で、母への想いを綴った。その横で、リリアーナは静かに便箋に向かい、もうこの世にはいない母へ手紙を書いた。2人は黙々とペンを走らせ、真剣な表情でそれぞれの想いを文字に託した。部屋には、ペンの擦れる音だけが響いていた。
テオが手紙を書き終わると、リリアーナがそれを受け取った。
「私が投函しにいくわ」
彼女はそう言って部屋を出て、公爵家の郵便ポストへと向かった。テオは部屋に残り、彼女の帰りを待った。読み書きを習わない平民でも、自分の名前や家族の名前をどのような文字で書くのかはわかる。手紙に綴った想いは母に届かなくとも、自分が何事もなく過ごしていることさえ伝わればいい。そう思って、テオは手紙が母のもとへ届くのを心待ちにした。
その時、テーブルの上に置かれたリリアーナの手紙が目に入った。宛先のない、誰にも届くことのない手紙。好奇心と何かを感じたテオは、そっとそれを取り上げ、読み始めた。