1. 公女と少年
帝国には4つの公爵家が存在する。その中でも名門として知られるある公爵家に、1人の公女がいた。名はリリアーナ。8歳にして我儘で強欲、傲慢で見栄っ張りな少女だった。しかし、その裏に隠された寂しがり屋で愛に飢えた心を、誰もが気付かぬふりをしていた。
リリアーナの家族は、父である公爵と2人の兄だけで成り立っていた。長男のエドガーは13歳、次男のクラウスは11歳。そして、彼女の母はリリアーナの出産の際、難産の末、命を落としていた。彼女は帝国一の美人と称され、愛情深く優しい女性だったという。皮肉にも、リリアーナは母と瓜二つの容姿を持って生まれた。輝く金髪、透き通るような白い肌、深い青の瞳。まるで母の亡魂が宿ったかのような美しさだった。
だが、その美しさは彼女にとって呪いだった。母の死後、父は生気を失い、娘を見ることさえ避けるようになった。まるで彼女を見るたび、亡き妻を思い出し、深い悲しみに沈むのを恐れているかのように。まだ幼かった次男のクラウスは、母を失った悲しみを幼い心で理解できず、リリアーナを憎悪の目で睨みつけた。「お前が母上を殺したんだ」「悪魔め」「母上ではなくお前が死ねばよかったのに」とリリアーナを見るたび罵声を浴びせた。長男のエドガーは、そんな弟を宥めながらも、リリアーナと目を合わせようとはしなかった。静かに、ただ距離を置くように。
「私は生まれてきてはいけなかった」
幼いリリアーナはそう思いながら育った。愛されない存在であることを、家族の冷たい視線が彼女に刻み込んでいった。
そんな環境の中で、リリアーナの性格は歪んでいった。毎日のように騒ぎを起こし、使用人をいじめ、何人も辞めさせた。彼女にとって、それは父や兄たちの注意を引く唯一の手段だった。
「嫌われてもいい。騒ぎを起こせば、私を見てくれる。私に関心を持ってくれる」
そう信じて、彼女は我儘をエスカレートさせていった。やがて公爵邸の人間は彼女を腫れ物扱いするようになり、誰も彼女に近付かなくなった。
ある日、そんなリリアーナを見かねた公爵が、珍しい容姿の少年をリリアーナの遊び相手として公爵家に連れてきた。その少年、名をテオと言い、血の色のような赤い瞳を持っていた。7歳の彼は、貧しいながらも母と二人で幸せに暮らしていた。しかし、公爵の命令により、テオの母は公爵に大金を押し付けられ、テオは母から無理やり引き離され、公爵邸へと連行された。テオは抵抗し、母のいる家に帰ろうと暴れたため、その小さな手には手錠がはめられていた。
リリアーナは、手錠をはめられたままのテオを前にして、汚いものを見るような目を向けた。それからテオの瞳をじっと見つめた。彼女の唇が軽く動き、冷たい言葉が漏れた。
「なあに?その目。貴方、悪魔なんじゃない?」
テオは黙って彼女を見返した。赤い瞳が、薄暗い部屋の中で不気味に光った。リリアーナは鼻で笑い、さらに言葉を続けた。
「卑しい平民ね。まあいいわ、新しいオモチャが手に入ったんだから」
彼女の声には、どこか虚勢が混じっていた。テオの手錠がカチャリと音を立てるたび、リリアーナの心の奥底で何かが疼いた。だが彼女はその感情を無視し、いつもの傲慢な笑みを浮かべた。
公爵家の新たな物語が、ここから始まろうとしていた。