文化部合同ピクニック
今日は足立区にある、舎人公園という場所で、文化部合同ピクニックが開催される。
3年生が受験生となり、部活の方も引退に近づくためだ。
あと、新入生も入ったわけだし? いわゆる送別会と新入部員の歓迎会という訳である。
そしてこの企画。とても嬉しい事がある。
なんと僕たち、軽音楽部は 人数の少ない、サバゲ部(サバイバルゲーム部)と化学部が、一緒のグループになったのだ!
やったー! 笠原先輩と一緒だ!
僕たちのグループは 日暮里・舎人ライナーという電車で向かうのだが、この3部活のメンバーは日暮里駅に集合することになっている。
奇跡的に、みんなが日暮里駅が近かったからだ。
そして、僕は 笠原先輩に会える事が、嬉しくて、三十分も早く集合場所にいた。そして 恥ずかしながら、昨夜は嬉しさのあまり、眠れていない。笠原先輩と一日中、一緒にいられるからだ。
こんなに楽しみなピクニックは 今まで経験したことがない。
そんな事を考えていると、一台の車が、僕の目の前に停まる。
スゲーな。ポルシェ・カイエンのサンルーフ付きで、総革張りシートじゃん! このカイエン、1000万はいってるな。
そのカイエンの助手席から降りてきたのはなんと、笠原先輩?
マジか! 笠原先輩の家って金持ちか? しかも、私服だ。か…可愛い…。デニム地のワンピースで、素足にグラディエーターのサンダル。バッグは ジェニファー・スカイのバックパックになるタイプの物を背負っている。
僕は挨拶もせずに、笠原先輩に見惚れていた。
そんな僕をカイエンの運転手の男性が、僕を睨付けている。
「そこの少年! 妹を見すぎだ! 厭い目で視みるんじゃねぇよ!」
僕は男性に怒られた。
「ちょっと兄さん! やめてよ! ごめんね、芹沢君!」
兄さん?
「あ? 李依の知り合いか? まさか、李依の彼氏か?」
「そそそそそんな! 僕は…」突然の質問に、言葉にならない言葉を発する僕。
「うるさい! 帰れバカ兄!」
おー、笠原先輩、家族には強気だ。
「あん? お前? もしかして、この少年の事を?」
「マジ帰れ! 5秒以内に帰れ! マジうざ! マジキモ! 早く学会に行け!」
笠原先輩は ポルシェ・カイエンのドアを 細い綺麗な足で蹴飛ばした。
ドン! 鈍い音がする。あぁ… 1000万の車が…。
「笠原先輩! 車がへこんじゃいますよ!」
僕はそう言って、笠原先輩の手をつかんだ。
「え? ちょっ!」
驚いた表情で僕を見る笠原先輩。
「でも、車が!」
「おい少年! 俺の許可無しに李依の手を握ってんじゃねぇぞ! その手を放せ!」
でたー! そういうタイプの兄かー!
「あの…芹沢君? もう、蹴飛ばさないから…手を放してもらっても、いいかな?」
笠原先輩は照れた様子で、僕に言う。
あぁ可愛い…。笠原先輩を守ってあげたい!
「芹沢君?」
「あー! すみません!」
僕は慌てて、笠原先輩の手を放す。
「あの、笠原先輩」
「何かな?」
笠原先輩は 少し、うつむき加減で僕に返事をする。
「デニム地のワンピースと、グラディエーターのサンダルって、お洒落ですね。とても似合ってます」
「なっ?」
驚く笠原先輩。
「ちょっとー! 私と一葉お姉様も、私服なんだけど!」
いつの間にか後ろにいた、こなと一葉さん。
「おはようございます一葉さん! こなもおはよう!」
「もう一度言うからね。私と一葉お姉様も私服なんだけど!」
「お二人とも素敵ですよ」
「何だか、ついでっぽいけど、ありがとう。芹沢君」
ふふっ、と笑いながら言う一葉さんに対して、「何だか嫌な感じ」と言うこな。
「おい少年! いいな! 妹に手を出す…」
「バカ兄! 帰れ!」
笠原先輩はまたもや、お兄さんの車を蹴飛ばした。
「ちょっと、笠原先輩!」
そう言って、僕はまたもや笠原先輩の手を握った。やったー!
「えっ? 何この件…。笠原先輩って、わざとやってませんか?」
「なっ! 何故だい? ロリ…。失礼」
「あー! 今、私の事をロリって言いましたね!? 聞きました? 一葉お姉様! 私ショックです!」
そんなこなをよそに、突然、背後から話しかけられる。
「やあ、 李依。 久しいね」
突然。笠原先輩と、僕の間から、低い声が聞こえた。
「ウワッ? ビックリしたぁ!」
サバゲ部の部長、斉木涼子さんだ。この人は普段はとても穏やかな女性。だが、サバゲが始まると、人が変わるらしい。
とくに、銃を持った時の斉木先輩は 女版ランボーだと聞いた。スゲー。
「君が噂の芹沢君かな? 初めまして、斉木だ。李依とは小学校から一緒でね。そうそう、李依のお兄さんはシスコンだから、細心の注意を心がけなさい」
斉木先輩は僕に言うが、何で楽しそうに言うんだ?
「はい…」 とりあえず返事しかできないな。
「ちょっと! 涼子までやめてよ! 芹沢君が困っているじゃない!」
笠原先輩、顔が真っ赤ですが、どうしました?
そこへ、「ようサニー! おはよう! 久しぶりだな!」
佐之助の登場だ。
「佐之おはよう! 佐之が隣のクラスだったなんて気が付かなかったよ!」
彼は原田 佐之助。中学で別々になったが、小学生の時は毎日のように遊んでいた。その時はこなのお兄さんの葵君と、一葉さんの彼氏の桐弥君も、遊んでくれて。そうそう、胡桃ちゃんってお姉さんもいたな…。
「あはは! お前、俺どころか、隣の席のこなたにも気が付かなかったんだろ? ある意味大物だな!」
「いいか! 少年! 李依に…」おっお兄さん?
「帰れ!」
お兄さん、まだいたんですね…。
僕は笠原先輩の手を掴んだままだったので、カイエンは蹴飛ばされずに済んだ。
「ところでサニーと笠原先輩は恋人同士か? さっきから手を繋いでいるけど?」
ニヤニヤと、憎たらしい顔で、僕に聞いてくる佐之。
「付き合って無い!」
こなが大きな声で佐之に言う。僕と笠原先輩はこなの声に驚き、繋いだ手をササッと放し、お互いに逆方向を向いた。
(なんだ? この2人は…。もう付き合っちゃえよ…)
↑
斉木・一葉・佐之 心の声
* *
舎人公園駅に到着…。
「ところで、こなは何で日暮里駅に来たの? 演劇部は熊野前じゃなかった?」
「演劇部は人数が多いからね、一葉お姉様の荷物を手伝ってあげたの。市谷先生から言われたからね。あとサニー…」
「ん? 何?」
「何でも無い!」
そう言ってこなは演劇部の方へ走って行く。どうしたんだ? こなのやつ…。
一方、笠原先輩は斉木先輩と二人で、僕の後ろを歩いていた。
「李依、いつまでも今のままで良いのかい? 芹沢君は人気がありそうだよ」
「別に…。涼子には関係ないというか…」
「李依にとっては関係ないかもしれないが。私には関係あるんだよね。李依が幸せになると、私は嬉しいから…」
「涼子、私は…。何をどうすればいいのか、わからないんだよ…。芹沢君と話をしていると、楽しいし、気持ちが整理できなくなる…。どんどん、芹沢君に惹かれていくのがわかるんだ。でも、その反面。色々な娘が私の事を悪く言う。芹沢君が可哀想とかね…」
そう言うと、李衣の瞳から一筋の涙が。
「泣くな李依…。そんなに本気なら私も嬉しい。李依が男子を好きになったのなんて初めてだからね。応援するよ。だから泣くな」
「ありがとう…。涼子…」
「ところで、芹沢君に手を握られた時はどうだった? 詳しく教えてもらえるかい?」
「うっうるさい! バカ!」
「あはは! 元気になった!」
笠原先輩と斉木先輩、何を話しているんだろ…。楽しそうだな…。
僕たちは集合場所へと向った。
本日の予定。
八時五十分に集合し、まずは園内の清掃とゴミ拾い。いわゆる、ボランティア活動だ。この活動をする事によって、その後のバーベキューの時に、スペースを広く使わせてもらえる。
ギブ&テイクがあるのでは ボランティアとは言えない気がするけど…。
そして、10時から15時まで、スペースの貸切で、バーべキューだ。
その後、各部活の出し物をやる。ちなみに、将棋部と化学部は出し物は無い。目の前で将棋をされても意味がわからないし、外での実験も危険が伴う。という理由だ。
演劇部は毎年恒例と言われている、観客を爆笑の渦に巻き込む劇を披露するらしい。
ただ、気になるのは1人、ものすごい怖い顔をした、神楽坂という名の先輩だ!
ヤバい!
あの人の顔は怖すぎる。
そして、僕たちの軽音楽部は各バンドが2曲づつアコースティックで披露する。僕は相変わらず、1人だけど…。
園内の清掃が終わり、バーベキュースペースに集合した僕達。そこには全てが準備されていた。クッキング部の部員達が下ごしらえをしてくれていた。あとは 炭に火を入れるだけ。各部活の顧問の先生方が悪戦苦闘している。
この人たち、炭に火を入れたこと無いのかな?
「佐之、炭に火を入れられないみたい。向こうからやってきて。僕はこっちからやって行くよ。」
「マジかぁ…わかった…」
しぶしぶBBQスペースに向かう佐之。
着火剤ぐらい入れようよ。古紙だけじゃ無理だって。僕と佐之は次々と、火を熾していく。そのたびに、「おお!」と言う顧問の先生方。
「助かったよ、芹沢君! 毎年この作業で三十分くらいスタートが遅れるんだよね! ありがとう!」
えっと、この人は演劇部の部長で一之瀬さん?
なんだか普通だぞ? 笠原先輩が、「あの人はヤバい!」と言っていたけど。
「いえ。このくらい、やりますよ」
僕が、言い終わると同時に一之瀬先輩は大声で言う。
「よっしゃー! 焼けー!」
おいおい…。
「あの、網に熱が通ってから、肉をのせてくださいね。最初はニンジンとか、硬い野菜をのせてください」
「はい…」
意気消沈している。一之瀬先輩が、「はい」とか言っている。
↑
演劇部員たち、心の声。
そして、宴が始まる。
「やあ。サニー」
見覚えのある女性が話しかけてきた。
「えっ? もしかして? 胡桃ちゃん?」
「そうだよ! 久しぶりだね」
「久しぶりです。胡桃ちゃんの隣にいる人ってもしかして…」
「初めまして、芹沢君。僕は齋藤一。胡桃と交際している…。その…」
齋藤先輩、モジモジとしている。
「私の彼氏だよ」
「おぉー! そうなんですか! こういう時っておめでとうございますって、言えばいいのかな? 僕のまわりは 彼女モチがいないからわからないや」
「私もわからないや。ハジメは? わかる?」
胡桃ちゃんは 幸せそうな顔で齋藤先輩に聞いている。
「お似合い? とか言われると嬉しいかな…」
なんすか? 齋藤先輩、女子ッポイ事を言いますね。
「ところで。サニーってさ、笠原の事が、好きなの?」
胡桃ちゃんは 小声で僕に聞いてきた。
「なんで? なんで知っているの!」
驚きすぎて、心の声にとどまらなかった。
「えー? 有名な話だよ? 」
「有名って…」
僕の頭は真っ白になった…。
「こりゃ、ヤバイな…。サニー、ちょっとこっちに来て」
そう言って、胡桃ちゃんと齋藤先輩に連れていかれる僕…。
公園の東側にある池の方まで連れてこられた僕は、胡桃ちゃんと齋藤先輩に挟まれるように、ベンチに座らされた。そして、胡桃ちゃんから話が始まった。
「あのね。サニーは…。2年の女子にも人気があるんだよ」
「は? 何を突然?」
「は? じゃないよ。ねぇハジメ。ハジメも知っているでしょ?」
「そうだね。誰とは言わないけど、芹沢君を携帯の待ち受けにしている女子も知っているよ」
え…キモいんだけど…。
「それでね。笠原って、あんな感じの性格じゃん? 仲のいい女子も一葉と斉木くらいでさ…。だから、色々な女子に、悪口を言われているんだよ」
「なんで? 僕と話すと悪口を言われるの? 意味がわからないよ!」
「マジかー芹沢君! 意味わかろうよ!」
頭を抱えて、驚く齋藤先輩。
マジでわかりませんって…。
「サニーはさ、笠原が他の男子の腕を触れながら、楽しそうに話していたらどう?」
「嫌だ…でも…。笠原先輩がそうしたいのなら、あきらめ…」
「うそ。そんな簡単に諦められないでしょ?」
「うん…」
「そう言うことだよ。あっゴメン! 普通にサニーって言っていた!」
「ああ別に…。いいですよ…」
「今日じゃなくてもいいから、笠原さんに、話してみたら?」
齋藤先輩? そんな!
「好きなんでしょ? 笠原のこと」
「うん…」
その時、僕たちの横から斉木先輩が現れた。
「君たち、ずいぶんと李依に肩入れするねー」
「斉木!」
「はい! 斉木です!」
「斉木先輩! どうしたんですか?」
「私も君に話があってね。でも、篠原と齋藤が言ってくれたから、私から言うことは何もない。ただし。李依は私の親友だ。彼女の涙はあまり見たくない。それだけは覚えていてくれ。だからって、君が無理をする必要はない。それは李衣に対しても同じことだ」
「斉木先輩や齋藤先輩。胡桃ちゃんもだけど。笠原先輩の周りには優しい人がいて。何だか自分のことみたいで、嬉しいです。ありがとうございます。決心がつきました」
僕は三人の先輩たちに深々とお辞儀をし、軽音のスペースに向かう。そして、周りに人がいない事を確認し、青空に向かい話しかけた。
「Hi Ishtar! Beannaigh mé」
*Ishtar = イシュタル。愛と豊穣の神。