交錯
私は都内の私立高校で、事務の仕事をしている。高木 千穂子、24歳 。泣く子も黙る独身だ。まぁ誰も黙りはしないだろうけど…。
突然だが、私はガキが嫌いだ。大嫌いだ。大嫌いなのに、高校の事務員を職務としている。友人からは矛盾ちゃんと呼ばれている。
そして、この高校には私の同級生がいる。彼女も独身だ。その事が、とても安心できる。
アハハ、私は最低な思考回路を持つ女だ。
その彼女は教員として、1年と2年の英語を担当している。
笑える。学生の頃は 英語なんて、まったくできなかったのに。その同級生の名前は市谷《 いちがや》 美梨 。実はこの美梨とは高校時代からの腐れ縁だ。
そして美梨には弟がいる。一昨年の春頃に、母親の再婚で、弟が出来た。当初、美梨は 弟の事を「可愛いんだよね~」などと口走っていた。それが、ある日を境に言わなくなった。
お父さんが亡くなったのだ。父との血はつながらない、とはいえ、多少のショックはあったようだ。
そして、美梨の最悪の問題点。弟に対しての可愛いが、弟を見る瞳では無い事。
それは美梨の父親の葬儀の時に確信した。
美梨の妹、綾乃のことも、念のため観察をした。
だが、綾乃の場合は女子中学から、女子高へ進学したので、ただ単に男子への耐性が無いための、恥ずかしさから来る、桐弥くんへのキツイ当たりという事がわかった。安心した…。
そして私、高木 千穂子は 恥ずかしながら、彼氏という者がいる。年下だ…。けっこうな年下だ…。
最初に言ったが、ガキは嫌いだ。だが、彼氏は私の6歳も年下だ。名前を砂川 葵という。
当初、私は美梨の事が心配で、砂川君に話しかけた。というのは 私の友人、佐原が、砂川君の家が営む居酒屋の隣にアパートを借りていたため、偶然を装 って通った訳だ。勿論、本当は葵君に市谷家の事情を聞き出すためだ。
当然、砂川君は私の事を知っている。
私は 砂川君が桐弥君の友人という事を美梨の母親の結婚式や、父親の葬儀などで知った。
私はこのお店に、何度か通うようになって、色々とわかってきた事がある。
実は市谷父は 葵君のお父さんと、私の働く高校にいる2年生の女子、篠原 胡桃 さんのお父さん。あと1年生の男子、原田 佐之助君のお父さん。あとは先日、女子会をやったバーのマスター、梶浦氏と同級生だったらしい。
その中で、リーダー的存在の市谷氏。篠原氏の外資系の仕事の、架け橋をした話。砂川氏の市場への参入権。原田氏の役所関係の仕事への参入。彼らの仕事が、軌道に乗ったのは すべて、市谷氏のおかげと聞く。
なぜそこまで顔が利くのか? 今ではわからない…。
そして、葵君と桐弥君は同じ趣味? と言っていいのかわからないが、小学生の頃からモトクロスという競技をやっているらしい。
私は何度も大会を見に行っている。前回観に行ったのは最終戦だったらしいけど、その大会で桐弥君は2位、葵君は4位。
悔しがる葵君に私は何も言えなかった…。無事で終わってくれる事、それ以外に私は何も望まない。
彼が怪我をしない事だけが、私の望みだ。
彼らが出場する競技は スピード&スタイル。速さと、ジャンプした時の芸術点で順位が決まる。素人の私から見ても、桐弥君の走り方はすごかった!
オートバイが、空中で回転するなんて初めて見た。それどころか、ジャンプ中に、バイクから離れて、自分がバク宙するなんて…。あっ! 言いすぎた…。そこまではしないが…。でも、見ているだけで、怖い。
失敗したら死んじゃうよ…。
こんな競技をやっている事を美梨は知らない。美梨だけではない。綾乃もお母さんも知らない。
そして、葵君は 「最近の桐弥の走りはビビっている」 と言う。葵君にとって、それが面白くないらしい。
でも、私にはピーンときた。彼、桐弥君には血のつながった家族がいない。
もし、大怪我をしたら自分はどうなるのか?
それは彼の問題で、彼自身が抱える問題…。
以前。葵君が競技で骨折をした時に、砂川氏が葵君の登下校の送り迎えをやっていた。私が見る限り、桐弥君の走り方が変わったのはその頃だ。
怪我に対して、恐怖を感じている走り方になっている。
それでも、大会の時には毎回、上位にいる彼のメンタルは素晴らしい。でも、ピットに戻ってきた彼を見た私は何とも言えない気持ちになった…。
彼にはピットクルーはいない。私は砂川氏に頼まれたドリンクを桐弥君に持って行った。彼はメットもはずさずに、ハンドルバーに頭を押し付けている。私が声をかけようと思った時に、小さな声で彼は言った。
「無理だ…。怖ぇや…」
そして、今季のレースが始まる。これは篠原氏が話していたけど、「桐弥…。ありゃモトクロ辞めるな…」と言っていた。
その事に対して、胡桃ちゃんも怒っているらしい。小さい時から見ていた、桐弥君に、憤りを感じているみたいだ。何度も市谷家に、文句を言いに行こうとしたらしい。いい娘だ。
でも、悪い連鎖はそう続かない。そんな桐弥君に、恋人ができそうだ。
相手は同じ学年でK組の樋口さん。家が開業医を営んでいる。彼女は家を継ぎたいみたいで、理系に進学をした。
どうやら、お互いに好きみたいだけど、なかなか言い出せないようす。
笑える…。この歯がゆさが、彼らの言うアオハルなのだろう。
先日の女子会の後、近所の公園で、桐弥君と樋口さんを見かけた。
その光景を私は美梨と発見した。
眉間に皺をよせる美梨…。
「美梨、あんたは桐弥君のお姉さんでしょ?」
私の言葉に、美梨は返事もせずに、唇を噛みしめていた。心配だ…。
ちなみに、最近の葵君も、桐弥君に対して冷たい。
若さゆえの考え方なのだろう。
私が全てを話せば済む話だが、それは違うと思う。
悩め、若者たちよ。
あと、私と葵君が交際を始めた話は また今度ということで…。