後悔と出会い
おぉ…。ここが、いのりん先輩の家か。
いのりん先輩ってお嬢様? 白い家で、玄関がコリャまた、お菓子の家のような、木製のドア。呼鈴を押して、いのりん先輩が、「はーい」なんて出てきたら、メルヘンすぎだな。
ガチャ…。
玄関を開けると、2階までの吹き抜けのある空間。
「凄い家ですねぇ」って私は お宅訪問か?
「どうぞ」
「はっ! はい! お邪魔致します!」
と言いつつも、吹き抜けの天井を見上げる私。
「ふふ。どうしたの? あがって? あっ! スリッパどうぞ」
「ありがとうございます」
なになに、このスリッパは? ふわっふわなんですけど! うちなんて、百均ですよ? ヨレヨレのスリッパを何年も使っているのに。これが格差というやつですか!?
しかも、こんなに綺麗な床にスリッパなんて、必要ですか? もしかして私の足が臭いのか?
壁に沿って、二階へと続く階段。なんだか、マンガなどでよく見る、天国へと向かう階段のようだ。お年寄りにはキツいな…。
「おじいちゃんが、この階段は怖いよ…。って言って、エレベーターであがっているのよ」
「確かに、お年寄りには恐怖があるかも知れませんね…。私は感動してますが」
いのりん先輩は 肩をすくめて、ふふっと笑った。
すげーな…。天使の微笑みだな…。
そして、いのりん先輩の部屋へ入ると…。あら? あらら? 普通? 拍子抜けだな…。
「適当に座って。飲み物を持ってくるわね」
「あわわ。おかまいなく」
「遠慮しないの」
そう言って、いのりん先輩は 部屋を出て行く。
さぁて、面白いものはあるかな?
私は室内を歩き回ると、凄いものを発見して、それを見られた、いのりん先輩に「見ちやったのね…」とか言われてしまうシーンを 思い浮かべた。
そのためか、私は その場で、オレンジ色の座布団? クッション? に座り、クルクルとターンテーブルのように身体全体で部屋を見渡した。
すると、コルクボードに貼られた写真を見つける。そこには女の子の写真? あれ? 私か?
「はい。お待たせ。何か見つけた?」
笑顔で私に聞くいのりん先輩。
「はい。あそこの写真、見てもいいですか?」
「やだぁ~。それくらい見ればいいのに。もしかして、ずっと座っていたの?」
え? 探って欲しかったのかな?
「だって…。いのりん先輩に、申し訳なくて…」
今のは甲斐甲斐しいな。「いい娘ねー」とか、褒めてくれるかな?
「来て」
コルクボードの前で私を呼ぶ、いのりん先輩。
うぉ? 私の写真ばかりじゃん!
すると、いのりん先輩は 私を後ろから抱きしめてきた。いのりん先輩の頬が、私の右頬にあたる。
近い…近すぎ? というか、密着しすぎ? 的な?
「あの…。いのりん先輩?」
「なぁに?」
なぁに? って…。私が、いのりん先輩の方を向くと、私の唇に何かが触れた。いのりん先輩の唇だ…。
柔らかい…。
ん? いのりん先輩は 私の頭を両手で、抱きしめてきた。
「ちょっと!」
私は驚き、思わず声に出た!
何? 今のって、キスじゃね?
キスだよな!
ファ…ファーストキスが女かよ!?
「しおりん? 」
いのりん先輩は私を呼んでいる。
「ごめんなさい…。なんだか、しおりんが、近くにいるから…。嬉しくなっちゃって…」
「いのりん先輩? 私…」
どうしよう…。なんて言えばいいのか、わからない…。
「しおりん、好きよ」
はあぁーーー?
やっベーーーこの人!
てか、この展開はヤバいやつだ!
「すみません! お邪魔しました!」
私は急いでカバンを持ち、部屋の扉を開けた。
すると!
「まだ帰っちゃダメ!」
そう言って、いのりん先輩は私の腕をつかんだ! しかも、凄い力だ!
「怖い…」
私は 恐怖から、言ってしまった。
結果オーライだ。いのりん先輩は 私の腕をつかむ手を緩めた。
今だ!
私は一目散に、階段をかけ下りる。そして、私が玄関にたどり着くと、いのりん先輩は二階の吹き抜けから叫んだ。
「待って! しおりん!」
待てるか! 私は いのりん先輩の家を後にした!
ヤッベー! いのりんヤッベー!
マジヤッベー! 激コワだったな…。
あれ? もしかして、城崎委員長は 知っていたのか? それで、連絡先を教えてくれたのか?
しっかし、私みたいな喪女のどこがいいんだ? いのりん、謎だな…。
すると、後ろから走って来る足音が…。
なんとなくだけど、嫌な予感がするぞ? 走るか? 私も走るか?
徐々に近づく足音…。
私は 怖くなり、走る。
恐怖だ!
なんなんだ! 私が何をした! 神様って、金持ちにしか現れないのか? 私にもお慈悲を…。
「隅田さん!」
ん? この声は 篠原先輩? 振り向くと確かに演劇部の篠原先輩だ。
「篠原先輩!」
私は篠原先輩の顔を見た途端、安心感からか、先輩に抱きつき、泣いてしまった。
「どうしたの? 何があったの? 隅田さん?」
言えない…。いのりん先輩に…。私は先程の事を思いだし、嘔吐寸前になった…。
「篠原先輩…。すみません…」
私はそう言って、歩道の脇。植え込みに吐いてしまった…。
「隅田さん! 大丈夫?」
私に駆け寄る篠原先輩。そして、私の背中を擦ってくれた。
「ごめんなさい…。篠原先輩、ごめんなさい…」
「何で謝るの? 大丈夫? 少し休もうか? そこにベンチがあるから」
篠原先輩はそう言って、私のバッグを持ち、ベンチまで私を支えて、座らせてくれた。
「ちょっと待ってて、お水を買ってくるね」
「行かないで下さい! 一人にしないで下さい!」
泣きながら言う私に、篠原先輩は優しく頭を抱きしめてくれた。
「ごめんね。ここにいるね。怖い思いをしたんだね…。安心して。もう大丈夫だよ」
篠原先輩。一度だけしか、演劇部で話をしたことなんてなかったのに。なんて優しい人なんだ。
するとそこに、誰かが来たようだ。男の人と、女の人。私は気が動転していたせいか、声のする方を見れない。
「胡桃? どした?」
男子が篠原先輩に話しかけた。
「はぁ? キサマには1㎜も関係ねぇ。向こうへ行け!」
し? 篠原先輩? の声だよね?
「その娘、1年生でしょ? 何かあったの?」
うわ! 優しそうな声の人。
「突然、具合が悪くなったみたいで、私が驚かせちゃったのかな…」
「ああ。胡桃の顔は凶器だからな」
「キサマ! 殺すぞ桐弥!」
篠原先輩? 桐弥って? 私は顔を上げた。
うひょー!
見ると、篠原先輩と会話していたのは、うちの学園で有名な美男美女カップルの、市谷樋口夫婦ではないか! 私は二人を交互に見る。
「スゲーな…。マジでスゲー!」
市谷樋口夫婦は お互いに顔を見合わせている。
「スゲーってさ、一葉」
「え? 桐弥の事じゃない?」
「うっわっ! ラブラブかよ…。あっ!」
思わず口ばしってしまった!
「すすすす、すみません!」
私は立ち上がり、市谷樋口夫婦に頭を下げた。
「良かった。落ち着いたみたいね? 家は近いの?」
篠原先輩は優しく私に聞いた。
「えっと。向こうに、樋口クリニックっていう病院があって、その近くです」
「そうなの? それじゃ、俺たちが送っていくよ。俺、今日バイトだし。樋口クリニックは 一葉の家だし」
えっ? 嫌だな…。ラブラブカップルと一緒に、私は一人でどうすりゃいいんだよ。神はまだ、私を追い詰めるか?
「私が送っていくよ。あんた達と一緒じゃ、隅田さんが可哀想だし。ほら! とっとと帰れ、バカップル!」
篠原先輩、 なんて優しいんだ。
でも…。演劇部は辞めよう…。
もう嫌だよ…。
あんな事は二度とゴメンだ…。
私は喪女でいいや…。
怖かった…。