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タワーディフェンスは最強の防衛術  作者: 昼熊
四章 選別

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バイザーの本意

 対戦表に手を加えたかいがあった。

 今のところ順調な試合結果に満足はしている。

 肩上のチームは全員バラバラに配置したかったが、リヤーブレイスに邪魔をされてしまったのは誤算だった。

 私を疑い守護者に肩入れしているのはバレている。むしろ、隠すつもりもなかったからそれはいい。

 だが、肩上たちを贔屓しているのを知った上で、露骨な嫌がらせをしてくるとは。

 以前から馬が合わなく嫌われているのは承知していたが、こんな手を打ってくる程に憎まれていたのか。


 リヤーブレイスに関しては思うところはあるが、問題は自分の対戦相手だ。

 体のラインが浮き彫りになっている黒タイツに全身を包まれた、ガスマスク男。自称、リッパー。

 デスパレードTDの最高難易度をクリアした者の中から選ばれた一人。

 快楽殺人者で指名手配中なのも承知している。候補者の情報はすべてヘルム様へ伝えているので、その中からリヤーブレイスが選んだ人材。


「異世界人を殺すのに迷いがないのであれば、この環境に適応して活躍してくれるでしょう」


 なんてことをしれっと言っていたが、ここまで見越した上での人選だったのかもしれない。目障りな私を始末するための一手。

 リヤーブレイスは頭がキレる曲者だ。能力が高く厄介な守護者を邪魔な俺にぶつける。これぐらいの謀はお手の物だろう。


「ったく、小せえ男だねぇ」


 マイクをオフにして声が拾われないように呟く。

 面倒な相手だとは思うが、肩上の仲間にぶつけられなくて安堵しているのも事実。

 この男、人間とは思えないほど身体能力が高く狡猾。元精神科医の立場を利用して、情緒が不安定で自殺する可能性のある患者を殺害することで、警察の目から逃れてきた。

 知能も肉体も優れた逸材だというのに、性根が最低最悪。

 罪が明るみに出たあとの二年間、警察に尻尾を掴まれることなく逃げ切っている。


 時代と場所が違えば傑物にもなり得た才能がある人物、というのが私の評価だ。人選で弾く予定にしていたのだが、リヤーブレイスに目を付けられてしまった。

 でも、まあ、こうやって私と戦うことになったのは不幸中の幸い。彼を殺しても守護者たちに恨まれることはなく、守護者を倒すことで魔王国の人々の目も誤魔化せる。


「戦闘中に考え事とは余裕だな」


 淡々と話すリッパーが何度かナイフを飛ばしてくるが、すべて《鉄の剣士》が防いでくれている。この程度の攻撃力では《鉄の剣士》を倒すことはできない。


「がらんどうの鎧は刺しても楽しくない」


 快楽殺人者に相応しい発言だ。

 霊体で警察に忍び込んで集めた資料によると、リッパーは他者の苦しむ姿に快楽を覚えて、息の根を止める瞬間に絶頂を迎えるそうだ。

 戦場で命を奪うことに快楽を感じる、という精神状態についてはさほど珍しいことではない。

特に魔王国においては戦闘本能が強い種族も多く、戦いに興奮を覚える魔物も少なからず存在するからだ。


「この国で生を受けて戦場で活躍すれば、英雄になれたかもしれなかったのに残念だな?」


 思ったことをそのまま口にする。もちろん、マイクはオフにしたまま。


「人殺しのことか。……魔物は殺してもつまらん。さほど気持ちよくなかった。同じ人間の方がいい。取り乱し、泣き喚き、絶望した顔じゃないと、興奮できない」


 語っている内に思い出したのか、徐々に声が熱と艶を帯びていく。


「前言撤回だ。あんた、どの世界にも居場所はねえよ」

「いいや、この世界は最高だよ。人殺しを推奨しているなんて最高だ。化け物はそそられないけど、人間の姿に近い魔物を殺すのは気持ちよさそうだ。あんたみたいのとか、あの女王様とかの苦痛に歪む顔が見たいなぁぁ」


 化け物はあんただろ、と喉まで出かけたが呑み込む。

 性根は腐り果てているが能力はずば抜けている。今のところ加護も一つしか見せていない。見た目で敵を判断してはならない。

 興奮状態で殺気を抑えようともしていないが、一定の距離を保ったまま近づかないでいる。

 加護を設置できる範囲外からの攻撃に徹底するスタイル。


「他の芸は見せてくれないのか? オーディエンスが退屈しちまうぞ」


 マイクをオンにして、無駄だとは思うが煽ってみた。

 私の言葉に触発された観客からリッパーに向けてヤジが飛んでいる。

 動きに……変化はない。動揺はないようだが、あのガスマスクが厄介だ。表情がわからないと考察の幅が狭まってしまう。


「くだらない挑発だが、そうだなこれでどうだ」


 私を守るように位置する《鉄の剣士》の前方の地面が濁った紫色に染まる。

 不気味な色をした地面が円を描くように私を囲んだ。

 ボコボコと泡が浮かんでは弾け、その度に蒸気と異臭を辺りにばら撒いている。


「なるほど《毒床》で逃げ場を封じるってか」


 属性床シリーズの一つ《毒床》。触れた者を毒で犯して継続的なダメージを与え続ける罠。

 タワーディフェンスではよくある毒付与系。敵が湧き出るポイントに置いておくと、自陣に迫るまでに毒が回って蓄積ダメージが大きくなる。

 意外と終盤まで使える状態異常が毒。


「ゲームで毒は持続ダメージだった。だけど、この世界ではどうなるのか。試しに使ってみたら面白くてな。吐き気、目眩、嘔吐、幻覚まで見えだす始末。一番初めにこの加護を得たときはどうかと思ったが、最高の能力だったよ」


 思い出すだけで楽しいのか饒舌で早口になっている。

 相手をいたぶるのが趣味なリッパーにとって最適な加護。


「そうだ、あんたらはここが異世界だと暴露して、守護者たちが動揺するのを楽しみにしていたみたいだが、自分は既に確信していた。ここが異世界だと」


 おっと、予想外の暴露話が始まった。

 事前に異世界だと知っていたのは秘密を明かした肩上だけのはず。違和感を覚えて疑っている守護者は何人かいたが、確信は持てていなかった……と聞いていたが。


「参考までに、いつ気が付いたのか教えてくれよ」


 ダメで元々、訊くだけ訊いてみると意外にも答えが返ってきた。


「毒が回って動けなくなった獲物を解体していて気付いた。ここがゲームではなく、現実の異世界だと。あの筋繊維が密集した肉も、簡単には砕けない骨も、赤く新鮮な臓物もデータなわけがない」


 大量殺人犯だからこそ、たどり着いた答え。

 殺した相手を解剖する人間がいるなんて誰が想像できた。……いや、リッパーの素性を知って参加させたリヤーブレイスは別か。

 解せないな。守護者が異世界であることに感づいたら私やヘルム様に連絡が来る手筈になっている。それもリヤーブレイスが手を回したのか?

 これが俺を陥れるためだけなら問題はない。まあ、不快ではあるが。

 だが、ヘルム様にも黙っていたとなると、別の含みがあるかもしれない。……あとで調べておくとしよう。


「なあ、あんた。暢気に考え事をしているが大丈夫か?」


 一切足を止めずに周囲を回り続けているリッパーから、俺の身を気遣うような発言。


「心配してくれるなんて優しいところがある……がはっ、ごほごほっ! わけ、ないか」


 不意に咳き込むと口の端からツーッと何かが流れ落ちた。

 手の甲で拭って目の前に持ってくると、そこには拭き取られた血の跡。


「苦しむ素振りがないから心配したぞ。やっと毒が回ってきたか」


 なるほど。周りを《毒床》で囲ったのは逃げ道を塞ぐためではなく、床から漏れ出る毒の臭気を吸わせるための配置か。

 それを理解したときには、もう遅い。視界がぼやけ、脳に手を突っ込まれたかのように頭が痛む。

 気分も最悪だ、常に吐き気がこみ上げてくる。


「顔色が悪いようだ。もうそろそろ、立っているのも辛いだろ。寝ていいぞ」


 リッパーの言葉に促されて、その場に崩れ落ちそうになるが懸命に堪える。

 震える膝に拳を叩き付け《鉄の剣士》に肩を支えさせた。


「耐えているようだが楽になれ。そして、私の性欲のはけ口になってくれ」

「おいおい、大勢に、見られながら、性欲の発散か。マジもんの……変態じゃ、ねえ……か」


 なんとか言い返してみたが、体が限界に達しているのが手に取るようにわかる。

 全身がしびれ麻痺状態。それが口にも到達して、もう話すこともできない。

 なんとか思考は保っているが、脳の働きも阻害されている。あと数分……数十秒でただの人形と化すだろう。

 そう考えた途端に《鉄の剣士》への命令も遮断され、私の体は地面にひれ伏した。


「限界か。中々頑張った方だ。ふくくっくっく。ここからがお楽しみの時間だが、念のために」


 《飛びナイフの罠》からナイフを一本取りだしたリッパーが、動かない私に向けてナイフを投げる。

 微動だにしない《鉄の剣士》の隙間を抜けて太ももに深々と突き刺さった。


「動きはない。ナイフが刺されば体は反応する」


 私が何もできないと判断して周囲の《毒床》を消して歩み寄るリッパー。

 《鉄の剣士》の一体を押しのけると力なく倒れ崩れた。


「どうだ。体は動かないが意識は残っているだろ。安心していいぞ、痛覚もちゃーんと残しているから。この状態を保つ毒の調整が難しくてね。試行錯誤の結果、たどり着いた。多くの被験者には感謝しなければ」


 被験者とはリッパーに殺されてきた守護者たちのことか。

 こんな男に拷問の末に殺された者たちは、さぞ無念だったろうに。


「ではまず、爪を剥がすか? いや、魔王国の連中の邪魔が入らないうちに……」


 獲物を前にぶつくさと呟き考え込むリッパー。

 様々な処刑方法を模索して、最高に快感を得る手段を選ぶのに必死だ。

 目を閉じて、妄想の世界にどっぷりと浸かっている。

 そんな隙だらけの首を目がけて剣が振り下ろされた。

 地面に落ちるガスマスクを付けた頭。

 そのままコロコロと転がっている内にガスマスクが外れる。外気に晒されることになったリッパーの顔は歓喜に歪んでいた。


 自分が死んだことも知らず、甘美な妄想を抱いたまま死んだようだ。

 そんな彼を私は地面から半分顔を出した状態で眺めていた。

 リッパーの言う通り、体に毒が回り身動きどころか能力もすべて封じられていた。だが、私の本体は霊体。人間ではないレイスなのだ。

 借り物である人間の体から抜け出して地面に潜り込む。こうしてしまえば、毒も何も関係ない。

 あとは油断しきっているところに一撃。


 体にはまだ毒が残っているので憑依をせずに、その体を操る。

 着ぐるみを着ているような感覚なので、動きもおぼつかないし表情も動かせないが、取りあえず腕を上げて勝利ポーズだけはしておこう。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 追いつめられているのに、妙に冷静だなーと思っていましたけど、そうでしたね。幽霊だったーw
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