強者
「準備OKですよー」
開け放たれた大きな窓を背に立つ佐伯。
手を振り合図を送っている。
今から倒される人の言動とは思えないが、逃げる気はさらさらないようだ。
廊下の角なので、そのまま左に駆け込めば逃走可能だというのに。
「はーい、じゃあ撃ちますねー。三、二、一、発射!」
「記念写真撮るみたいやな」
小声で呟く楓。
ゲームとはいえ緊張感がまるでない。
放たれた矢が凄まじい速度で、ターゲットに目がけて飛んでいく。
穏やかな表情で目を閉じた佐伯に命中する直前――その頭が宙に浮いた。
くずおれる胴体と首の間を抜けて、窓から空へと吸い込まれていった矢は、既に点になっている。
一瞬、何が起こったか理解できなかったが、首を切断され頭と胴体になった佐伯の死体を見て、我に返った。
ちらっと横目で仲間の様子をうかがうと、全員が驚いた顔で青ざめている。
俺たちの視線は佐伯の死体から、その脇に立つ鈍い銀色をした人影に向けられた。
全身鎧を着込んだ何者かの手には血の滴る両手剣。
あれが横合いから割り込み、首をはねたのか。
俺はアレを――知っている。
「まさか、こんなタイミングで再会するとは……バイザー」
俺の呼び声に応じて廊下の隅に姿を現す男。
ラッパー風の格好は相変わらずで、中世ヨーロッパ風の砦にはミスマッチすぎる。
「わりいね。獲物を横取っちゃったみたいでさ」
指輪のはまった指をビシッとこっちに突きつけ、陽気なノリで謝罪している。
「あの横取りさんは要さんの知り合いで?」
いつもの人見知りと、未知の敵に対する恐怖心で俺の背後に隠れている負華。
「前に一度戦った相手だよ」
簡潔に説明する。詳しい内容はもっと時間に余裕のあるときでいいだろう。
しかし、バイザーがここにいる、ということは砦を守った連中の一人か。
他の仲間は警戒しながらも、交渉をすべて託してくれているようで口を一切挟まない。
「ちなみにバイザーはどっちの派閥に属しているんだ?」
「おっ、そこまで知ってるのか。俺様は喉輪派だぜ。そこんとこよろしくー」
リズム良く体を揺らしながら、軽い口調は崩さない。
会話中にもう一体《鉄の剣士》が現れて、二体で佐伯の死体を拾うと窓の外に捨てている。
現実なら「死者を敬う気がないのか」と、怒る場面なのかもしれないが……死体を目にせずに済むので正直ありがたい。
「俺様は別働隊でね。砦に敵が潜んでないか探している最中だったってわけさ。で、発見、ゲット、って流れ」
敵対しているフードコート側の人がいたから迷わずに倒した。
偶然が重なった結果、このタイミングだったわけか。
「こっちの事情は話したんだぜ。次はそっちじゃね?」
話を振られて、思わず仲間に視線を向ける。
全員が判断に迷っているのか、難しい顔でこっちを見ているだけだ。
負華だけはいつも通りあたふたしている。
「まず、俺たちは敵対している派閥に所属していない」
「知ってるぜ。砦で見たことねえからな。全員の顔はバッチリ記憶済み」
六十人以上いた全員の顔を把握しているのか。
見た目に反して頭がキレる男だというのを忘れないようにしよう。油断はなしだ。
「ここで褒美の争奪戦があるって話を耳にしてね。まあ、ぶっちゃけ現場荒らしと漁夫の利狙いだよ」
嘘で誤魔化すことも考えたが、バイザー相手には偽りなく正直に話すのが最善だと判断した。
「予想もしてなかった第三勢力の参入か。いいねー、そういうの盛り上がるよな!」
この反応、選択は間違いじゃなかったか。
「で、俺様にバレちまった状況でどうすんだ? 数の暴力で黙らせるのありじゃね?」
五対一という圧倒的に不利な状態だというのに、余裕の笑みを浮かべている。
ここからヤツの位置までは二十メートル近く離れている。TDSの配置距離は十メートル。相手の足下に罠を設置するのは不可能。
不意打ちをするにも互いに姿を晒している状態では難しい。
「じゃあ、ドーン!」
膠着状態で互いに考えを巡らしていたタイミングで――負華が暴走した。
真面目な空気に耐えきれなくなったのか、出しっぱなしだった《バリスタ》から矢を発射させる。
俺と仲間が一斉に振り返る。
「何やってんだ!」「何やってんの!」「何しとんねん!」「何考えてるんですか!」
全員で負華を責めたところで放たれた矢が止まるわけもなく、目的地に着弾して轟音を響かせる。
恐る恐るバイザーの様子を確認すると、主を庇うように《鉄の剣士》三体が並んで矢に腹を貫かれていた。
ギリギリでバイザーには届いていない。
「オウ、クレイジーでファンキーな仲間がいるじゃねえか」
額の汗を拭い軽口を叩いているが、声に少し余裕がない。
「すまんな、話し合いの最中に。ほら、謝って、ほら」
「ごべんなざいぃぃぃ。ぢんぼぐにだえられながっだんでずううぅぅぅ」
うつむいて涙声で謝罪する負華。
心から反省しているように見えるが、俺たちがしゃがみ込んで下から顔を覗き込むと、涙を流していないどころか口元に笑みを浮かべていた。
「最悪やこの女」
「みんな、負華を見張っておいて」
放置しておくと何をしでかすかわからないので、三人にお守りを頼んでおく。
「話を戻すが、俺たちは喉輪の方につこうと考えている。だから、あの敵を倒そうとしていた」
「まあ、あのオッサンを倒す直前で横取りしたから、辻褄は合っているか。だけどよ、さっきの攻撃の後に言われてもな。説得力って知ってる?」
「ごもっとも」
巨大な矢を撃ち込んでおいて「仲間になりたい」なんて言われても誰が信用するのか。
「個人的には破天荒な姉ちゃんは嫌いじゃないけどよ。リーダーがどう思うかねぇ」
バイザーが俺から視線を逸らして苦笑しているので、一瞬だけ背後を見た。
楓に羽交い締めされて、左右から双子に何かを囁かれて負華がビクンビクンしている。
……何やってんだ。
「とはいえ、敵勢力に苦戦して小康状態。リーダーは物わかりがいいから、話せば受け入れてくれるかもよ?」
「仲間と相談しても構わないか?」
「ご自由に」
全員を集めると円陣を組む。中心に負華を設置して。
「生け贄ってこんな気持ちなんだ……」
両手を組み合わせて祈りのポーズをしている負華は無視して、話し合いを開始した。
ちなみにバイザーは廊下に寝転んで、新たに召喚した《鉄の剣士》に剣で扇がれている。
「勝手に話を進めて悪かった。皆はどう思う? 負華は待て」
ビシッと手を上げた負華を制す。
「くうーん」
と犬の鳴き声をして丸くなった。
ちょっと可愛いと思ってしまった自分が許せない。
「うちは団体行動が苦手やから、交ざりたくないなぁ」
「僕も人が多いのは苦手」
「人間関係は増えすぎると面倒なだけですからね」
三人は否定的か。
俺もどちらかといえば、少人数のグループで行動したい方だ。
さっきは状況を悪化させないように、その場を取り繕う言葉を並べただけなので、方針が変わっても問題はない。
「あのバイザーって人は信用できるの?」
「見るからに胡散臭いんやけど」
「見た目で人を判断してはいけないとわかっているのですが、ちょっと」
三人が疑問に思うのも仕方ない。俺も第一印象は最悪だった。
外見、言動、どうみても裏切りポジションのキャラ付けだ。当人も狙ってそこを演じている節がある。
「ノリが良くて、悪役プレイが好きらしい」
「プレイ……悪役……鞭、ろうそく……Sえ」
「ん、負華は黙ってような」
負華は俺に釘を刺され、また丸まっている。
話がまとまるまで大人しくしてくれ。
「悪いやつではないよ。話もわかるしね」
バイザーに視線を向けると《鉄の剣士》と一緒にダンスをしていた。
驚くほどリズム感のある、滑らかな動作で踊っている。
《鉄の剣士》は、あんな動きも可能なのか。思ったよりも細かく操れるらしい。
「なんとなくだけど、敵に回すと厄介な気がする」
「芸能界でああいうタイプの人は侮れなかったりするのですよ」
双子はバイザーの言動から何かを感じ取っているようだ。
「うちはようわからんわ」
「しゃくですけど、私も大阪弁と同じです」
また二人が睨み合っているが放っておこう。
「じゃあ、ここは俺が決めさせてもらうよ?」
全員が同意して頷いたのを確認してから、バイザーに返答をする。
「バイザー、俺だけリーダーの所に連れて行ってもらう、ってのは可能か?」
これなら信用されずに討たれたとしても、仲間は無事だ。
俺がゲームオーバーになったとしても、パーティーには伝わる。
負華は当てにならないが、残りの三人は素早く察知して判断してくれるだろう。
「強敵だけか。構わねえよ。大人数で行ったら警戒されかねないしな」
仲間にはここで待機するように指示して、俺だけバイザーへと近づいていく。
緊張感が背中越しに伝わってくる。警戒は解いていないようだ。
腕を組んだ《鉄の剣士》に挟まれている状態でバイザーが俺に手を差し伸べる。
「じゃあ、行くとすっか」
「よろしく」
手を握り返すと、背を向けたまま空いている方の手を仲間に振る。
前と後ろに《鉄の剣士》、隣にはバイザーという並びで廊下を曲がり進んでいく。
仲間からは俺の姿はもう見えない。
「しかし、バイザーが他人の下に付くとは意外だったよ」
「初めは興味本位で近づいたんだが、共同作業ってのもなかなか楽しくてな。リーダーの喉輪は良いヤツだし、居心地は悪くないぜ」
リーダーについて語る横顔は楽しそうで、俺の目には嘘を吐いているようには映らなかった。
バイザーのような曲者が信頼を寄せる相手か。どんな人物なのか楽しみだ。
本来はこういう危険な賭けは苦手だけど、ゲームぐらいは冒険してもいい。
保守的な自分がそんなことを考えることに、少し驚きながらも悪い気はしなかった。