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2.彼女が旅立つ日(1)

 神殿側は、ウリヤナが聖なる力を失っていることをもちろん把握していた。それでも彼女に居場所を与えていたのは、失った力が戻ってくるかもしれないと考えていたためだ。それに今までのウリヤナの貢献度も考慮したのだろう。彼女は聖女として、神殿に仕え、国に尽くした。


 聖なる力は魔力と異なるため、何がきっかけで力が与えられ、何がきっかけで力を失われるかがわからない。だから、力が戻ってくることに彼らは期待した。確率がゼロでなければ、それに賭けたい想いもあったにちがいない。


 また、もう一つ単純明快な理由があった。新しい聖女であるコリーンが、神殿には寄り付かないからだ。国のためにと言われている聖なる力を、彼女は私利私欲のために使っているようにも見える。


 そのため、ウリヤナが神殿を出ていくと口にしたとき、神官たちは戸惑いを見せた。


 そんな彼らからしたら、意思は強いが神殿の教えを守っているウリヤナは、手放したくない人材である。


 そしてウリヤナが聖なる力を失ってしまったため、聖女と呼ばれる存在はコリーン一人となる。それが神殿にとっては心もとないのだ。昔は、毎年一人くらいは、聖なる力を持つ女性が現れたはずなのに、ここ数十年でぱたりと減った。ましてここ十年、聖なる力を持つ女性は存在していない。


 聖なる力がいつ誰に目覚めるかわからない。


 過去には聖女が不在である期間もあったし、ウリヤナは十年ぶりの聖女と言われていた。

 だがコリーンが聖女としてクロヴィスの婚約者の立場におさまってしまった以上、ウリヤナはもうあの二人に関わりたくなかった。神殿にいれば、何かと呼び出されて、いいように使われてしまうかもしれない。まして、コリーンが神殿に寄り付かない聖女であるなら、余計に。力だけでなく、その存在も、その時間も搾取されるのだ。


 それは絶対に避けたい状況でもある。


「修道院でお世話になろうと思います」


 修道院は信者たちが共同生活を送る場である。神の住まう場所とされ、神と共に生活している者たちがいる神殿とは、生活様式も異なる。


 また、国内にはいくつかの修道院があるが、それのどこもが国の外れにある。修道院と孤児院を国の外れ――国境におくのは、隣国へのけん制のためでもあった。隣国がこのイングラム国に戦をしかけようとするならば、最初に犠牲になるのが修道院と孤児院にいる者たちだからだ。


 ウリヤナは、北の国境の町ソクーレにある修道院へ行こうと決めていた。

 ここは、国内に数ある修道院の中でも最も規律が厳しいと言われている。


 ウリヤナは自らその生活を望んだ。厳しく忙しいほうが、余計なことを考えずにすむ。


「ウリヤナ様……」


 神殿をそっと立ち去ろうとしていたのに、いつもウリヤナを気遣ってくれた侍女に見つかってしまった。彼女は、この神殿で働いている。


「私たちは、いつでもウリヤナ様が戻ってこられるのをお待ちしております。ウリヤナ様のおかげで私たちは……」


 言葉の先は嗚咽に飲み込まれる。彼女の目からは、ぼたぼたと涙が溢れていた。これだけでも彼女がウリヤナを慕っていた気持ちが伝わってくる。


「ありがとう。あなたのその言葉だけで十分だわ」


 侍女は涙をこらえようと、必死に笑顔を作った。


 ウリヤナの我儘でソクーレに向かうのに、神殿で働いている御者の男も乗り合い馬車乗り場までウリヤナを連れていってくれると言う。それは神官たちも許可を出したとのことだった。


 力を失った自分に対して、彼らがここまで気にかけてくれているとは思ってもいなかった。コリーンの言葉通り、追い出されるものと思っていたからだ。


 神殿側の気持ちに胸の奥が熱くなる。


 それでも、彼らの言葉に甘えてはならない。この場にとどまれば、両親や弟にも迷惑をかけてしまうだろう。それに、クロヴィスやコリーンの知らない場所に行きたかった。


 ウリヤナの両親は彼女が神殿で生活するのをよしとはしなかった。自分たちに金さえあればと、何度も悔やんでいた。家族だからと彼らは言ったが、ウリヤナも家族だからこそ両親と弟には苦労のない生活を送って欲しいと思ったのだ。


 クロヴィスとの婚約の話があがったときも、父親だけは身分不相応だと口にした。だが、そんな理由で婚約の話が立ち消えになるわけではない。むしろ聖女となってしまった彼女にとって、クロヴィスの婚約者として相応しい身分を手にいれてしまったのだから。


 断る術などもっていなかったし、断れないともわかっていた。だけど、婚約期間を通して、互いがわかりあえるような時間を過ごせたならいいなと、思わなかったわけではない。


 それに、婚約した当初、彼は優しかったのだ。その関係が変わってしまったのは、婚約から半年経ってからだろうか。

 理由はわからない。人の気持ちは移ろいやすいもの。むしろ、最初からあの婚約に、彼の気持ちなんてなかったのかもしれない。


 義務。そして、情欲。


「ウリヤナ様。私はここまでしかご一緒できません」


 王都の南の外れにある、馬車乗り場。ここには各方面へと向かう乗り合い馬車が集まっている場所でもある。ここまでくれば、ウリヤナ一人であったとしても、国内のあらゆる場所へと移動ができる。


「ウリヤナ様。乗り合い馬車はいろいろな方が利用されます。けして気を抜かぬよう、お願いします。ましてウリヤナ様は……」


 御者はウリヤナの手を両手で握りしめた。まるで、子どもの門出を心配するような親にも見えなくはない。実際、送ってくれた御者は、ウリヤナの父親と同年代である。


 その微妙な気持ちが、恥ずかしくもあり嬉しくもあった。


「カール子爵家には、神官長のほうからそれとなく伝えてくれるそうです」


 ウリヤナが力を失い、聖女ではなくなったこと。そして、北のソクーレにある修道院に身を寄せること。それらをウリヤナは自分から両親には伝えていなかった。


 聖女になったときに、カールという姓を失ったからだ。


「ありがとう。あなたにも迷惑をかけたわね」


 ウリヤナの言葉に御者はぶんぶんと首を横に振る。彼の目尻は滲んでいた。


「ウリヤナ様が神殿に来られたのは、ウリヤナ様の意思ではないかもしれませんが……。それでも私たちにとっては、喜ばしいことであったのです」

「そうね……」


 御者の言葉に、ウリヤナは微かに笑みを浮かべた。


 ――神殿で生活をし、聖なる力を高める。


 それが、ウリヤナが聖女として求められるものだと思った。もちろん、神殿に入らないという選択肢もある。


 それでも神殿はウリヤナを快く受け入れ、優しく丁寧に接してくれた。ウリヤナが聖女だからという理由もあるのかもしれないが、もともと神殿に務めている者たちの人柄もあるのだろう。


 思い返してみれば、王城に務めている者と神殿に務めている者、なんとなく雰囲気が異なった。


 だが、ウリヤナが神殿に入るという話に、金が見え隠れしていたのも事実である。

 なにしろあの時期は、カール子爵家にとって資金繰りは火の車の状態であった。王命に背いたらあっという間に破産して、取り潰されてしまっただろう。


 神殿に行かせたくないと渋る父親を宥めたのもウリヤナ自身で、国王に交換条件を出したのもウリヤナだった。


 聖女を輩出した家には褒賞金を――。


 金に意地汚いと言われようが気にしなかった。

 むしろ、王族(そっち)のほう意地汚いだろうと思っているくらいだ。

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