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15.彼女に愛を告げる日(2)

「だから、ローレムバの魔術師は誰に頼まれて、ウリヤナの弟に洗脳魔法をかけたんだ?」


 ランベルトは口の中のクッキーをゆっくりと咀嚼している。それから、カップの残りのお茶を一気に飲み干し、おかわりをロイに要求する。


「まぁ。あれだな。ローレムバの魔術師といっても、そんな表立っているような奴らじゃないよな。つまり、金のためならなんでもする、悪いやつ。そういうやつに金を積むことができる人間。むしろ、そういった者たちと繋がりがもてる人間。となれば、限られてくるんじゃないのか?」

「権力があって、金がある人間……」

「そして、カール子爵家に執着している人間だ。むしろ、ウリヤナか?」


 レナートは眉間に深くしわを刻んだ。だからまた、目が線になる。


「俺もイングラムの多くの人物は知らないが、それでも心当たりは一人いる」

「てことは、そいつだろうな。……ローレムバの魔術師を使ったのは、お前の子の父親だ」

「……なぜ?」


 尋ねるレナートの声は掠れていた。驚きのあまり、声にもならない。


「そんなの、私の知るところではない。私はただ、事実を伝えただけ。まぁ、『暗』が掴んできた情報だからね。間違いはないと思うが?」


 そのための『暗』なのだ。そういった、隠したいような情報をどこからか掴んでくるのが『暗』。


「ただね。あの男は、ウリヤナが聖女となる前にも、カール子爵家に打診をしていたようだよ? ウリヤナとの婚約を引き換えに、資金の援助をするとね」


 その話の流れから、レナートだって察するところはある。


「弟イーモンを使って子爵家を窮地に落とし、そこに救いの手を差し伸べる。ウリヤナを条件に……というところか?」

「まぁ、その筋書きがすっきりするね」


 話の流れはすっきりするもしれないが、レナートとしてはもやもやとしている。


「あの王太子クロヴィスは何を考えているか、さっぱりわからないな。お前以上にな」


 そうやっていちいち人の感情を逆なでするような言い方をやめてもらいたいのだが、ここで反応すれば余計にランベルトを喜ばせてしまうだろう。


 ただ、今の話を聞いているとクロヴィスはウリヤナに以前から執着しているようにも思えてくる。


「あのクロヴィスだが。なかなか根っこの深い男だと思うね」


 クロヴィスのことは野放しにはできないだろうと思いつつも、先にイーモンをなんとかしたほうがいいだろう。


「イーモンの洗脳は解けてはいるのか?」

「どうだろうね。ローレムバの魔術師がかけた魔法だ。どのくらいの腕前の者か知らないが、あっちの人間では自力で解くのは難しいのではないか?」

「となれば、今も洗脳状態が続いているということか?」


 何年もその状態が続いていたのだろうか。


「まぁ。カール子爵家には『暗』を送っておいたからな。何かあればそこから連絡がくる」


 レナートは舌打ちをする。


「とにかく、弟の件はそういうことだ」


 そういうことも何も、すべての悪の根源はクロヴィスのような気がするのだが。


「さて、と。言いたいことも言ったし。お前の幸せそうな顔も見られたし。私も部屋に戻るとしよう。どうせお前も、これからウリヤナのところへ向かうのだろう?」


 ごちそうさまと言って席を立ったランベルトは、ひらりと手を振って部屋を出て行った。

 ロイは黙って片づけを始めるが、レナートはその場から動けずにいた。


 考えていたよりも、深くて重い。これをウリヤナに伝えるべきかどうか、悩むところでもある。





 物音が聞こえて顔をあげる。


 コツ、コツ、コツ――


 この扉の叩き方はウリヤナだ。そろりと扉が開くと、その隙間から彼女が顔をのぞかせた。


「一人?」

「あぁ。何かあったのか?」


 室内に他に誰もいないことを確認すると、彼女は身体をすべりこませてきた。


「ロイもいないの?」

「今はな」


 安心したのか、笑みを浮かべてからこちらにゆっくりと歩いてくる。

 せり出している腹部だが、この腹部がもっと大きくなるというのだから、想像もつかない。


「手紙を書いたの。それを出してもらいたくて」

「家族に?」

「えぇ」

「預かる」

「ありがとう……まだ、時間がかかりそう?」


 彼女が何について聞いているのか、レナートにはわからなかった。


「その。私、もう休もうかなと思ったので……」

「そうか。では、一緒に戻ろう。俺もそろそろ終わりにしようと思ったところだ」


 彼女の顔が、ほっと緩んだ。


 ウリヤナはいつも礼を口にはするが、自分の気持ちを言葉にはしない。普段なら、魔力の流れでなんとなくそれを読むのだが、彼女からはそれすら感じられない。


 だけど、ウリヤナが言いたいことはなんとなくわかるのだ。


 彼女の手をとって、寝室へと向かう。

 お腹も大きくなって足元も見えないだろうから、ゆったりと歩くのだが、彼女が身体を預ける様子が愛おしい。


「レナートは、お義兄さんと仲が良いのね」


 寝室にあるソファで、二人で寄り添っていると、彼女がぽつんと零す。


「まぁ。仲が良いというのかどうかがよくわからないが。昔からあんな感じだ」

「男同士だからなのかしら?」

「さぁな。他の兄弟がどうとか、よくわからん。それよりも」


 レナートは話題を変える。イーモンのことを出されたら、言ってはならないことを言ってしまうかもしれないからだ。


 いつかはウリヤナに伝えなければならないことであるが、それは今ではない。彼女の心身に負担がかかるような行動は慎みたい。


「いつも、クッキーを焼いていたのか?」

「……あっ」


 彼女が不意に顔を逸らす。


「ロイから聞いたの?」


 顔は逸らしたまま。


「ん? あ、あぁ。兄が美味いと褒めていた。どこの店のものか聞いたら、ロイがウリヤナが作ったものだと言ったからな。それで知った」

「そう……ロイには、レナートには言わないようにって言ってたのに」


 だからレナートは知らなかったのだ。


「どうして?」

「だって、恥ずかしいじゃない……」


 耳まで赤くなっている。だからその言葉も嘘ではないのだろう。

 レナートは彼女の手に、自身の手を重ねた。


「俺は、ウリヤナが作ったものと知らずに、無意識のうちに全部食べていたとロイに言われた」

「そ、そう……」

「だから、また作ってくれるか?」


 そこでやっと、彼女はこちらを見た。頬も赤い。


「そうね。あなたが望むなら」

「これほど、望んでいるというのに?」


 ちゅっと音を立てて、短く唇を重ねた。


「もう……」


 照れたような笑顔も可愛い。


 レナートも、一人の女性に対して、こういった気持ちが沸き起こるのに戸惑いすら感じていた。自分には絶対にないだろうと思っていた、人を想う気持ち。

 それを教えてくれたのがウリヤナなのだ。


 だからこそ手放したくないと思うし、一生、側にいてほしいとも願う。


 彼女を守るためにはやはりあのクロヴィスをなんとかしなければならないだろう。ランベルトの話を聞く限りでは、ウリヤナに対する執着が気になるところ。

 もしかしたら、今もウリヤナを探しているかもしれない。となればイーモンを使ってくる可能性が高い。


 レナートは彼女と触れ合っている手に、静かに力を込めた。


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