表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/36

10.彼女から手紙が届いた日(2)

『ローレムバにいます』


 たった一言。居場所を示す言葉だけだった。

 イーモンを労わる言葉も、自身の状況を表す言葉もなかった。ただ、居場所を伝えるその一言のみ。

 その手紙をぐしゃりと握りしめたイーモンは音を立てて立ち上がり、父親の執務室へと足を向ける。


「父さん……」


 ノックもせずに部屋に入ると、そこには涙を拭っている母親の姿もあった。二人は、執務席の前にあるソファに寄り添って座っている。


「イーモン……ウリヤナからの手紙を読んだのだな?」


 母親の肩を抱きながら、イーモンを見上げた。


「はい……姉さんは、ローレムバにいるって……」

「そのようだな。向こうで、好きな人ができたと、そう書かれていた」


 そんなこと、イーモンの手紙にはいっさい書いてなかった。

 ソファの前にあるテーブルの上にも、一通の封筒が置いてあったのを目ざとく見つける。


「え? てことは、姉さんはもう、イングラム(ここ)には戻ってこないのですか?」

「ああ、そうだ。だが、落ち着いたらこちらにも顔を出してくれるそうだ」

「落ち着いたら? どういうことですか?」


 イーモンにはたった一言であった手紙だが、両親にあてた内容は違ったらしい。


「好きな人との間に、子を授かったそうよ」


 母親の頬には乾いた涙の痕があった。

 イーモンは、ガツンと頭の奥を殴られたような感じがした。


「え? では、向こうで結婚を? クロヴィス殿下との件は?」


 ウリヤナは王太子クロヴィスの婚約者であった。


 今はわけがあって婚約を解消されてしまったが、ウリヤナが誠意を見せれば、それが覆るものだと思っていた。そうすれば、いずれイーモンも、王太子妃の弟として王城にあがれるはず。こんな国の隅っこにあるような領地ではなく、王都の華やかな場所で――。


「イーモン」


 父親が嗜めるかのように、声をあげた。


「それはもう、終わったことだ……。我が家がこうしてあるのはウリヤナのおかげでもある。彼女がこの家を出た時に、彼女の生き方には口を出さないと、母さんと決めたんだ」

「ですが……」


 イーモンはぎりっと奥歯を噛みしめた。


 ――姉さんばかり。


 その気持ちがイーモンの中でどんどんと育っていく。


 父親も母親も、後継となるイーモンよりもウリヤナばかり可愛がっていた。

 だからイーモンは、両親によいところを見せたかった。その結果があのざまだ。

 ウリヤナは聖女となり、国王から多額の褒賞金をもらった。聖女になれば、褒賞金がもらえることをイーモンはこのときに知った。


 ウリヤナはなんの努力もせずに、多額の金を手に入れたのだ。ただ聖なる力があったというだけで。


「姉さんばかり……ずるい……」


 心の声を口にしてしまった。そうなれば、どんどんと育っているその気持ちが溢れ出す。


「姉さんは、今のこの国の状況をわかっていない……。姉さんだけローレムバでのうのうと生きるなんて、ずるいと思わないのですか!」

「イーモン……」

「まだこの場所はいい。だけど、王都の状況は酷いと聞いています。姉さんが、逃げ出したからじゃないんですか」


 そうだ。ウリヤナは逃げ出したのだ。

 いくらクロヴィスと婚約を解消したからといって、この国を出る必要はなかったのだ。


 神殿でおとなしく祈りを捧げていれば、この国は安穏を保てたというのに。

 友人であるコリーンが聖なる力に目覚め、彼女も聖女と呼ばれるようになった。


 なぜか、クロヴィスはウリヤナと婚約を解消して、コリーンと婚約し直した。

 いや、一度傾きかたカール子爵家よりは、厳格なエイムズ子爵家を選んだのだろう。


 だが、それだけの理由で、何も神殿から出る必要はなかったのだ。

 ウリヤナだって聖なる力を持っているのだし、そのまま神殿でおとなしく聖女としての任を全うしていれば、このような状況にならなかったのに。


「姉さんのせいじゃないですか! クロヴィス殿下から婚約を解消されたくらいで、勝手に神殿を飛び出して。姉さんのせいで、どれだけの人が苦労していると思っているのですか!」


 じわじわと食料不足が広がってきている。それでもまだ、カール子爵領はマシなほう。


「そうだ。姉さんがローレムバにいるのであれば、ローレムバに援助してもらえばいいじゃないですか。我が国の聖女様と引き換えに」


 そう、それがきっと正しいのだ。

 イングラム国の聖女ウリヤナをローレムバ国に与えたのだから、ローレムバ国はイングラム国に援助をする。


 何も間違った考えではない。


「そうと決まれば、早速連絡します」


 そう、アルフィーならこの案のすばらしさを理解してくれる。そしてクロヴィスにも認められ、イーモンはまた王都へと戻ることができる。


 ウリヤナ一人を犠牲にするだけで、この国は救われる。


 イーモンの碧眼は、何かに取り憑かれたのように爛々と輝いている。


 そんな彼を、両親が冷めた目で見つめていることなど、もちろん気づくはずもない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ