7.彼女に想いを寄せる日(2)
「コリーンになんとかさせる。あれでも聖女であり私の婚約者だ。結婚をちらつかせれば、なんとか動くだろう」
コリーンはクロヴィスと結婚をしたがっている。彼女がほしいのは王太子妃の地位であって、クロヴィスの愛情ではない。だからその地位を失ってもいいのかと脅せば、今度こそ力を使ってくれるはず。
「ですが、コリーン様は……」
アルフィーは何か言いたそうにしながらも、その先の言葉を言い淀んだ。
「なんだ。コリーンがどうした? はっきり言え。お前はコリーンの何を知っている?」
中途半端に言葉を濁すアルフィーに苛立ちすら覚える。
「……いえ、何も知りません。ただ、彼女の聖なる力は、本当に聖なる力なのかと疑っているだけです」
その言葉にクロヴィスは右の眉尻をひくりとあげた。ゆっくりと口を開く。その言葉を言っていいのかどうか、悩みながらも。
「お前も、そう思っているのか……」
アルフィーの目が大きく開いた。
「ということは、殿下も……?」
ウリヤナの前で聖なる力が現れたと口にしたコリーンは、その後、植物の成長促進をやってのけた。これも聖なる力の一つであり、聖なる力を認める際にもっともわかりやすい力であるとも言われている。
それを目にした国王も、コリーンを褒め称えた。
だがそれ以降、彼女はその聖なる力を使っていない。
地方の困窮を知らせ、幾度となくコリーンに頼んだが「疲れるから」という理由で、力を使わない。
もしかして、コリーンからも聖なる力が失われたのではないかと、クロヴィスは疑っている。彼女の力も、自分が奪ってしまったのだろうか。だが、それは知られてはならない事実。
クロヴィスは眉間に力を込めた。
しかし、あれはクロヴィスが口外しない限り、他の者には知られないはず。まして、聖女の彼女たちにとっては、なおさら知られたくない話だろう。
魔が差したわけではない。彼女たちを、いや、彼女だけを繋ぎ止めたかっただけなのに。
「とりあえず、ローレムバにはしばらく考えさせてほしいと返信するが……」
そんな悠長なことを言っている状況でないのもわかっている。しかし、この内容を受け入れてしまえば、すべてをローレムバの支配下に置かれてしまう。
それはクロヴィス一人で決められる内容でもない。正式に返事をするにしても、時間がかかる。
「アルフィー。ウリヤナを探せるか?」
「ウリヤナ様ですか? 彼女はどこかの修道院に身を寄せているのでは?」
幾度となく神殿に足を運んだ。神官長や侍女にも話を聞いた。彼らが口を揃えて言うのは、ウリヤナはどこかの修道院へいった。場所まではわからない。
「そのどこかを探し出して欲しい。探し出して、こちらに連れ戻せないか? 神殿だって、本来は彼女を手放したくないと言っていたではないか。つまり、神殿側はウリヤナが力を失っても、彼女に価値があると思っているわけだ。例えば、その力が戻ってくる可能性があるとか、な」
アルフィーは、首を横に振った。
「調べてはみますが……。あまり期待しないでください。ウリヤナ様が見つかったとしても、素直にこちらに戻ってきてくださいますかね?」
あのときのコリーンとのやりとりを思い出しても、ウリヤナが素直に言うことをきくとは思えない。なんやかんや言い訳をして、クロヴィスの側にいようとはしないだろう。
「どうだろうな。だが、カール子爵の名を出せば、戻ってきてくれるのではないか? ウリヤナは、私よりも家族を大事にしていた女性だったからな……」
クロヴィスは、ふん、と鼻から息を吐いた。
彼女に嫉妬してほしくて、他の女性を侍らせていた時期もある。だが、それを見たウリヤナから出てきた言葉は『婚約を解消しましょう』だった。
彼女にとって、クロヴィスは嫉妬する対象にすらならなかった。
家族を想い、民の幸せを願い、国の平穏を求めている彼女にとって、クロヴィスはただの婚約者。
そこに愛は存在しない。聖女としての任務を全うするだけ。
彼女の宝石のような碧眼からは、そんな意思が感じられた。
だから、彼女を抱いた。肌を重ねれば、自分を受け入れてくれるのではないか。そんな微かな期待があったからだ。
彼女に受け入れてほしかった。愛してほしいとは言わない。だけど、理解してもらいたかった。
彼女は抵抗しなかった。戸惑いを見せながらも、クロヴィスを受け入れた。
だけど熱を分け合った結果、彼女は力を失った。いや、それが直接の原因かどうかはわからない。
いつの間にか、彼女の力は失われていたのだ。
むしろ、クロヴィスが聖女の純潔を奪ってしまったことを他の者に知られてはならないのだ。いくら婚約していても、結婚もしていない二人であり、まして王太子と聖女である。
だから誰も知らないはず。
いつの間にか力を失ったウリヤナだが、それを知っているのは神殿にいる神官たち、国王と王妃。そしてクロヴィスとコリーン。神殿関係者と王族のみ。
ウリヤナの力が失われたことに最初に気づいたのが国王だった。ここに知られたら、ごまかしはきかない。
彼女は、聖女として、王太子の婚約者として、国王と王妃と共に行動するのが多かった。だからすぐに国王はわかったのだろう。
『あれはもはや聖女ではない。婚約を解消しろ』
ウリヤナに婚約解消を突き付けたのは、父王の言葉も原因の一つであった。
手放したくないがために自分のものにしたのに、結局失ってしまった。
そして聖なる力を手に入れたとされているコリーンと婚約した。これも父王の言葉と、自分の愚かな行為によるもの。
彼女はウリヤナが親しくしていた友人の一人だった。だからコリーンのことは、初めから気に食わなかった。
それでも、きっと大丈夫だと思った。ウリヤナを失わずに、聖なる力を手元におけると思っていたのだ。
それから十日後――。
ウリヤナの行方を調べていたアルフィーから、報告があがった。
「殿下。どうやらウリヤナ様は北のソクーレにある修道院に向かったようです」
「よりによってソクーレか」
北の国境の街ソクーレは、隣国ローレムバに接している。ソクーレの関所を抜ければ、その先はローレムバ国の国土となる。
「ですが、中継点のテルキの町で行方不明になったと……」
「テルキだと?」
その町の名は記憶に新しい。
五か月ほど前に、テルキにある簡易宿が爆発した。すぐさま騎士団を派遣し、現地調査を行った。
宿に泊まっていた商人風の男が持っていた魔石が違法物であり、それが爆発したというのが騎士団の調査結果である。商人風の男は怪我をしたが、なんとか命は助かって、今では地下牢にいる。
その宿にいた従業員や客人も爆発事故に巻き込まれ、幾人もの人間が怪我をした。幸いなことに死者は出ておらず、その怪我もかすり傷や火傷といった数日で治るような軽いものばかりだった。
さらに従業員から話を聞けば、客人の何人かが先に帰ったとのこと。正確には、宿泊していた三人。客が無事であるのもわかったし犯人も捕まえたため、それ以上の深追いはしなかったようだ。
「もしかして、あの爆発事故で姿が消えた三人……?」
腕を組んだクロヴィスは呟いた。
「ええ、そうですね。調書を確認したところ、その三人のうちの身体的特徴がウリヤナ様によく似ておりました」
アルフィーは淡々と答える。
「ちっ」
ウリヤナはどこに消えたのか。
舌打ちをしたクロヴィスはギリリと唇を噛みしめ、爪が食い込むほど強く拳を握った。