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7.彼女に想いを寄せる日(1)

 白い壁にはびこっている光沢のある金の装飾。天井には背から羽根が生えている幼子の絵が描かれている。

 その室内に置かれているワイン色の執務席で、クロヴィスは書類に目を通して印を押していた。

 ウリヤナが神殿から姿を消して、五か月が経った。


「殿下。書簡が届いております」


 そう言って室内に入ってきたのは、クロヴィスも信頼している文官のアルフィー・ハウルである。彼はハウル侯爵家の次男坊であり、幼い頃から顔を合わせては大人を困らせるようないたずらをしかけていた仲で、クロヴィスが立太子してからというもの、こうやって執務の補佐を行っている。


 ウリヤナとの婚約解消を話し合う場にいたのも彼であり、二人がサインした婚約解消届を議会に提出したのも彼であった。


「そこに置いてくれ」


 王太子であるクロヴィスのもとには、毎日のように手紙やら嘆願書やら何やらが届く。それらがクロヴィスのもとに届く前に、多くの者が確認をする。


 危険なものが同封されていないか、呪いがかけられていないか、内容が適切であるか、差出人に怪しいところはないか――。


 それらを潜り抜けてやっとクロヴィスの手元に届くのだ。彼宛てのものが彼の手元に届く頃には、その数は半分以下になる。届かなかったものは適切に処分される。


「これは、ローレムバ国からか?」


 数ある書簡の中で、一番上にあり一番上質な紙でできているものを手にした。


「はい。王家の押印によって封印されております」


 だからこの書簡だけ未開封だったのだ。それ以外は、中身を確認された形跡がある。

 押印が本物か、怪しい呪いはかけられていないかと、外側の確認はするが、内容の確認はしない。それは相手がローレムバ国だからである。


 書簡を手にしたクロヴィスは、アルフィーよりペーパーナイフを受け取った。隙間からナイフを差し入れ、閉じられていた封が破けぬようにと丁寧に滑らせる。


「例の件の返事のようだな」


 手にした時からそんな予感はしていた。

 クロヴィスはイングラム国の現状を打破するために、ローレムバ国へ書簡を送っていた。


「ローレムバ国には、優秀な魔術師が数多くいると聞いております。彼らであれば、この国の現状を助けてくださるでしょう」

「そうだな……」


 抑揚のない声で、クロヴィスは返事をした。


 頭の痛い案件ばかりである。

 それもこれも、ウリヤナがいなくなってからだ。


 彼女とは婚約を解消したが、その居場所まで奪うつもりはなかった。


 彼女が望めばコリーンの侍女として取り立ててやるつもりであったし、その地位を生かして側妃として娶ることも考えていた。むしろ、彼女を手放したいとは思ってもいなかった。

 ()()()()()がなければ、たとえ力を失ったとしても、ウリヤナを正妃として望みたかった。


 だが、それは叶わなかった。すべてはコリーンのせいだ。ウリヤナの自尊心を傷つけるような態度をとった。一目見た時から、コリーンは気に食わなかった。それなのに、まんまとこちらの懐に潜り込んできた。


 だからウリヤナは「やりたいことがある」と言ったに違いない。それを口実にして、クロヴィスから離れたのだ。

 その後、彼女はどこかの修道院に身を寄せたと聞いている。

 コリーンがしゃしゃり出なければ、すべてはうまくいくはずだったのに。


「くそっ」


 心の中で呟いたつもりだったが、アルフィーが苦い表情を浮かべたため、声に出ていたことを知る。

 今、イングラム国では農作物の育ちが悪い現象が起こっていた。


 突然、地方の作物の育ちが悪くなったのだ。そのため、収穫量も減っている。一時的な場所で一時的なものであれば、備蓄している食料で難をしのげるが、その声がぽつぽつと他からもあがってきているのが解せない。つまり、地方のいくつかでは、すでに備蓄している食料が足りなくなると見積もっている。


 となれば、彼らは聖女に助けを求める。聖女の癒しの力で痩せた土地を助けてほしいと、そういった嘆願書が届き始めた。


 実際、アルフィーが持ってきた書類の大半は、そのような内容ばかりである。最初は一通であったその嘆願書も、次第に数が増えていく。


 クロヴィスが視察のために足を延ばすが、原因はさっぱりとわからない。クロヴィスには聖なる力もないし、あるのは人並みの魔力のみ。クロヴィスの力で、現状を変えるのは難しい。


 こうなれば聖女の出番なのだが、今、聖女と呼ばれる女性はコリーンしかいない。コリーンを現地に連れ出そうとすれば「遠い、疲れる、汚い」と言い、けして王城から離れようとしない。

 神殿で祈りを捧げて欲しいと頼んだが、それすら拒まれる。特例を認められている聖女だからこそ、神殿に行かなくてもいいと言い出す始末。


 コリーンは聖女でありながら、聖女の力を使うことを拒んでいるように見えた。むしろ、本当に聖なる力を持っているのだろうか。


 次第に、そんな疑いすら持ち始める。


 ――ウリヤナだったら……。


 彼女がいなくなってから、何度もそう思った。


 ――ウリヤナだったら、すぐに祈りを捧げてくれただろう。

 ――ウリヤナだったら、すぐに現地に足を運んでくれただろう。

 ――ウリヤナだったら……。


「それで、ローレムバ国はなんて?」


 アルフィーの声で、我に返る。


「あ、ああ。そうだな」


 聖女と呼ばれる彼女たちのことを考えて、書簡のことはすっかりと頭から抜け落ちていた。

 明けた封筒を手にしたまま、惚けてしまったらしい。

 封筒の中身を取り出すと、急いで視線を走らせた。


「……?!」


 信じられない内容だった。いや、信じたくない内容だ。


「殿下、どうかされましたか?」

「お前も読んでみろ」


 もう見たくないとでも言うかのように、クロヴィスは広げた羊皮紙をアルフィーに押し付けた。


「私が読んでもよろしいのですか?」


 アルフィーは怪訝そうに目を細くしてから、それを受け取った。


「あぁ」


 クロヴィスは両手で頭を抱え込む。

 現状を打開したくローレムバ国に相談したつもりだった。隣国であるローレムバ国であれば、そこそこのよい関係を築けており、きっと助けてくれるだろうと思っていた。


 だが、彼らの考えは違ったようだ。


「殿下。これは、つまり……。イングラムにローレムバの属国になれ、と?」

「そうとしか読み取れないだろう?」

「いや、ですが……。なぜローレムバはそのようなことを?」


 心当たりは大いにある。クロヴィスは唇をきつく噛みしめる。


 原因は、聖女の聖なる力にある。

 彼らが聖なる力による助けを求めてきたときに、同じような返事をこのイングラム国がしたからだ。しかし、それを決めたのはクロヴィスではない。彼の父親である国王だ。


 ――聖女の力を借りたければ、イングラムの属国となれ。


 今でもあのときの勝ち誇ったような父王の顔は覚えている。ローレムバ国はわざわざ足を運んできたというのに。まるで見下すかのように、その言葉を放ったのだ。


 そのせいで今、イングラム国が窮地に立たされているのだ。


「くそっ」


 ドンと、机を拳で叩く。その反動で、重なっていた書類のいくつかは崩れた。

 慌ててアルフィーが落ちた書類を拾い集め、先ほどと同じように机の上に重ねる。


 強く握りしめた右手が痛い。

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