盗賊の少年②
俺は黒いバンダナの盗人を追って通りを曲がる。
裏路地は雑然としていて表通りよりも障害物が多い。
しかし、盗人は相変わらず身のこなしが軽くどんどん先を行く。
「ネシスじゃ追いつけなさそうね! ここは女神であるわたしの出番よ!」
得意げなウルミナンテが両翼を羽ばたかせ、急加速で飛び出す。
建物間には洗濯紐が引っ張ってあり、所々に衣類などが干してある。
しかし、ウルミナンテは回転したり軌道を変えたりしながら巧みに避けて進む。
「ふふーん! このウルミナンテ様から逃げられると思ったら大間違いよ。さあ、わかったらお縄につきなさい!」
「ちっ!」
盗人が振り返り、勢いよく迫るウルミナンテを見て舌打ちする。
−–殺気が増したな。
俺は敏感に敵の感情を察知する。
「ウルミナンテ、気をつけろ! 何か仕掛けてくるぞ!」
「はんっ、その前に捕まえるっての!」
こちらの言葉を無視しての急加速。
盗人が宙へ向かって斬撃のようなものを飛ばしたのはその時だった。
「へ? ぎゃあああっ!?」
飛行するウルミナンテに大きな影が落ちる。
彼女は降って来たシーツに直撃し、そのまま地面へと落下して派手に転がった。
「いったーーー! よくもやったわね! くっ……巻きついて取れない! ちょっとネシス、今すぐ助けて!」
はぁ……堕女神め。
「このままだとやつを見失う。ここは俺に任せて、お前はあとから来い」
「ちょっと見捨てる気!? 勇者のくせになによもう!」
俺は盗人の後を追う。
◆◆◆
盗人を追ってたどり着いた場所は行き止まりだった。
「残念だったな。さあ、金を返してもらおうか」
俺は微笑を浮かべて手を差し出す。
盗人は振り返り、にやりと笑っていた。
「へへっ、あんたなに余裕ぶってんだ?」
少し幼さの残る表情。年は15くらいだろうか。
「あんたらのステータスは確認済みだぜ? さっきの聖職者の姉ちゃんさえ振り払えれば、あとはこっちのもんだ」
「ほう、その心は?」
「察しが悪いな。あんたは駆け出しのEランク。しかもジョブなしで特化したスキルも何もない『ただの人間』。見たところ魔力の才はゼロだし、そんなんでこのオレをどうにかできると思ってんのかよ?」
「ステータス」
俺はホログラムを表示して盗人の情報を確認する。
【Lv】15
【職業】盗賊
【特殊スキル】ネコババ
★総合評価 Cランク
他は敏捷性がそれなりに高いのが特徴といったところだ。
「平均的な冒険者というわけか。確かに俺のステータスよりは高いようだな。だが、だからと言ってここをどくわけにはいかない。さっさと返すものを返せ」
「強者に媚びへつらう場面でそのセリフが吐けるとか。こういうご時世だっていうのに世間知らずのボンボンかよ。イラつくなあんた。いいぜ……秒で終わらせてやるよ!」
素早い動作で盗賊が飛び出す。
あっという間に俺との間合いを詰め、手にした短刀で俺の喉笛が切り裂かれる。
その間際、
「停止」
手をかざす俺は一言呟いていた。
「なっ……ぐぅぅ。なんだ、これ……!?」
俺の眼前で完全に停止した盗賊が腕に力を込める。
だが体はびくともしない。
俺の喉元まで1センチほどの距離に突きつけられた短刀は小刻みに震えるだけだ。
「それで? 金はどこにやった?」
「くっ……言うかよ!」
「そうか」
俺は羽虫を振り払うように手を振った。
盗賊は正面から闘牛にでも体当たりされたかのように吹き飛ぶ。
「……う……っ……くそ、いったいなんだ? つうかありえねぇだろう……。なんでCランクの俺が駆け出しなんかに」
すぐに盗賊は立ち上がっていた。
弱者と思っている相手にいっぱい食わされ、戸惑いと怒りが同居したような表情をしている。
「何かの間違いだ。今度こそ秒で殺す!」
「懲りないやつだ」
俺は再び手をかざす。
「停止」
「っ…!?」
再度、盗賊は完全に動きを止める。
俺は先ほどと同じように、そのまま敵を吹き飛ばす。
「ーーはぁ、はぁ……マジでどうなってやがる? あんた、Eランクのただの人間のはずだろ? 魔力値もMPもゼロのはず……なのに、なんで魔法が使える!?」
「悪いがこれは魔法じゃない。サイコキネシスだ」
「魔法じゃない? ……てめぇ、オレをバカにしてんな。今のが魔法じゃなくてなんだってんだ! アァッ!?」
勝手にキレている。
どうやらこの世界では、言葉で説明がつかない術はすべて魔法として扱われるようだ。
「チッ……ステータスは悪魔側が人間を管理するために作った絶対的システム。測定を間違うはずがねぇ……。つまり、てめぇが最低ランクの能無し人間ってことには変わりねえんだよ!」
「だったら、どうするつもりだ?」
俺が静かに問うと、盗賊の少年は暗い笑みを浮かべる。
「くくく……てめぇがどういう手品使ったか知らねえけどよぉ、もうここいらでお遊びは終わりだぜ」
盗賊の少年が指笛を鳴らす。
始めからいたんだろう。
俺たちを取り囲むように、屋根の上にずらりと仲間と思われる盗賊たちが姿を表した。
どいつも今から草食動物を狩る勝ち組脳でいるらしく、余裕ぶった卑しい笑みを浮かべている。
「ははははっ、どうしたよ? びびって何も言えねぇようだなぁ」
「ん? あぁ……哀れんでいただけだ」
「なに?」
「弱者は嫌でも徒党を組むしかない。そう、お前のようにな」
さっさと終わらせてしまいたい俺は挑発するように微笑を浮かべた。
「てめぇ……上等じゃねぇか……」
青筋を浮かべた盗賊少年が拳を震わせて叫ぶ。
「秒で殺すのはもうなしだ! 俺たちをバカにしたてめぇは、徹底的に袋叩きにして死ぬまでサンドバックにしてやる! お前ら、やっちまえ!!!」
時代劇の悪役のような号令とともに、屋根の上の盗賊たちが俺めがけて飛び出す。
「ふっ、これだけの人数を一度に相手にするのは初めてだな」
わくわくする自分がいる。
前世では力を使う場合、正体がバレる心配をする必要があったが、魔法として処理されるこの世界では何も憂うことはない。
思う存分力が使える喜びに俺は打ち震える。
降ってくる盗賊たちに手をかざす。
「停止」
「なっ……!?」
号令を出した盗賊の少年が上空を見つめて唖然とする。
自分以外の仲間が宙に浮いているのだ。
まあ、驚いて当然と言えば当然か。
俺はかまわず続けた。
「からのーー反発」
指を弾く。
同時に、宙に浮いていた盗賊たちは、それぞれピンポン玉のように八方に吹き飛んだ。
建物に激突した彼らは、そのまま落下して伸びてしまう。
「……は? な、なんだよ、これ……。あれだけいた仲間を、一瞬で…………うそだ。あんた、いったいどんな魔法を使って……」
圧倒的な力を前にして戦意を失った盗賊の少年が腰砕になって尻餅をつく。
俺は満足げに告げる。
「言ったはずだ。魔法じゃなくて、サイコキネシスだと」
「サイコ、キネシス……? な、なんだよ、それ……あんた、いったい何者だ?」
「俺か? もうお前は知ってるはずだろう? ただの人間だ。さぁ、それより遊びはおしまいだ。金をどこにやったか吐いてもらうぞ」
一旦区切りがいいところまで書けた気がします。
ここまでが一章という扱いになるかと。
次からは2章を書いていきます。
もしここまで読んで面白いと思ってくれた方がいましたら、よければ評価いただけるとありがたいです。執筆のはげみになります〜。