盗賊の少年①
「うふふっ! 100Gもあれば当分寝食には困らないわね〜♪」
俺たちはギルドカウンターに戻った後、受付嬢よりワイバーンの素材報酬を受け取っていた。
ウルミナンテは下賎な輝きを双眸にともしながら皮袋へと頬ずりをしている。
「おいウルミナンテ、100Gはそんなに価値があるのか?」
「ありまくりよ〜! そうね、1Gはあんたの世界でいうユキチ一枚ってところかしらね」
「かなりの大金というわけか。であればさっさと飯を食おう。俺もお前も空腹のはずだ」
この世界に来て、まだ何も食っていない。
女神も腹が減る生き物なら、そろそろ限界のはずだ。
「それもそうね。じゃあ、さっさとよさげなお店を探して−−」
「待って。あなた、一人でワイバーンを倒したって本当?」
ウルミナンテに話しかけたのは、魔女のような出で立ちの女だ。
その後ろには冒険者風の男が二人いる。
「ーーいや、あなたのステータスを見れば一人で倒したかなんて野暮な質問か。ねえ、もしよかったら私たちのパーティーにこない?」
「え……ねえねえねえ! ちょっとネシス、これって勧誘ってやつじゃない!?」
「どうみてもそうだな」
平和な天界ではこんなこともなかったのだろう。
俺に耳打ちするウルミナンテは完全に舞い上がっている。
俺は試しに魔女風の女と、その後ろの男二人のステータスを確認する。
三人ともDランク、駆け出しに毛が生えた程度の存在ってところか。
ウルミナンテを仲間にできれば、レベルだけではなく稼げる額も一気に上がる。
勧誘したくなるのは当然といっていい。
だが、ワイバーンを連れてあれだけ目立っていただけに、勧誘しようとするのは彼女たちだけではなかった。
「おいおい、抜け駆けはなしだぜ! うちの方が実力は上だ。聖職者さん、俺たちと来た方がいいぜ」
「その話、僕たちも混ぜてもらおうか。こういうご時世だ。優秀な仲間は何としても欲しい」
「稼いでも利率でほとんどを悪魔にもっていかれるなら、一回のクエストで多く稼ぐしかない。あんたみたいな存在は、冒険者にとってはダイヤの原石のようなものってわけさ。てわけであたらしも勧誘希望だよ」
俺は周囲に目を配る。
「……なるほど、よく見ればどの冒険者も十分な装備には見えんな」
行き交う冒険者たちには活気もない。
悪魔の支配が続き、疲弊しているのが現状のようだ。
「え、ちょちょ! お誘いは嬉しいけど、多すぎだってば! つか! 誰だ今私のお尻触ったやつーッ!?」
どんどん手を挙げる者たちがウルミナンテに群がっていく。
「まずいな……」
俺は目をすがめ、冒険者に揉まれるウルミナンテを遠巻きに見つめる。
既に判明したように冒険者たちはあまり裕福ではない。
いや、この街の人間たちもそうなのだろう。
そんな環境下で、今ウルミナンテの手に握られているのは大金が入った皮袋だ。
何事もなければいいと思った矢先、それは起きた。
「あっ! あれ……ない! ない……! 私の100Gー!!!」
「ちっ」
ウルミナンテはわからなかったようだが、俺は犯行の瞬間を見ていた。
「こっちだ。ついてこいウルミナンテ!」
「んーあーもう! 今からご飯って時に……つーかあんたら、いい加減どけえええー!」
天界の不良女神がキレていた。
ウルミナンテは乱暴に女神の力を解放したようだ。
彼女の体を覆った黄色のオーラが爆発的に周囲に拡散して取り巻きたちが吹き飛ぶ。
俺は一足先にギルドを飛び出していた。
犯人らしき者を追って走り出した俺に、ウルミナンテが宙を滑空しながら追いつく。
「で、どいつよ。私たちの大事なお金を盗んだやつは!」
「あの黒いバンダナがそうだ」
俺が指差す先には、軽快に人波をかきわけていく黒いバンダナを巻いた人物。
犯人はこちらに気づいたようだ。
脇の路地へと消え去ってしまう。
「ちっ、このままだと巻かれちゃうわ!」
「二手に分かれるぞ。俺は地上から、お前は空からだ」
「オッケー。この私の持ち物に汚い手で触ったこと、絶対後悔させてやるわ!」