第4章 新たな出会い
ここは、学校から離れた場所にあるf市中央警察署。
この辺りはf市で最も栄えてる場所で、商業ビル等に
囲まれ、車や人々が行きかっているだけではなく、
少し離れた所にショッピングモールもある。
現在、俺は劉星の私設秘書をしている甲野 流壱と共に
署内へと赴こうとしていた。
「まさか、あの竹林が気力の使い手だったとはね」
気力、俺のような力を行使する奴をそう呼ぶ。
(本当は大小、違うが人間達持ってるんだけどな)
「しかし、君達が通う高校にまで奴らの手が伸びて来たと
なると、もう、転校の手続きした方が良いかもしれない」
「いえ、その心配は無いですよ。今回の件は偶然なんで」
彼は只の私設秘書ではない。神代のグループ企業全体を
把握しているだけではなく、神代家の内情にまで精通。
おまけに俺と同じ気力使い。
「そうか、わかった。君がそう言うんなら大丈夫だね」
「はは、言っておきますけど俺だって人間ですよ。
間違えるなんて、頻繁にありますよ。まぁ・・・
取り敢えず、調書を済ませちゃいましょう」
「そ、そうだね。わかった」
彼は頷き、揃って署内へと向かって歩きだす。
実はこの人も、俺と似た境遇だと劉星から
聞かされた過去があった。
かなり劣悪な家庭環境だったそうだ。
(まぁ、俺も神代家に引き取られる前は、
相当なモンだったからな)
目の前にいる人物は、黒髪を中分けにして黒ぶち眼鏡を
着用、上下ストライプ柄のダークグレイスーツに白シャツ
、紺のネクタイを締めた姿をしている。
極めて真面目な印象を与えるが、とんでもない。
劉星に対しても臆さず、自身の意見をズバズバと発言する
人だ。でも時々、何故かは解らないが俺に対してだけは、
しどろもどろの対応をする。
だが、いざとなれば鬼神のごとき闘いぶりを、披露する
実力者でもある。
個人的には一番、敵に回したくない人物だ。
(一見、頼り無さそうに見えるのも、実はフリだしな)
そんな彼と過ごした両親はというと、いわゆる『クズ』を
極めていると語っていた。詳しくは訊ねなかったが、
かなりひどい家庭環境だったのだろう。それにしても
上手い例え方するなぁ~と、思わず感心した。だが更に、
その後の彼から発せられた言葉が印象的だった。
〈これはあくまでも持論だけどね、人との結び付きって、
血の繋がりはあくまできっかけに過ぎなくて、結局は
心の繋がりをもっと、大事にしなければと思うんだ〉
いつだったか、神代家でみんなそろって夕飯を食べている
時、関連グループで社員が、逮捕されたとわざわざ赴き、
劉星に報告へやってきた。その後、しばらく2人っきりで
流壱さんと会話を交わした際に、子供への虐待死が原因
だと報告の後、流壱さんが呟いたあの何気ない言葉だ。
この人の言っていることは、自身の経験談から出た言葉
だと直感で理解できた。無論、そのことを俺自身も体験
済みだったからだ。あの言葉を聞いた瞬間、思わずこみ
上げてくるモノがあった。彼にとっては、他愛無い一言
だったかもしれないが今も、忘れることなく胸の奥に深く
刻まれている。そんな過去のやり取りを、思い出しながら
署内の受付で用件を伝える。
「所で、あの2人は元気にしているかい?」
「ええ。相変わらずですよ」
中に入るとそれなりに、人であふれていた。
署員と言い争っている人、何かの手続きで並んでいる
人々と、いった具合にある種の緊張感があった。
「額だけど、いったいどの位なんだい?」
「300万です。かなりの金額ですよね」
別の署員から案内された席に座り、軽い雑談の最中に
金額の話を打ち明けられた流壱さんは、
驚いた表情を露わにする。
その直後に、担当の署員が来て調書が始まった。
「どうもお待たせ致しました。担当の小川と申します。
あなたが、情報提供者の神条さんですね」
「はい、詳細についてですが電話でお伝えた内容に、
間違いありません。」
奴を確保し、劉星を通じて流壱さんに連絡した直後に、
俺は警察に通報した。その際に電話で応対した人物が
今、目の前にいる小川という署員だ。
(見た感じ、30代前半ってところか)
この制服警官、坊主頭から少し伸びた髪型に幼い顔立ちは
、一昔前の野球少年といった感じの風貌を思わせた。
因みに今日、警察署を訪れた理由が、昨日の一件が理由
でもある。学校で俺と闘った人物は、実は全国で指名手配
犯として扱われ、懸賞金も掛けられた存在だった。
ちなみに未成年である俺だけでは大金を受け取れず、
保護者でもある劉星は多忙を極めており、代わりに秘書の
流壱さんと共に、署を訪れていたという経緯だ。
「なるほど。確認の為にもう一度お伺いしますが
校舎を出た直後に、道端で倒れている被疑者を、
目撃したということですね」
「はい、そうです」
「怪我人が倒れていると思って駆け寄ると、見覚えのある
顔で、携帯電話で検索したら被疑者だったのですね」
「ええ、怖くなって慌てて通報しました」
小川は調書を取りながら、その後の細かい経緯まで
一字一句を、聞き逃すことなく書き留める。
(はぁ~やっぱり、分かっててもめんどうだ)
調書は再三、同じ内容を聞かれる場合もあるから人に
よっては、この状況に感情的になることも珍しくない。
(だが、もうしばらくの我慢)
この件に関しても事前に、俺が何も知らないと思って
流壱さんから電話でアドバイスをもらっていた。
『極力、必要最低限の会話に留めて』と。
「それからご存知でしょうが被疑者は、身体中に擦り傷が
ありました。特に損傷が激しかったのが両腕で、かなりの
複雑骨折に、神経断裂との報告を受けています。担当した
医師の話ですと、回復の見込みは絶望的だそうです。
どうしたらあのような状態になるのか、かなり困惑して
いました。何か、お心当たりはありませんか?」
寝耳に水とは、まさにこのこと。
両腕共に回復に難ありとは、思ってもなかった。
何とか表情を変えず、話を続ける。
「いえ、特に何も分かりません」
(というより、論理的に説明が難しい。仮にできたとして
も警察は、常識の範囲内でしか判断できないからな。
『俺がぶちのめしました』と答えたところで、一切
信じてもくれないだろう。)
「そうですか・・・分かりました。以上になりますが、
何かご質問などありますか?」
「あの犯人、今どうしているんです?」
「被疑者は現在、警察の指定医院で
厳重の監視体制下にあります」
(参った。出来る限り手加減したつもりだったが、
どうもやり過ぎたみたいだな俺)
その後も、幾つかの質問を手短に済ませ事情調書も滞り
なく終わり、俺達は署を後にしようとした時だった。
「待った、まった! ちょっと待ってくれ!!」
突然、スーツ姿の人物が俺を引き止めようと、
近付きながら声をかけて来る。
「悪いねぇ、引き止めてしまって。最後に、
少しだけ良いから話をさせてくれ」
渡された名刺には、氏名に肩書等が印字されている。
[f県警察 刑事課 副部長 早良 創]
裏面にはこの署の住所、電話番号が記載されていた。
ざっと見た感じは50代という感じだが、鍛えているのか
坊主頭にがっちりした体型は、スーツ越しでもわかる。
「どうか、されたのですか?」
「もう話尽くしたかもしれないが、個人的に、
どうしても腑に落ちない部分があって、君に
声をかけたんだ」
「はぁ」
早良という刑事の話だと、6年前に妻を殺害。
その1年後に全国で、第一級指名手配に認定された。
その間は全く痕跡を出さす、時間ばかりが過ぎていく
日々だったと語りだした。そして当時、陣頭指揮を
執っていたのが、この人の元上司だったそうだ。
だが、その上司も竹林を検挙できず定年退職を迎え、
目の前にいる人物が後を引き継いだそうだ。
(かなりお喋りだな。まぁそれだけ逮捕に、
躍起になってたってことか)
「君も聞かされただろうが、奴は会社員として真面目に
勤務する傍ら、剣道の有段者でもあった」
確かに、奴のあの構えは剣道から来るものだと一目で
わかった。しかも並みの相手だと、まず太刀打ち
出来ない程の実力者だった。
しかし、この刑事から感じる不快感は何だろう。
俺の嫌いな理屈っぽい大人の、代表格らしき部分を
本能的に感じていた。
「自分は倒れていた人が居ると、通報しただけですが」
「あっ、いや違うんだ。聞きたいのは竹林の傍に誰か
居なかったかなんだ。君も聞いているだろうが奴は外傷が
無数にあった。争ったのは明白だ。誰か知らないが、凄腕
の仕業だ。しかも人間業じゃない。それに恐らくだが、
損傷の激しい両腕はもう再起不能だろう」
「はぁ~」
この刑事は、面倒臭いと感じている俺の気持ちなんて
お構いなしに、尚も話を続ける。
「これまで奴は、第一級指名手配に認定されてからも、
一度たりとも網に掛かることも無く、やり過ごしてきた。
それがだ、君の通っている学校の目の前で、発見されたの
もおかしな話だ。どこか別の場所で争って、意図的にあの
場所へ転がされたに違いない。」
(流石、刑事さん。その通りだよ)
「分かっている事は全てお話しました。怪我人を
目撃し通報した。只、それだけです」
もうウンザリしてるという、気持ちを込めた威圧感
たっぷりの発言に早良刑事は一瞬、委縮したようだった。
例え、事実を話したとしても、信じてもらえない保証は
確実にある。大抵の奴らは実際に、自身の目で見たもの
しか信じない。どんなきれいごとを並べてもだ。
(それ以上に、こんな場所さっさと出て行きたいんだ)
「頼む、どんな些細な内容でもいいんだ。
何かおかしな点は無かったかね?」
「申し訳ありませんが、彼はまだ学生なんです。それに
犯人は捕まった。ここから先は、あなた方の仕事のはず」
直も詰め寄ろうとして今度は、流壱さんが俺を庇うかの
ように前に立ちふさがり、この場を制止してくれた。
流石のしつこい刑事に、ニラミをきかせてくれたらしい。
刑事の勘が働いたのか、彼は後ずさってる。怯んでいる
この隙に俺達は一礼し、署を後にする。
「さすがに、刑事なだけあって執念深いね。」
「まぁ、しょうがないですよ。あの人には気の毒だけど、
俺は警察の厄介になるつもりはないですよ。
それと、さっきは助かりました」
「あっ、あぁ。あれくらいお安いご用だよ」
笑顔で、流壱が応じる。
刑事だったら、本人かチームの誰かが、確保したいと思う
所があったかもしれない。それが、半分以上は自首みたい
な形で、おまけに竹林は、何故か俺にやられた事実だけは
、黙秘しているらしい。
(あれだけ派手に痛め付けたんで、報復を
恐れて口を閉ざしたのだろうか?)
「なぁ暁人君、前々から思ってたけど、君は本当に高校生
なのかい?小川巡査や、あの早良刑事との対応を一部始終
聞いていたけど、よく冷静に応じられてたね。
普通、あぁいったい状況だと君ぐらいの年代は、感情を
剥き出しになるのも珍しくないはず」
(そういえば、この人も一時期荒れていたと昔、
言ってたっけ。過去の自分と比較したのかな?)
「あの、一体どういうことですか?
言っている意味が分からなくて」
内心とぼけていたが、彼の言わんとしている内容は
分かってるつもりだ。
(それにあの程度の押し問答なんかで、気持ちがブレは
しない。どんな状況でも、平常心でいられるように
訓練を積んできた。どんな最悪な場面でも)
「何というか、うまく説明しづらいけど、雰囲気というか
対応が大人びているんじゃなくて、大人なんだよね」
「いきなり何を言い出すんです? 見たまんまの学生
じゃないですか。一体、どうしたんですか?」
「そ、そうだよね。何言ってるんだろうね、おれは。
ハ、ハハハハ。い、今言った内容は忘れて良いから」
(う~ん・・・そんなに、らしくない対応だったかな?)
可能な限りクラスの連中と同様に振舞っていても、
やっぱり隠し切れない部分もあるんだろう。
現に流壱さんのように、薄々だが感づかれても
おかしくないかもしれない。
(只、1人だけ俺の実態を把握してる奴はいるがな)
まぁ、それはそれで仕方がない。いつかは、遠くないうち
に分かることだろう予感はしていた。警察署を出た俺達は
、ほぼ目の前にある公園まで移動した。空いているベンチ
に座り、懸賞金の振り分けについて、そして今後の竹林
の対応に関連した内容を話し合った。
受け取る金額に関して、神代家の面々と付き添いだけで
なく、手続きにも対応してくれた流壱さんにも、それぞれ
受けとれるよう俺から頼んだ。
当の本人は、まさか自身も受け取れるとは思ってなかった
らしく最初は断ってたが、粘り強く交渉した結果、何とか
承諾をもらうことが出来た。
「本当に、わざわざありがとうございました」
深々とお辞儀する姿に戸惑ってるのか、唖然している。
「いっ・・・いや、良いんだ。これからも気を付けて」
まだ、秘書としての仕事が立て込んでおり、最後は互いに
短い挨拶を交わし別れた。竹林に関しては、F県警にいる
劉星の知人で幹部クラスでもある人物に直接連絡して
もらった所、その人が監視をするようになった。
正確には、その幹部の部下が監視するそうだ。
もしもの際俺が直接、現地へ赴くよう手筈を整えてもらい
、漸くこの一件を、丸く収められてホッとした。
「久しぶりに、このあたりを歩いてみるかな」
オートバイはまだ、警察署の駐輪場に止めている。
この一帯、正確には現在いるc区全域で再開発が進んで
おり、あちこちでビルの建築が進んでいる。
他県から来た観光客ならともかく、俺の様な地元の人間
には、特に目新しい発見は無い。小さな変化はあるかも
しれないが、特に感心を引く様なものは残念ながら無い。
そんなことを、商業ビル群が建ち並ぶ大通りを考えながら
歩いてたら、一際目の前を引く、一組のカップルかもしれ
ない2人が、足早に俺の横を通り過ぎって行く。
(そんなに、慌ててどうしたんだ?)
どちらかが、もよおしてるのかと野暮な考えが浮かびそう
になったが、すぐにその考えを引っ込めた。
【ギギッ!! ベキ、ギリ、ベキッーーー!!!】
突然、何か金属同士をすり合わせたような音がした。
上を見上げると、俺が歩いていた通りのすぐ横にある商業
ビルの看板が、今にも外れそうで、あのままだと直撃は
避けられない。助けるため急いで、駆け出した。
「危ないィィィ!!!」
こちらの叫び声に思わず振り向いた彼らは、まるで人相が
分からなかった。男はメッシュキャップにマスクをして
いて、女も同様に、唾の広い帽子にマスクとサングラスを
着用していた。だがそんな事には、構わず助けるために
体当たりする形で2人を押し倒した。つもりだったが、
隣にいた男はいつの間にか、視界から消えていた。
【ガッ~~~シャ~~ンンンン!!!】
「「えっ!? なに?」」
「「どうしたんだ、一体?」」
「「何の音!?」」
余程の騒音だったのだろう。事故現場付近の商業ビルから
、ワラワラと騒ぎを嗅ぎ付けた人達が現れたと同時に、
あちこちから人々の声が聞こえてくる。
が、今はそんな事に気に掛ける余裕はない。
凄まじい轟音と共に、落下してきた看板は、原型を留める
ことなく残骸のみ残した。幸いなことに付近には通行人も
見当たらず、砕けた看板の破片もほとんど飛び散った
様子も無いようだ。
「おい、大丈・・・」
立ち上がろうとして左手が、なにか柔らかいものを掴んで
いる状況に気が付く。
流石の俺も、我が目を疑う自体に陥っていた。
(・・・マジかよォ~。誰かウソだって言ってくれ~~)
助けるためとはいえ両手で押し退けた際に、あろうことか
女性の上に、載っかかる形で押し倒してしまった。だが、
それ以上に乳房を触って、いや掴んでしまったらしい。
「ぎゃあ~~~何すんのよォォォ!!!」
気が付いたときには、女の右こぶしが俺の頬に向かって
きた。目の前の女性の胸を、不可抗力とはいえ触って
しまった罰として、敢えて食らってやるつもりだ
しかし右こぶしを待っている間は、物凄く遅く見えた。
否、遅かった。俺にとって彼女の右ストレートは、その
程度のスピードでしかない。更に今まで以上に、全身の力
を抜いて右こぶしを喰らう体勢を整えていた。
そして右頬に直撃、仰向けに倒れた。
ドサっッ!!
「おっ、オイ!! き、君、大丈夫か?」
道路上に敢えて無様に転がった俺は、上半身を起こし
すぐさま立ち上がろうとした。
「え、ええ平気です」
男はいつの間にか、すぐそばにいて介抱しようと
近寄って来るが、手で制した。
(まぁ、女にしては腰の入った拳だな)
その証拠に、口の中を錆びた味が充満していく。瞬く間に
血が流れてきて、手の甲でぬぐいながら感心していた。
同時に隣の男に対してもだ。一瞬とはいえ、俺は彼の動き
をとらえきれず結果、彼女だけ押し倒す形になった。
「おい、沙絵!! なにも殴ることはないじゃないか」
「だ、だって!!!」
目の前の女性は、顔を赤らめながら胸元を隠している。
助ける為とはいえ、こっちの不手際で不快な思いをさせて
しまったのは事実だから、甘んじて受け入れていた。
(んっ? 今、沙絵って言わなかったか?)
ま、まさか。絶対あり得ないという気持ちが過る。
こちらの動揺などお構い無しに、目の前の2人は変装を
解き始めている。男は30代前半いや、もっと若くみえて
もおかしくないかもしれないが、凛とした表情でモデル
でもやっていたような、いわゆるイケメンという奴だ。
女は、メディアで見かけないってくらい知っている。
出水 沙絵。本業は女優で、他にも
様々な番組に出演してる、若手で注目の女優だそうだ。
「助けてもらったに、その・・・本当に申し訳ない」
「いえ、気にしないで下さい。」
彼女に代わって、隣に居る彼が謝罪してくる。この男が
施こしたのか、何か武道でも嗜んでるんだろう。
ガキの時、摩璃子に殴られた以来だった。
「あっ、そうだ! 念の為に名刺を渡しておきます。」
言われてから名刺を受け取る。
[株式会社 ワンフォーオール 代表取締役社長
泉 慎一郎]
と記載されている。昔、三苫からこの芸能事務所は大手で
、かなりの規模のだと聞かされた内容を思い出した。
ついでに目の前の彼女のファンだと。
(ハハハ、まさかこんな展開になるとはね)
今の置かれている状況に、もう笑うしかない。
勿論、悪い意味で。話こんでいたら、騒ぎを嗅ぎ付けた
人々が、徐々に集まり始めた。
「行って下さい」
「「えっ?」」
彼らは、驚いて俺を見ている。
「もし怪我が無いようでしたら、ここは俺に
任せて行って下さい」
「い、いや、ダメだダメだ。そんな訳にはいかない。
助けてもらっておいて、この状況を押し付けるなんて
出来ない。絶対に」
「そうよ、わ、わたし達がこうやって助かったのも、その
・・・・・・貴方のおかげなんだから」
彼女はまだ、もじもじと恥ずかしがっている。芸能界と
いう所は、とても面倒な世界だと思う。芸能人に限らず、
例え善行してもSNSで叩いてくる負の側面がある奴らが
いるのが昨今の状況。おまけに彼女らがいる環境は更に、
如実に現れ好感度が下がれば、今後に悪影響を及ぼす
事例をメディアを介して垂れ流している。
しかし彼らは誤解してるようだが、俺が逃がすのは
あくまで個人的な理由で、決して彼らの為ではない。
「あなた達の立場は、メディアを通じて良く分かっている
つもりです。勝手な憶測ですが、何かとても急いでいて
時間が余り無い上に、通行人に絶対バレないように
変装までしてた。違いますか?」
あっけにとられた表情で、直ぐさま互いを見合わせてる。
「お、お兄ちゃん!!」
「・・・・・・任せても良いんだね?」
男、泉 慎一郎は、出水 沙絵の心配げな表情を観ながら
俺に語り掛る。話している最中も、かなりのギャラリーが
増えて来た。
「こう見えても、警察関係者に知り合いが居るんですよ。
仮にもし貴方達の事を聞かれたら、通りすがりの人を
助けたと上手く話しておきますよ。それに、もうかなりの
野次馬が集まってる。さぁ、早く行って下さい」
「本当に・・・本当に済まない。必ず、必ず連絡を」
「ごめんなさい本当に」
駆け足で現場を立ち去るかと思ってたら、一瞬こちらに
振り返りそろってお辞儀をし、足早に現場を去って行く。
辺りを見回すと、まるで今から祭りでも始まるかのような
状態。急いでこの場を立ち去ろうとしたら、甲高い
サイレンを響かせパトカー、消防車の数台が到着した。
間髪入れずに制服警官らが、俺めがけて押し掛けてくる。
疑問は直ぐに氷解した。辺りを見渡すと事故を目撃した
のだろう年配のご夫婦がしきりに、俺を指差しながら別の
警官らに状況説明をしてる雰囲気。感心する程対応が速い
。それ以前に、他の誰かが通報したのだろう。
(・・・・・・・・・)
何も言えなかった。覚悟を決め再び、事情聴取
に応じるべく、警官に促されパトカーに乗り込む。
「さぁて、行くかぁ」
後部座席で思わず声が漏れる。数時間後、2度目の事情
聴取を終え、居候している自宅に帰宅した頃にはすっかり
日も暮れ、かなりぐったりしていた。
意外にも最初に、出迎えてくれたのは劉星だった。
「今日は、かなり大変な1日だったようだな」
「ああ、その迷惑をかけて悪かった。流壱さんにも
改めて礼を言っておいてくれ」
「それよりも敵は、他にはいなかったのか?」
学校を出た時も、付近に敵の気配は全くなかった。
竹林がいたのは、中野の力を測る為に監視してただけの
偶然だというのが、現時点での結論だ。
「ああ、心配無い。今日は立て続けの事情聴取で、疲れ
ているんだ。もう、風呂に入ってもう寝る」
「そうか。分かった」
劉星との短い会話を済ませ、浴室へ向かおうとしたら
再び、引き止められた。
「そうそう明日、知り合いの姪がお前のクラスに、転校
して来るそうだ。宜しく頼むと言ってたぞ。後、その
知り合いが仕事を頼みたいそうだ」
そう言い放ち、居候してる家を後にした。
疲れてたせいか、頭が余り働かず生返事して再び浴室に
向かおうとしたら、今度は、入れ替わりに摩璃子がやって
来て、少し遅れて陽斗も来た。
「お帰り、今日は大変だったね」
「ああ、お前らにも迷惑かけちまったな」
「別にいいよ。それよりも僕あの時は、あっ君がもの
すごい速さで空を飛んで行ったのには、もうスゲー興奮
してさー。まりちゃんと2人して」
あの場合は仕方無く、ああいった選択をした。
空を飛ぶ姿を去らすつもりはなかったし、被害を
最小限にする為の手段だった。
「それでたげど・・・僕達も・・・その、いつになったら
あっ君みたいに、空を飛べるかな?」
何故か、ためらいながら聞く陽斗に俺は、さ~~なぁと
一言だけ呟くと、摩璃子と揃って目をキラキラ
しながら笑顔でこっちを見ている。
(やはり、コイツらの前で飛んだのはまずかったか)
一瞬だけ後悔の気持ちがよぎった過ったが、それよりも早く湯船に
浸かりたい気持ちが勝った。
「あれっ? 晩御飯は?」
「今日はもう疲れたから、風呂入って寝る」
摩璃子に聞かれながらも、もう会話もする気力も湧かず
2人を置き去りにしてこの場を立ち去る。浴室を出て
ベッドに横になったときには、23時を回っていた。
精神的に疲れ果てていた。
原因はあの時、助けた彼らが要因だ。
あの瞬間は俺も、かなり動揺していた。あんなところで
出くわすとは、思ってもなかったからだ。少し不安に
駆られながら、もらった名刺を見る。しばらくぼんやりと
名刺を眺めて、おもむろに握り潰す。ついでにあの刑事
から渡された名刺も、まとめてゴミ箱に投げ捨てた。
(もう、会うこともないだろう)
そういえば劉星が、何か言っていたような? 色々な考え
が巡る前に、眠りに落ちてしまった。
まさか明日、今日以上の出来事が、起こるとは俺自身も
思ってもなかった。
次の朝、例の如くバイク通勤がバレない様にして、駐輪場
から徒歩で校門まで近づいていくと、いつものように校庭
にミーハーな奴ら群がっていた。そのまま人だかりを
素通りして、真っ直ぐ校舎へと向かう。
数分後、自分のクラスに到着し席についた途端に、挨拶も
そこそこに三苫が、物凄い勢いで話しかけて来た。
「あ、昨日はちょっとした急用があってな」
「そ、それよりさっき物凄い人に出くわしたの!!」
「一体どうしたってんだ?」
三苫が、慌ただしく話しかけて来たと思ったら、今度は
珍しく遅刻ギリギリで、来た高島までソワソワしていた。
「お、おはよう。い、今、廊下で信じられない人に
遭遇したよ!!」
(どこかの芸能人と、すれ違ったのか?)
そんな考えが巡る間もなくチャイムが鳴り、直ぐに大河内
が朝礼を行うためやって来た。
しかし、今日の奴はいつも以上にソワソワしてる。
「え~、おはようございます。突然ではありますが、今日
からこのクラスに新しい生徒が加わります。」
大河内に促されるように入って来た女生徒は、一瞬、絵に
描いたような美少女で黒髪ロングヘアに、若干ウェーブが
入った人物だと感じた。
よく、見てなかったせいか不覚にも。
「「「おお~!!!」」」
「「「え~~~うそ~~~!!!」
瞬時に教室全体がどよめく。
(あっ、有り得ない。何故、どうしてこうなった)
その人物が入ってきた途端、我が目を疑っていた。
転校生はホワイトボードに、スラスラと名前を書く様を
見つめながら俺自身、再び動揺を隠しきれずにいる。
「今日から、このクラスの新しい一員になりました
泉 沙絵です。
卒業間近での転入ですが、みんなと少しでも仲良く
なれたらと思っています。宜しくお願いします」
挨拶が終わると同時に、何処からともなく歓声や、
あちこちから拍手が響き渡たり口笛まで聞こえて来る。
「なぁ、名字が違ってねぇ?」
「知らねえの? メディアで使ってるのは、
芸名でこっちが本名。」
近くに座るクラスメイト達の話し声が聞こえてくる。
熱烈の歓迎といったところか。そして、その歓迎を称える
かのように、俺の座っている真横に新しく席があった。
もちろん昨日までは、存在しなかった。
(誰でも良い、ウソだって言ってくれよ!!)
俺の思いなどお構い無しに、大河内は無情にも告げる。
「じ、じゃあ泉さんには、一番後ろの
空いている席を使って」
「はいっ!!」
笑顔で元気よく返事し、他の生徒が座っている席の間を
通り抜けながら徐々に近づいてくる。
(くるな、来るな。お願いだから来ないでくれ。)
彼女は、指示された席に着席し直ぐ様、こちらに振り向く。
「よろしくねぇ」
何故か知らないが、眩しいくらいの笑顔を向けてくる。
この時の俺の表情は、どうなっていたか自分でも
分からなかった。
前回の投稿からかなり時間が経過してしまい、大変申し訳ございません。
今後、月1回を目標に投稿していきたいと思っております。読者の皆様に
満足してもらえるよう、良質な作品を目指して参ります。