廃鉱山の分岐点で
松明の灯りが、薄暗い坑道に不気味な影を落とす。利雨と菊池は、入口からかなりの距離を歩いている。足元は、崩れた岩や土でデコボコしており、一歩一歩を慎重に踏みしめる。
「はぁっはあっ。もう、かなり奥まで来たな」
利雨は、息を切らしながら呟いた。
「ええ。予想以上に奥が深いようです」
菊池は、松明の光を、坑道の奥へと向けながら、そう言った。
坑道内は、湿気でじめじめしており、不快な異臭が漂っている。まるで、腐った植物や動物の死骸を放置したような、独特の悪臭が、鼻を突く。
時折、壁から滴り落ちる水の音や、風の音が不気味に響き渡る。それは、まるで、何かがそこにいるような、不気味な音だった。利雨は、その音に、背筋がゾッとするような感覚を覚えた。
「…こんなところで、一体何が待っているんだ…」
利雨は、不安な気持ちと、同時に冒険心を感じていた。
「…もしかしたら、魔鉱石が眠っている場所かもしれない…」
利雨は、そう呟きながら、松明の灯りを頼りに、坑道を進んでいった。
しかし、進むにつれて、利雨の心は、だんだんと冷めていった。
(もしかして、これは失敗だったのか…?)
利雨は、そう思った。やはり、魔鉱石など、この廃坑には残っていないのではないか。
そう思い始めたとき、突然、青白い光が、利雨の目の前に現れた。
「え?」
その、青白い光が、彼の視界の中で正方形に広がり、突如として文字を映し出した。
利雨は、驚きと衝撃で、よろめき、尻餅をついた。
「…っ!」
菊池は、利雨の異変に気づき、慌てて駆け寄り、利雨を抱き起した。
「大丈夫ですか、若様、どうされましたか?」
菊池は、利雨の顔色を見て、不安を感じた。
利雨は、ようやく言葉を紡ぎ出すことができた。
「…スキル… 【オートマタ】が… 発動した…?菊池には見えないのか?」
利雨の言葉は、震える声だった。
「…一体、何が起こっているんだ…?」
菊池も、利雨と同じように、この状況に戸惑っていた。
利雨は、改めて、目の前に表示された文字を凝視した。
ーースキル【オートマタ】が発動可能です。ーー
彼の目の前に、青白い半透明の四角形が浮かび上がり、周囲を不気味に照らしている。それは、菊池には見えない、利雨だけに認識できる光だった。
「菊池、見えるか? 目の前に、青白い四角い光があって…その中に文字が書いてあるんだ!」
利雨は、驚きと興奮を抑えきれない様子で、菊池に話しかけた。菊池は、利雨の視線の先を凝視するが、そこには何もない。彼は、怪訝そうな顔で首を傾げた。
「若様、一体何を仰っているのです? そんなものは見えませぬが…」
利雨は、焦燥感を募らせながら、身振り手振りで画面の位置を示したり、表示されている文字を指でなぞる仕草をした。
「本当なんだ! ここを見てくれ! 『スキル【オートマタ】が発動可能です。』って書いてある!」
菊池は、利雨の剣幕に驚きつつも、彼の言葉を注意深く聞いた。
そして、ようやく理解したように目を大きく見開いた。
「若様…!」
菊池の目には、熱いものが込み上げていた。長年、利雨を見守り、支えてきた老臣として、彼が蔑まれ、嘲笑されてきた過去を、誰よりも深く理解していた。無用とされたスキルが発動した今、菊池は、まるで我が事のように喜びを感じていたのだ。
「…ついに、この時が来ましたか! 若様、これはきっと、天の導き! 小騨家の再興を願う、ご先祖様のご加護に違いありませんぞ!」
これまで、どんなことがあってもついてきて、支えてくれた菊池の言葉に、利雨もまたこみ上げるものがあった。
「ああ...!そうだ。きっと!そうに違いない!」
二人は暗い洞窟の中、しばし、喜びを分かち合っていた。
その後、冷静になった利雨が、
「菊池、この下に「発動」って書いてある。触ってみたら、何かが起こるかもしれない」
利雨は、指先で青白い光に触れようかためらいながら、菊池に言った。表示された文字の意味はわからないが、スキルが発動できる状態であることは間違いない。
「発動ですか。一体、何が起こるのでしょうな…」
菊池は、利雨の隣で息を呑み、固唾を飲んで見守っていた。彼の顔には、不安と期待が入り混じった複雑な表情が浮かんでいる。
青白い画面の光は、まるで呼吸をするように、ゆっくりと明滅し、幻想的な雰囲気を醸し出す。利雨は、その光を見つめながら、決意を固めた。
「わからないけど… きっと......試してみるしかない。」
「ええ、やってみましょう!若様、ここはわたくしがそばに控えておりますゆえ、ご安心を」
利雨は、ゆっくりと「発動」の文字に指を伸ばした。
菊池は、利雨の決断を支持し、彼を守るように一歩前に出た。
利雨の指先が、青白い光に触れた瞬間、画面は消え、二人の目の前に小さな光の塊が現れた。
そして、次の瞬間、その塊が強烈な光を放った。