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修繕と取り繕い

家臣たちが去った後、利雨は山城の中心にある本殿を見上げた。屋根の抜け落ちた箇所から光が差し込み、床には屋根板や茅が散乱している。かつての荘厳な雰囲気は見る影もなく、寂しさが漂っていた。

「…この本殿、なんとかしないと、とても人を呼べる状態じゃないな」

利雨の呟きに、老侍・菊池が頷いた。

「左様でございます、若。まずは縁側だけでも修復し、縁側と庭を使いましょう。幸い、柱はしっかりしているようです」

比較的被害の少ない軒下は、縁側の痛みが少なかった。しかし、蜘蛛の巣や枯れ葉が散乱し、手入れが必要な状態だ。

「ぼくも手伝う!」

利雨の側にいた幼い治郎兵衛が、元気な声で言った。

「ああ、治郎兵衛、ありがとう。庭の雑草や枯れ葉を片してくれるか?」

利雨は優しく微笑んで、治郎兵衛の頭を撫でた。

道具は不足していたが、利雨と菊池は知恵を絞り、工夫を重ねた。使える戸板を館から探し出し、本殿の中が見えないようにし、縁側の抜けていたところにも別のところから集めた板でなんとか補修した。

「道具が不足しておりますが、なんとか工夫しましょう。若様、あの木材を支えていただけますか?」

菊池が言うと、利雨は力強く頷いた。

「ああ、わかった」

彼らは幾日にもわたって作業を続けた。治郎兵衛も、小さな手で一生懸命、縁側前の空間の枯れ葉を捨てたり、雑草を抜いたりしていた。


また、修復を進める傍ら、利雨から食料確保の命を受けた菊池は、山城周辺の探索に出かけた。

鬱蒼とした木々に覆われた山々は、まだ冬の寒さが残っていた。しかし、流れる渓流のほとりや、陽当たりの良い斜面では、春の息吹を感じさせる光景が広がっていた。

菊池は、雪解けの地面に目を凝らしながら歩を進めた。積雪の上には、鳥の足跡や糞が点々と残っている。彼は、豊富な知識と経験を活かし、それらの痕跡から動物の種類や行動を読み取っていく。

「これは、ウドの新芽だな。若様に食べさせてあげよう」

菊池は、雪の下から顔をのぞかせる若芽を丁寧に摘み取った。季節の移り変わりによって採れる山菜や薬草、狩れる動物は異なる。彼は、季節に応じた方法で食料を確保するための知識を豊富に持っていた。

しばらく歩くと、雪の上に大きな鳥の足跡を見つけた。

「…これはガンの足跡だな。近くに群れがいるかもしれない」

菊池は、弓矢を手に、慎重に足跡を追った。やがて、開けた場所に数羽のガンが群れているのを発見した。彼は身を潜め、ゆっくりと弓を引いた。

狙いを定め、矢を放つ。矢は風を切り裂き、一羽のガンを射貫いた。仕留めたガンに短く黙祷した後、

「よし、これで今晩の食料は確保できた」

菊池は、仕留めたガンを手に、山城へと戻った。

「菊池、おかえり。何か収穫はあったか?」

利雨が尋ねると、菊池は笑顔で答えた。

「はい、若様。山菜や薬草、そして野鳥も狩って参りました」

「さすがは菊池だな。本当に助かる」

利雨が安堵の表情を浮かべた。菊池が持ち帰った食料は、彼らの厳しい生活の中で、かけがえのない恵みとなった。


数日の作業をへて、利雨は汗を拭いながら言った。

「…少しはマシになったか?」

「ええ、これでなんとか体裁は保てるでしょう。あとは、床を掃除すれば…」

菊池が満足そうに頷いた。廃墟同然だった本殿の軒下は、彼らの努力によって、なんとか人を呼べる程度には修復されたのだ。


軒下の修復作業を終えた夜、利雨と菊池は小屋の囲炉裏を囲んで話し合っていた。幼い治郎兵衛は、既に寝息を立てている。

「…菊池、近隣の小土豪たちを招集する前に、話しておきたいことがある」

利雨は、神妙な面持ちで言った。

「何でございますか、若様」

菊池は、利雨の表情から只事ではないことを察した。

「父上からもらった治認状のことだが」

利雨は、懐から一枚の紙を取り出した。それは、上桐黄祇邦伯高嗣から与えられた、白北山地を治めることを認める書だった。

「はい。この治認状があれば、小土豪たちも若様を領主として認めるでしょう」

菊池は、証書を受け取り、内容を確認した。

「そうだな。だが、これだけでは心許ない。小土豪たちは、若く経験の浅い私を簡単に受け入れてくれるとは思えない」

利雨は、不安そうに言った。

「…確かに、左様かもしれません」

菊池も、利雨の懸念を理解していた。白北山地の小土豪たちは、代々この地で勢力を築いてきた者たちだ。名ばかりの領主である利雨に、簡単に従うとは思えない。

「…そこで、考えたのだが…」

利雨は、少し躊躇しながら言葉を続けた。

「この治認状に、少しだけ手を加えようと思う」

「…手を加えるとは?」

菊池は、利雨の真意を測りかねた。

「例えば、父上より官位を授けられたとか、柵葉国との緊張が高まっているとか…」

利雨は、少し申し訳なさそうに言った。

「…それは、全うな方法とは言えませんな」

菊池は、眉をひそめた。しかし、すぐに利雨の置かれた状況を理解した。

「…しかし、我らは今、存亡の危機にあります。手段を選んでいる場合ではありません」

菊池は、決意を固めたように言った。

「…そうだな。ここは一つ、賭けに出てみよう」


囲炉裏の炎がパチパチと音を立て、小屋の中を薄明かりで照らしていた。利雨は、治認状を広げ、筆を手に取った。彼は、上桐家で書生のような仕事もさせられており、達筆な字を書くことができた。

利雨は、慎重に筆を運び、治認状に新たな文章を書き加えていった。彼の表情は真剣そのもので、一文字一文字に魂を込めるように筆を走らせている。

「…白北小丞 利雨」

白北山地を治める者として相応しい響きを持つ「白北小丞」という官位を、治認状に書き加えた。 さらに、近隣の柵葉国との緊張が高まっているという情報を付け加えた。これは、小土豪たちの危機感を煽り、利雨の必要性を強調するための策だった。 そして最後に、その緊張に対抗するため、特別なスキルを持つ利雨が派遣されてきたという一文を付け加えた。利雨の持つ「オートマタ」の力を、曖昧に表現することで、小土豪たちの興味と畏怖を引き出す狙いがあった。


書き終えた利雨は、そっと息を吐き出し、改竄された治認状を手に取った。彼は、囲炉裏の炎に照らされたその紙を、しばらくの間じっと見つめていた。そこには、彼の決意、そして僅かな後ろめたさが刻まれていた。

「菊池、見てくれ」

利雨は、治認状を菊池に手渡した。菊池は、利雨から受け取った治認状を、囲炉裏の炎に近づけて、その内容をじっくりと確認した。彼の目は、書き加えられた新たな文章の一つ一つを丁寧に追っていた。

「…なるほど、これは確かに… 説得力が増しましたな」

菊池は、少し驚いたような、そしてどこか感心したような表情で、利雨を見つ書き上げられた治認状を手に、利雨は菊池と目を合わせた。

囲炉裏の炎が揺らめき、二人の表情を赤く照らし出す。その瞳には、僅かな不安と、強い決意が入り混じっていた。

「…これで、後戻りはできなくなったな」

利雨の言葉に、菊池は静かに頷いた。

「左様でございます。ですが、我らは進むしかありません。小土豪たちをまとめ上げ、この白北山地を治めるために」

菊池の力強い言葉に、利雨は深く頷いた。改竄された治認状は、彼らの運命を大きく変えることになるだろう。それは、危険な賭けであり、成功の保証はどこにもない。しかし、彼らはもう後戻りはできないのだ。

利雨は、改竄された治認状を懐にしまい、立ち上がった。

「…よし、明日から小土豪たちへの招集を始めよう。菊池、頼むぞ」

「ははっ!」

菊池は、力強く返事をした。

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