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荒れ果てた山城

数週間にも及ぶ苦難の旅路だった。狭く険しい山道は、驢馬の歩みさえも鈍らせた。周囲は鬱蒼とした木々に覆われ、昼なお薄暗い。時折、道の脇に転がる白骨化した獣の亡骸が、この地の厳しさを物語っていた。

利雨の一行は、疲れ果てていた。衣服は汚れ、顔は埃にまみれ、疲労の色が濃い。驢馬は痩せ細り、荷物は擦り切れ、その中身も乏しくなっていた。食料は市で買ってきたものが半分以下になっていた。また、途中の魔物による襲撃では3名もの犠牲者も出た。


「…これが、白北山地か。思っていたよりも、はるかに厳しい土地だな」

利雨は、馬上からほとんど平地のない、山がちな風景を見渡した。遠くには白北山地の山々が連なり、その頂は雪で覆われている。

「左様でございます、若。しかし、我らはここで生き抜かねばなりません。小騨家再興のためにも」

老侍・菊池が、利雨の側に寄り添い、力強く言った。しかし、他の家臣たちの表情はあまり明るくなかった。

「若、まずは拠点となる山城に向かいましょう」

「そうだな」

まずは拠点にたどりつきたい一点だけで、彼らはまとまっていた。


しかし、山城に着いた彼らを待ち受けていたのは、絶望的な光景だった。

石垣は崩れ落ち、建物は朽ち果て、屋根は抜け落ちている。かつての威容は見る影もなく、至る所に雑草が生い茂り、廃墟同然と化していた。

「…これが、我らの新たな拠点だと? 冗談ではない!」

家臣の一人が、怒りと落胆を露わにした。他の家臣たちも、呆然とした表情で廃墟を見つめ、肩を落とした。中には、その場にへたり込んでしまう者もいた。

この山城は、かつて柵葉国さくばのくにとの戦の最前線として、築かれたものだった。しかし、柵葉国との争いが終結すると、その役割を終え、放置されるまま荒れ果てていったのだ。

山城の内部は、さらに酷い有様だった。部屋は荒れ果て、柱は崩れ落ち、瓦礫が散乱している。かつて人が住んでいたとは思えないほど、荒廃しきっていた。

家臣たちの間に、動揺が広がった。彼らは、過酷な環境と先の見えない未来に、不安を隠せなかった。それぞれが置かれた状況や、今後の生活への不安から、異なる選択をする者も出てきた。

「若、申し訳ありません… 私は、近隣の国人へ仕官させていただきます」

「私も… 家族のことを考えると、ここに残るわけには…」

現実的な判断から、より安定した生活を求め、近隣国人へ仕官することを選ぶ者たちもいたのだ。

「皆のもの! 落ち着くのだ! 確かに、ここは厳しい環境だ。だが、我らはここで生き抜かねばならない。若と共に!」

菊池が、声を張り上げて家臣たちを諭そうとした。しかし、彼らの心は既に決まっていた。

「菊池、もうよい」

利雨は、静かに言った。彼の顔には、落胆の色はあったが、怒りや恨みはなかった。

「皆には世話になった。なんの餞別も渡せないが、せめても感状をつかわすから、しばし待っていてくれ」

利雨の言葉に、家臣たちは驚きと申し訳なさそうな表情を浮かべた。彼らは、最後の別れを告げ、次々と山城を後にしていった。


夕暮れが山城を包み込んだ。家臣たちが去った後の静寂は、まるで山全体が息を潜めているかのようだった。西の空に沈みゆく夕日は、山々を赤く染め、廃墟となった山城をオレンジ色の光で照らし出す。

僅かに残された荷物が、地面に寂しく置かれていた。食料も生活用品も、家臣たちが分け与えた後の残り僅か。これから始まる厳しい生活を物語っているようだった。

利雨は、その光景を眺めながら、深い溜息をついた。落胆や不安は消えない。しかし、どこか重荷がなくなったような安堵も同時に感じていた。

「随分と静かになったな」

利雨の呟きに、老侍・菊池が静かに頷いた。

「左様でございますな」

彼らの側に寄り添っていたのは、幼い治郎兵衛。元々は家臣の子供で、両親を亡くした後は利雨に保護されていた。

「皆、どこに行ったの?」

治郎兵衛の無邪気な問いかけに、利雨は少しだけ苦い笑みを浮かべた。

「皆、自分の道を進むことにしたのだ。治郎兵衛も、寂しいか?」

「…うん。でも、若様と菊池じいがいれば大丈夫」

治郎兵衛の言葉に、利雨はそっと頭を撫でた。

「若、まずは住める場所を探しましょう。幸い、井戸は使えるようです」

菊池が提案し、彼らは山城内を探索し始めた。崩れ落ちた壁や瓦礫を避けながら、辛うじて屋根が残っている小屋を見つけた。

「ああ、頼む。そして、食料の確保も考えねばな。市で買った食べ物はほとんどなくなってしまった。狩りや山菜採りも覚えないと」

利雨の言葉に、菊池は力強く頷いた。

「山仕事は、この菊池にお任せください。」

利雨は、治郎兵衛を抱き上げながら、僅かに笑みを浮かべた。

「…ああ、そうだな。皆で力を合わせて、ここで生き抜いていこう」

彼らは、見つけた小屋に入り、囲炉裏に火を起こした。僅かな薪がパチパチと音を立て、オレンジ色の炎が小屋を照らし出す。暖かな火にあたりながら、わずかな食事を分け合った。

柵葉国は出羽国をモチーフにしました。

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