魔石の隠し場所
夕日が山々に沈み、山城をオレンジ色の光が包む。廃墟だった山城も、少しずつ人の手が加えられ、生活の息吹が感じられるようになってきた。門の前では、治郎兵衛が満面の笑みを浮かべて利雨と菊池を出迎えている。
「若様! 菊池じい! お帰りなさい!」
「ただいま、治郎兵衛。留守番、ありがとう」
利雨は、治郎兵衛の笑顔を見て、心から安堵した。彼を守るためにも、白北山地を必ず発展させると、改めて決意する。
治郎兵衛の視線が、利雨の足元に座る白い狐へと移る。
「わぁ、可愛い狐さん! どこで見つけたの?」
「ああ、廃鉱山で見つけたんだ。人懐っこくて、俺の後をついてくるんだよ」
治郎兵衛は、白い狐に近づき、優しく撫でながら話しかけた。
「毛並みが、とっても綺麗だね」
シロは、利雨をちらりと見てから、小さく「コン」と鳴いた。
「わあ、まるで言葉が通じているみたい。かわいい~」
治郎兵衛は、シロの愛らしい仕草に、目を細めた。シロは、利雨の意図を察し、狐らしい鳴き声で返事をする。利雨は、そんなシロを見て、内心で感心していた。
ーー
夜空に浮かぶ月が、廃墟となった山城を淡く照らし出す。昼間の活気は影を潜め、静寂に包まれた山城。利雨の部屋では、暖炉の火がパチパチと音を立てて燃えている。温かな光が、三人の顔を照らし、影を壁に揺らめかせる。
利雨と菊池は、真剣な表情で、テーブルの上に置かれた魔石を見つめていた。それは、廃坑から持ち帰った、ほんの一握りの魔石だった。
白い狐の姿をしたシロは、治郎兵衛と一緒に、暖炉の前で丸くなって眠っている。しかし、その耳はぴくりと動き、利雨たちの会話に耳を傾けている様子が伺える。
「それにしても、シロが見つけて隠してきたあの魔石、できれば、あの廃坑から、この山城のどこか人目のつかない場所に移したいのだが…」
利雨は、眉間に皺を寄せながら呟いた。
「確かに、あの廃坑は、あまりにも人里離れておりますからな。しかし、あれだけの量の魔石を、どうやって運び出すというのです?」
菊池は、腕を組み、難しい顔で答えた。
「それが、問題なんだ。人手も、時間も足りない…」
利雨の言葉に、シロは目を覚まし、利雨の方を見て言った。
「私が、魔石を運びましょうか?」
「え? シロ、お前が? でも、どうやって…?」
利雨は、驚きを隠せない。
「心配ありません。私に任せてください」
シロは、静かに、しかし自信に満ちた口調で答えた。
「しかし、シロ殿。夜間の山道は危険ですぞ。魔物が出るかもしれません」
菊池は、シロの身を案じた。
「問題ありません。脅威分析は完了し、位置関係は把握できています」
シロは、きっぱりと断言した。
「シロ、本当に大丈夫なのか?」
利雨は、まだ半信半疑だった。
「大丈夫です。すぐに、行ってきます」
シロは、そう言うと、窓から飛び出し、夜の闇の中へと消えていった。利雨と菊池は、顔を見合わせ、言葉を失った。シロのあまりにもあっけない行動に、驚きを隠せない様子だった。
シロが窓から飛び出すと、部屋には静寂が訪れた。暖炉の火だけがパチパチと音を立てて燃え続け、二人の影を壁に揺らめかせる。利雨は、シロが消えた窓の外を、しばらくの間見つめていた。
「菊池、今の… 見たよな? シロは… 一体、どれほどの力を持っているんだ…?」
「ええ、この目で見ていなかったら、とても信じられぬ速さでしたな。」
「あの廃坑での出来事… まるで夢のようだ。スキルが発動し、オークが現れ、シロが… そして、大量の魔石…」
利雨は、まるで独り言のように呟いた。
「若様… このスキルと、シロ殿の存在は… 重大な秘密でございます。安易に、他言すべきでは…」
菊池は、利雨の言葉に、真剣な表情で忠告した。
「ああ、わかっている。この秘密は、俺と菊池だけのものだ」
利雨は、力強く頷いた。
「しかし、若様。シロが魔石を持って帰ってきたとして、どのように使うおつもりで? 別のオートマタを召喚なさいますか? それとも…」
「うむ。そこよな。」
「魔石は、高値で売れるでしょう。米や、他の物資を手に入れることも…」
「それも、一つの選択肢だな。だが、もっと… 別の使い道があるかもしれない…」
利雨と菊池は今後の方策について、話し合いを続けていた。ふと菊池が、炉の薪が少なくなってきたことに気づき、薪を足そうと、立ち上がった時、
「なんだ!? もう戻ったのか!?」
利雨は、窓の外から流れ込む白い光に驚き、思わず声を上げた。菊池もまた、信じられないという顔で、光の方を見つめている。
大量の魔石を宙に浮かばせ、シロが部屋に戻ってきたのだ。赤、青、緑… 色とりどりの魔石が、まるで宝石の雲のように、シロの周りを漂っている。その光景は、幻想的で、どこか神秘的な美しさを感じさせる。
「ただいま戻りました。魔石を回収してきましたが、どこに置けば良いでしょうか?」
シロは、いつもの機械的な口調で尋ねた。
「早すぎる… いくらなんでも、早すぎるぞ…」
菊池は、呆然と呟いた。
「…シロ、お前は、本当に… すごいな…」
利雨は、シロの能力の高さに改めて感嘆した。
「ありがとうございます。では、指示をお願いします」
「ああ、そうだな。この山城の奥に… まだ修理が終わっていない、誰も近寄らない場所がある。そこに、隠そう」
利雨は、山城の奥深く、かつては庭園だった場所を思い浮かべた。今は、草木が生い茂り、廃墟と化している。人通りはほとんどなく、魔石を隠すには絶好の場所だった。
「かしこまりました」
シロは、静かに頷くと、利雨と菊池を先導するように、部屋を出ていった。大量の魔石は、まるでシロに従うように、静かにその後ろをついていく。
シロは、利雨と菊池の後をついて、山城の奥へと進んだ。
指定された場所に辿り着くと、シロは、宙に浮かせていた魔石を、静かに地面に下ろした。その量の多さに、利雨と菊池は改めて唖然とする。
「こんなにたくさんの魔石… 一体、どうしたもんか…?」
利雨は、どこか呻くように言った。