偽りの奇跡
大量の魔石が、利雨の足元に宝石の山のように積み上がっていた。赤、青、緑、紫… 色とりどりの輝きは、薄暗い坑道内を幻想的な光で満たしている。利雨は、その美しさに一瞬見惚れたが、すぐに現実へと引き戻された。
「こんなにたくさん… どうやって隠せば…」
利雨は、膝を抱えて座り込み、慌てて魔石を袋に詰め込もうとした。額には汗が滲み、焦りで手が震える。隣では、シロが白い狐の姿に変身し、心配そうに尻尾を振っている。その白い毛並みが、魔石の光に照らされ、まるで雪のように輝いていた。
その時、坑道の入り口付近に立つ菊池が、息を呑む音が聞こえた。利雨は、菊池の視線の先、坑道の入り口に目を向けた。松明の光が、徐々に近づいてくる。
「…若様…!」
菊池は、声にならない声で、利雨に警告を発した。利雨は、血の気が引くのを感じた。源吉が、ここまで来てしまったのだ。
焦りで思考が停止しそうになる。しかし、利雨は、必死に冷静さを保とうとした。この大量の魔石を、源吉に見られてはならない。
どうすればいい?
利雨は、必死に解決策を探そうとした。
「小丞様!」
源吉の呼ぶ声が、大きく響く。利雨は、ますます焦りを募らせた。大量の魔石を前に、思考が凍り付くようだった。どうすれば、この魔石を源吉に見られずに済むのか。
その時、白い狐の姿をしたシロが、利雨の顔を見つめ、静かに言った。
「利雨様、ご安心ください。私が、魔石を安全な場所へ移動させます」
「え…? でも、どうやって…?」
利雨は、半信半疑だった。シロは、利雨の疑問に答えるように、前脚を魔石の山に軽く触れた。
次の瞬間、利雨は目を疑った。
一つ、また一つと、魔石が宙に浮き上がり始める。それは、まるで重力に逆らうかのような、不思議な光景だった。色とりどりの魔石が、音もなく静かに宙を舞い、坑道内を幻想的な光で満たす。その様子は、まるで宝石の川が流れているかのように美しい。
「お、おお…!」
利雨は、驚きを隠せない。菊池もまた、信じられないという顔で、シロの能力を見つめていた。
「な、なんと…!?」
「では、行ってきます」
シロは、浮遊する魔石を従え、洞窟の奥へと消えていった。その間も、源吉の足音は、確実に近づいてきていた。
「小丞様! 菊池殿! ご無事で… よかった…!」
息を切らした源吉が、二人の前に姿を現した。額には汗が滲み、安堵と疲労の色が浮かんでいる。利雨と菊池は、源吉の姿を見て、ホッと息をついた。しかし、二人の表情には、まだ緊張の色が残っていた。
「源吉殿… なぜ、ここに…?」
利雨は、驚きを隠せない様子で尋ねた。
「お二人が、なかなか戻られぬので… 心配になりまして… 掟破りとは承知の上で… ここまで来てしまいました…」
源吉は、申し訳なさそうに答えた。彼の視線が、利雨の足元に座る白い狐へと向けられる。
「しかし、これは… いったい何が…」
源吉は、目を丸くした。白い狐の姿をしたシロは、源吉の視線を感じ、耳をぴくぴくっと動かした。
たった今坑道の奥に行ったにも拘わらず、もう戻ってきたシロに、内心驚きつつ、利雨は、とっさに機転を利かせた。
「実は、スキルで、この廃坑に満ちていた負の気配を鎮めたところ… 白北山地の山神様の使いである、白い狐が現れたのだ」
利雨は、神妙な表情で、嘘の説明をした。
「なんと…!」
源吉は、利雨の説明に、目を輝かせた。源吉はもちろん、白北山地に住まう者の多くは、白北山地を深く信仰しており、白い狐の出現は、彼にとって奇跡のような出来事だった。
「これは、白北山地にとって、吉兆である。」
利雨は、少しだけ口元を緩めて言った。菊池は、利雨の言葉に驚きながらも、彼の機転の速さに内心感心していた。
「なんと…!」
源吉は、目を潤ませながら、白い狐に深々と頭を下げた。彼の顔には、畏敬の念と、深い信仰心が見て取れる。
「こ、これは… まさか… 山神様の使いが… わたくしの目の前に…
恐れ多くも、わたくし、大滝村の長、源吉と申します。このような、つまらぬ者の前に、お姿を現してくださったこと… 感謝いたします…」
源吉は、震える声で、白い狐に語りかけた。シロは、源吉の突然の行動に驚き、首を傾げた。黒曜石のような瞳が、きょとんと源吉を見つめている。
「…コン!」
シロは、少し間を置いて、鳴き声を上げた。
「…っ! 鳴き声が… なんと、神々しい…」
源吉は、感動のあまり、言葉を失った。利雨は、そんな源吉の姿を見ながら、思わず、小さく冷笑してしまった。
まさか、あの源吉が、こんなにも簡単に騙されるとは。狐の鳴き声に、神々しさなどない。あれは、シロが適当に発した音に過ぎない。苦し紛れの嘘だったというのに。
「上桐本家が私を白北山地に遣わした意をご理解いただけましたかな」
源吉は、深く頷き、白い狐に祈りを捧げ続けている。その姿は、先日までの老獪な村長の面影はなく、ただただ、信仰に心酔する一人の老人のように見えた。
「ありがたや… ありがたや…」
源吉は、白い狐に額を擦り付けるようにして、何度も拝礼を繰り返していた。
「源吉殿、お使い様もお困りの様子である。お立ちくだされ」
利雨の声に、源吉はハッと我に返り、ゆっくりと立ち上がった。
「これはお見苦しいところを失礼いたしました。しかし...山神様のお使いとは。初めてのことじゃ。!...この、源吉、小丞様のお力、しかと見届けました。これより、我ら大滝村は、小丞様に命を捧げ、白北山地の発展に尽くします」
利雨は、源吉の言葉に満足げに頷いた。
「残念ながら魔鉱石は見つからなかったが、スキルがきちんと使えることも確認でき、その上、山神様のお使いまで迎えられた。今回はこれで良しとしよう」
利雨は、白い狐と共に、坑道の外へと歩みを進めた。菊池は、そんな二人の後を、少し複雑な表情でついていく。源吉は、相変わらず、白い狐に恐縮しきりの様子であった。