召喚の条件
洞窟の奥からの激しい光が消え、不気味な音も止んだ。再び静寂が坑道に戻ってくる。利雨と菊池は、安堵の息を吐き、互いに顔を見合わせた。
「シロ、戻ったのか? 大丈夫だったのか…?」
利雨は、安堵と同時に、シロの身を案じていた。
次の瞬間、白い閃光が二人の目の前に現れる。それは、まるで瞬間移動したかのように、あっという間に坑道の入り口付近から戻ってきたシロだった。
「はい。敵性存在、排除しました。しかし…」
シロの機械的な声が響く。利雨は、シロの無事を確認し、胸を撫で下ろした。しかし、シロの言葉は、まだ終わっていなかった。
「しかし…?」
菊池が、シロの言葉を促すように尋ねた。シロの球体は、再び高速で回転し始め、黒曜石の目が不気味に光る。その様子は、まるで嵐の前の静けさのように、不穏な空気を漂わせていた。
「反対側の通路にも、複数の生命反応を感知しました。脅威レベルは、先程のものと同等です」
「なんだって? まだ、魔物が…」
利雨は、驚きを隠せない。反対側の通路は、闇に包まれ、何も見えない。しかし、そこから、かすかな獣の唸り声や、何かが這いずり回るような音が聞こえてきた。
「利雨様への脅威を未然に防ぐため、反対側の通路も探索し、敵性存在を排除します」
シロは、淡々と告げた。
「ま、待て! シロ! そんなに連続で戦って、大丈夫なのか?」
菊池は、シロの身を案じて、反対側の通路へ行くことを止めようとした。
「問題ありません。私は、疲労を感じません」
シロは、菊池の心配をよそに、静かに答えた。そして、次の瞬間、再び目にも留まらぬ速さで、反対側の通路の奥へと消えていった。
反対側の通路の奥からも、しばらくの間、光の点滅が続いていた。それは、まるで遠くで雷雨が起こっているかのような、不気味で幻想的な光景だった。利雨と菊池は、シロが無事に戻ってくることを祈りながら、その光を見守っていた。
やがて、光が消え、再び静寂が訪れる。
「…シロ、大丈夫だろうか…」
利雨が不安そうに呟いていたが、次の瞬間、白い閃光と共にシロが二人の前に戻ってきた。
「反対側の通路の敵性存在も、全て排除しました」
シロは、淡々と報告した。
その時、シロは、利雨と菊池が手に持っている赤い石に気づいた。
「その石がご入用ですか? 集めて参りましょうか?」
シロは、利雨たちに尋ねた。
「え? ああ、頼めるなら…」
しばらくすると、シロが戻ってきた。シロの周りには、大小様々な色とりどりの魔石が、宙に浮かび、キラキラと輝いている。その光景は、まるで宝石箱をひっくり返したかのような、まばゆいばかりの美しさだった。
「こんなにたくさん…!」
利雨は、驚きを隠せない。
シロは、利雨たちの前に移動すると、宙に浮かせていた魔石を、彼らの足元にどさっと落とした。
「…これは、一体…?」
利雨の足元に、色とりどりの魔石の山が築かれていた。赤、青、緑、紫… 大小さまざまな形の魔石が、まるで宝石のように輝き、周囲を淡く照らし出している。その光景は、美しくも不思議な力を感じさせるものだった。
「ま、また… あの画面が…」
魔石の光に照らされながら、利雨の目の前に、あの青白い半透明の四角形が再び浮かび上がってきた。そこには、「スキル【オートマタ】発動可能。複数体召喚可能」の文字がはっきりと表示されている。
「これは… 一体どういうことです? 若様、この光は…」
菊池もまた、驚きを隠せない様子で、画面と魔石の山を交互に見つめた。彼は、この現象が何を意味するのか、まだ理解できていない。
「どうやら、俺のスキルは… 魔石の力を使うことで発動するみたいだ」
利雨は、驚きと興奮を抑えきれない様子で、画面を見つめながら言った。彼の瞳には、魔石の力によってスキルが発動することを理解した、確かな光が宿っている。
「魔石の力…? しかし、なぜ…」
菊池は、首を傾げた。
「わからない。だが、これで… もっとたくさんのオートマタを召喚できるかもしれない…」
利雨は、画面に表示された「複数体召喚可能」の文字に、目を輝かせた。彼は、シロのようなオートマタを、もっとたくさん召喚できるかもしれないという可能性に、心を躍らせていた。
その時だった。
「小丞様ぁ~ ご無事ですかぁ~~」
坑道の入り口から、源吉の呼ぶ声がかすかに聞こえてきた。利雨は、我に返り、そして、とっさに一連の出来事をまだ広く明かすべきではないと判断した。
「源吉の声だ!こ、この状況はまずいぞ。 」
利雨は、源吉の声に焦り、慌てて魔石の山を布袋に詰め込み始めた。その重さに驚き、思わずよろめく。ずっしりと重い。これだけの魔石があれば、一体どれだけのオートマタを召喚できるのだろうか。
「若様、お待ちください! シロはどうなさいます?」
菊池は、利雨とは対照的に冷静だった。利雨は、菊池の言葉でハッとした。
「あ、そうだった! シロ、お前はどうする?」
利雨の問いかけに、シロは黒曜石の目をキョロキョロと動かしながら答えた。
「私は、必要に応じて、様々な姿に変身することができます」
「変身…? 本当か?」
利雨は、シロの言葉に驚き、目を丸くした。
「はい。どのような姿にも変身できます」
シロは、機械的な声ながらも、自信に満ちた口調で答えた。
利雨は、一瞬考え込んだ後、決断を下した。
「ならば… 狐の姿に変身して、俺と一緒に来てくれ」
利雨は、菊池の方を見て、真剣な表情で言った。
「菊池、それと… シロのこと、それと… 魔石のこと… それから、俺のスキルのことも… 当分の間、三人だけの秘密だ。いいな?」
菊池は、利雨の真剣な表情を見て、静かに頷いた。
「かしこまりました、若様」
「了解しました」
シロも、利雨の指示に従った。
次の瞬間、シロの体が白く光り始める。光が収まると、そこには、真っ白な毛並みを持つ、小柄な狐の姿があった。狐は、くるりと尻尾を揺らし、利雨を見上げる。
利雨は、白い狐となったシロを連れて、菊池と共に、坑道の入り口へと急いだ。源吉の声は、次第に大きくなってきていた。