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「……なんなんだ、あいつは」
あまりにも目まぐるしい状況の変化の果て、その静けさの中で、トリルは至極まっとうな問いを口にする。
突如現れた、アルゴス。
突如現れた、キマイラ。
それら全てを一瞬で退けた、“片翼”。
トリルがまず第一に受けた印象は、「勝てない」であった。
アルゴスは得体のしれない存在だ。波形が消える最後の瞬間まで、如何な能力を保有していたのかわからずじまいだったが、それでも奴は、既に確認済みの、既知のF.D.Eだ。
一方の“片翼”は、そもそも存在自体が謎だ。
知っている情報と言えば、今目にしている姿と、規格外の戦闘能力だけ。
果たして次、何をしてくるか。自分たちは何をすべきか。混乱に押し負けぬようにトリルが思考する中――
「あの!!」
ファナがわざわざ自分の存在を誇示するように“片翼”に向けて両手をあげて、振り、呼びかける。
トリルもアリッサも、予想外の行動を目の当たりにして動きが止まっていたが、これはまだ序の口だった。
「助けてくれて、ありがとうございましたっ!!」
なんで、という声すら出せないほど唖然とするトリル。
ファナの様子はまるで、大塔内で他のパーティに遭遇し、たまたま助けてもらったかのようだった。
それほどにファナからは、“片翼”に対しての警戒心と敵意がなくなっていたのだ。
いくらF.D.Eより自分たちに近しい――ように見えるだけ――だからといって、あまりにも早計だ。
トリルが“片翼”に目を向けると、“片翼”は天を向いていた状態からファナ達のの方へ向き直る。
まともに動けないのは承知の上で武装を構えようとするトリルだったが、ファナがそれを手で制す。トリルはその瞬間、ファナが本気でこの“片翼”に対して接触を試みようとしていることを理解させられた。
「あたしはファナ。あたしたちはA.E。この塔を探索する者。塔の謎を解明しようとする者」
端的に、自分たちが何者であるかをファナは口にする。
一方の“片翼”は、漆黒のバイザーの奥にその視線を隠しながら、ファナ達と相対している。
「あなたは、人間? あなたは、あたしたちと同じ存在? あなたは、敵?」
言葉の合間合間に生じる僅かな間が、恐ろしく長いものに感じられた。
「さっきの直接呼びかけてくる声で構わないから、話して。私は、あなたを知りたい」
ファナが今度は身振り手振りを交え、呼びかける。
それでも“片翼”は、ただただファナ達の方を向いて立つのみであった。
「…………あなたは、ひとりなの?」
その問いだけは、トリルにもアリッサにも何故現れたのかが理解が追い付かなかった。
それがきっかけであったかどうかは定かではないが、問いの言葉が周囲に溶けきると共に、“片翼”の背後に突如、アルゴスが開いたのと同じようなゲートが開かれる。
「――待って! まだ行かないで!!」
ファナが“片翼”の方に手を伸ばし、呼びかける。
「――――お前たちの、上位者に、伝えろ」
――それは、紛れもなく“片翼”から発せられた言葉であった。
突然自分たちと同じように口を開き言葉を発し伝えてきた事実が、ファナの動きを止める。
「この塔に、関わるな」
“片翼”が一歩後ずさる。
「塔に、挑むな」
そう言って、さらにもう一歩後ずさり――
“片翼”はそのまま、空間に穿たれたゲートの向こうに消え、そして――――ゲートは閉じられた。
こうして、第一階層最深部は、歪になりながらも、静寂を取り戻したのだった――――