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EXPLORER GIRLS -Children of Sandbox-  作者: 彼岸堂流
5/11

4


 【F1-20 始原ノ迷宮】

 【最奥部】

 【混沌ノ御座/ゲート2】



 

 ファナ達『黎明を往く者』が異変の原因調査のためセーフエリアD4を発ち、数時間。

 三人は第三階層相当の敵性生物が跋扈する迷宮を駆け、時にそれらを蹴散らし、最短で奥へ奥へと進行し、ついに第一階層において最も木々が多い最奥部に到達する。

 そこは、異様な量の樹木が歪に絡まり合い、巨大なドームとなって第二階層へのゲートを隠す場所。

 の、はずだった。

「――何だ、これ」

 ファナは、目の前に広がる異変を前にしてそう言葉を漏らした。

 後に続いてきたトリルとアリッサも、その光景を前に目を見開く。

 『絡み合った樹木の成す巨大なドーム』という、見知ったものはそこにはない。

 一面の焦土。

 未だ勢い止まぬ炎が盛る地面。

 誰がどう見ても――――壊滅的で、不自然なまでに見晴らしの良くなった光景が広がっている。

 想定していたものとかけ離れた事態を前にし、ファナ達が瞬間的に思うことは多々あった。

 ここは本当にゲートのある場所か?

 何故こんなことに?

 何が燃やした?

 何の炎だ?

 ゲート前のセーフエリアにいた者は?

 だが、それらの疑問を全て黙らせるような、後回しにできない異常がファナ達の瞳に既に映っていた。

 かつて、ドームがあった場所。その内側。

 光輝く巨大な球のようなゲートが存在していたはずの地点。その中空。

 そこに広がる歪な、四方に茨が伸びたかのような、黒いヒビ。

 そのヒビは、ファナ達歴戦のA.Eにとっても未知の現象であった。

 これが今回の異変の原因に関わるものであることは間違いない、そうファナ達が直感した瞬間――

 ヒビから、一匹のワイバーンが顔を出す。

 ワイバーンは身をよじり、狭い穴を通るかのように動き、身体を出し、翼を広げ、尾を出し、ついに全身を現し、第一階層にその足をつけた。

「……なるほど。そういう感じね」

 決定的な証拠を前にしたファナは、不敵に笑う。

 ワイバーンはファナ達の存在に気づくとすぐさま宙に飛び立ち、空中で翼を広げ、勢いをつけて滑空し襲い掛かってくる。

 が、これに対しトリルが素早く二挺の銃を構え、六発のフォトン弾を放つ。

 弾丸はワイバーンの翼と頭部、胸部をそれぞれが正確に貫き、ワイバーンは絶命しながらファナ達の後方に墜落した。

「トリル、あのヒビの分析(アナライズ)は――」

「もうしてるけど、ダメだ。データベースにはまるで引っ掛からない。アリッサの方で何かわかる?」

「ん……既存のゲートとは違うってことしか……フォトンの流れも滅茶苦茶で……なんだろう。一つの場所に二つがあるような……揺らぎ?」

 それを聞いてファナが「んー」と唸りながら腕を組み、今もなお微かに震えているヒビを見つめる。

「ひとまずワイバーンが出ないように塞げたりとかできないかなぁ。もっと接近してみようか」

「いや、あれを見つけた時点でボク達の目的は達成できている。ここは一度戻って報告をした方が――」

 トリルの言葉が突如止まる。その原因は再び起きたヒビの異常――――ワイバーンの出現にあった。

 ただし今度は一匹ではなく、群れだ。

 連なる唸り声とともに、ヒビが広がり、その首が、翼が、脚がいくつも現れ、たちまち咆哮の重奏となる。

 三人は臨戦態勢に入らざるを得なかった。

「出てきた分はひとまず倒すとして、その後は――」

「倒してから考えよう!」

 ワイバーンの群れが次々とヒビから飛び立ち、空中で翼を広げ、ファナ達の背後にある仲間の骸を見つけては、更に猛る。

 ファナが両手を合わせ、フォトンドライブの駆動を戦闘状態に移行し、大技で一気にその群れを薙ぎ払おうと構える。

 が――


 ――――爆炎。


「なッ――!?」

 吹き荒れる熱。赤光。

 ファナ達の視界が暴力的な赤で支配される中、それぞれが咄嗟にACSに搭載された基礎装備である球形のフォトンシールドを展開し、且つ脚部装備からスパイクを突出させ地面に穿ち、衝撃波で吹き飛ばされるのを防ぐ。

 ファナは目が眩む前に確かに見た。

 ワイバーンが湧いてくる黒いヒビ、その奥底から、爆炎が迸ってきた瞬間を。

 同時にファナは、直感していた。

 自分は、この炎の正体を、知っている――

 ワイバーンの、焼き焦がされ、あるいは衝撃波でずたずたになった骸が、黒い塵となって焦土に落ちていく。

 その光景と重なるように、ファナ達の網膜に、焔のそれとは違う、アラートの赤が示される。


 ――――警告。

 ――――既知の危険認定済み波形と合致。

 ――――パターン【F.D.E】

 

 その表示を視認した瞬間、ファナ達はフォトンドライブを全開の戦闘駆動に切り替える。

 彼女たちの体から放たれたフォトンの輝きが、周辺に残る残炎を切り裂き、視界を晴らす。

 対して――

 黒いヒビから爆炎と共に現れた“それ”が、ファナ達に向け一歩、音を鳴らし踏み出す。

 

「――活きの良い奴がいるなァ」


 ――――“それ”は、一見するとファナ達と同じ、人型の、女性に見えた。

 しかし、その印象はすぐに崩れる。

 現れた“それ”の両腕には、規格外の巨大な装甲で包まれており、また、人であることを否定するかの如く、長大な鋼の尾が“それ”の背後で踊っていた。

 加えて、その全身を包み、燃え盛る業火。それはフォトンが炎状に変質して放出されているものであり――

 極めつきは、“それ”の鋼の左手に握られた、暴威の象徴たる巨大な鎌。その刃は自らが纏う炎の光を反射し、存在をこの場において主張していた。

 A.EのACSと似た、しかしながら全く別種の装備。

 ファナ達はそれを知っている。

 その存在を、覚えている。

 黒いヒビから現れたこの、自分達人間を模したかのような、それでいて全く異なる存在。

 彼の存在こそが、この大塔における"試練"。

 各階層の守護者。

 人類の敵対者。

 未知の支配者。

 

 ――――Floor Domination Enemy


「ニーズホッグ……!!」

 アリッサが思わずその識別名を口にする。

 すると、ニーズホッグと呼ばれた彼の存在は口角を吊り上げる。

「カカッ――――そういえばお前達は、『俺』をそう呼んでいたな」

 ずん、と。その重量をもって、焦土に再び足跡を刻むニーズホッグ。

 瞬間、ファナ達三人の思考が完全に一致する。

 何故ニーズホッグが生きているのか、と。

 その疑問が彼女達の中に生じるには幾つかの理由があるが、最たるものは一つ。

 ニーズホッグは、かつて第三階層を支配していた守護者であるということだ。

 

 ――“F.D.E”。

 それは、大塔の各階層に存在する守護者のカテゴリ名。

 いずれも人間に近似した体躯をベースに、ACSに似た武装や装甲を持ち、人間の理解できる言語を用いる共通点がある。

 だが、一様に敵対的。

 そして、何れの個体も例外なく圧倒的な身体能力と規格外のフォトン出力を持つ。

 A.Eと共通する部分。

 それは、A.EとF.D.Eは共にフォトンを行使する存在であること。

 A.Eと異なる部分。

 それは、A.Eは自らの身体の一部、もしくは全身を機械化しACSと接続することで、フォトンの炉心たるフォトンドライブを制御下に置いているのに対し――

 F.D.Eは、その生体部分に直接フォトンドライブを埋め込んでいること。

 人類は未だ、機械化無くしてフォトンドライブと人体を連結する技術に至っていない。

 だがF.D.Eは生体部分とフォトンドライブの完全融合を成立させており、仮に同じスペックのフォトンドライブであっても、A.Eのパフォーマンスを遥かに上回る戦術を可能とする。

 そうした強力な個体が、今日まで各階層最奥部にある『ゲート』を守護しており、A.Eはゲートを開放し次の階層に赴くために、このF.D.E.と対峙してきた歴史があった。

 人類が多大な犠牲を払い、これまで攻略してきた階層は、第三階層まで。

 第四階層は最上位A.Eによる攻略が今も進行している状態であり――――

 言い換えばそれは、第一・第二・第三階層を守護する三体のF.D.Eとは、既に交戦済みということを指す。

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(なのに――)

 ファナ達の拡張視界内では、アナライザーが彼の存在を「G.U.I.L.Dのデータベース上にあるニーズホッグと近似と判断した」ことを表示している。

(おかしい)

 ファナは思う。

 ニーズホッグが生きていることがおかしいのではない。

 おかしいのは、目の前のニーズホッグが、データよりもはるかに高いフォトン放出量を放っていることだ。

 自分達が知るニーズホッグより、目の前にいるニーズホッグは、遥かに強い。

 それがファナ達にはわかってしまった。

 

「――――お前達がエラーかァ?」


 ニーズホッグがそう問いを発しただけで、ファナ達にかかる威圧感がさらに凄まじいものに変わる。

 しかしファナ達はその威圧に気圧されることなく、ニーズホッグを見据え、その中でトリルが一歩踏み出す。

「――ニーズホッグ! 何故、お前が生きている!」

 トリルに問い返され、ニーズホッグは「あ?」と首を傾げた。

「質問してンのは俺の方だぞ?」

「お前は既に消滅したはずだ! それともお前は、別の個体なのか!?」

「んァ、待てよ待て待て。そう言うってことは……お前等、ハズレか? にしては値が随分と浮ついてやがるな。じゃないと俺がここに来るはずねェんだが――」

「答えろ!」

「いいや、めんどくせェ」

 かみ合わない会話を断ち切るように、ニーズホッグが自身の巨大な右手をファナ達の方に突き出す。

権能行使ドミネイション――――」

 その掌に砲らしきものが埋め込まれているのをファナ達が視認した、瞬間――

紅炎プロミネンス

 迸る爆炎。

 ニーズホッグの掌、その砲口から放たれたフォトンの焔が、一瞬で拡散し、地を薙ぐ津波の如くファナ達に襲い掛かり、飲み込み、彼女達のはるか後方まで焼き尽くしていく。 

「――――さァて、どうなる?」

 自らの放った炎の揺らぎを見つつニーズホッグが呟くと、直後、雷のような音が走ると共に、ニーズホッグの視界を埋め尽くしていた炎の大半が吹き飛んだ。

 そして、蒼い光に全身を包まれたファナ達三人の姿が現れる。

 その内ファナは、フォトンの大剣を両手にそれぞれ持ち、それを振るった状態でいた。

「アリッサ、ありがとう」

「しばらくはこれでもたせるけど、無茶はできないから……!」

 ファナ達を包む蒼光は、アリッサが音声入力を省略し即時発動させた、極めて強度の高い耐熱フォトンシールドであった。

 凡庸なA.Eが同じ強度の障壁を張ろうとすれば、音声入力込みの正規手順を用いた上で且つ起動に時間を要するものである。

 だが、ACSワイズマンの演算力とアリッサの常軌を逸したACS操作技術があれば、容易なことであった。

 ニーズホッグはアリッサの早業を悟り、舌なめずりをする。

「決まりだ。お前等がどっちかなンざどうでもいい。遊べる奴とわかれば、俺のすることは一つ」

 ニーズホッグの全身を包む炎が、猛々しさを増す。

「なァ!! 戦ろうぜ人間ッ!! 戦るよなァ!?」

 対するファナ達は――

「熱烈なの、もらっちゃったよ」

 場を包む熱気と威圧感をその身に受けながらも、冷静さを保っていた。

「さっきの出力といい、データ上のニーズホッグとは別物だ。ファナ、どうする?」

「今逃げても、アイツが暴れてもっと大変なことになるだろうし――――ラブコールに応えちゃおうか」

 にっとファナが笑みを浮かべる。そこには恐れなど微塵も存在していない。

「……そうだね。止められるのはボク達だけだ。それに、何より――」

「何より?」

「G.U.I.L.Dに突き出す成果としては、十分すぎる」

「だね。アリッサ、いける?」

「うん。いつでも……!」

「よし。じゃあ――――」

 ファナが左手に握っていた大剣をフォトンの粒子に還し、その粒子を、右手に握る大剣の方に集中させる。

 フォトンが新たに加わったことで輝きが増した大剣は、次の瞬間、短剣ほどのサイズに姿を変えた。

「行くよッ!」

 ファナの号令。

 それと共に、ファナとトリルが地面を吹き飛ばす勢いで踏み込み、弾丸の如き速度で駆け出す。

 ファナはニーズホッグの真正面から、最短距離を詰めるように進む。

 一方のトリルは、ニーズホッグの左手側――大鎌を持つ方から迂回するように駆ける。

 敵が二手に分かれたことを認識したニーズホッグは、まず正面から迫るファナに対して意識を向ける。

 トリルはニーズホッグの注意が自分ではなくファナの方に向いたことを認識すると――

「戦術解放・連射弐式ラピッドファイア

 駆けながら、二挺の銃をニーズホッグに向け、引き金を引く。

 連なる破裂音。

 銃口から放たれた光弾は、その凄まじい連射速度により光弾と光弾の間隔がほぼ無く、もはや二つの光線であった。

 線はファナの方を向くニーズホッグへと正確に伸び――――着弾。

 ニーズホッグの身体を纏っていた炎が吹き飛び、弾け飛んだフォトンの光が戦場に煌めく。

 トリルは着弾を確認してもなお、連射し続ける。が――

「―――ぅるァッ!!!!」

 咆哮。

 ニーズホッグはトリルの攻撃を受けながらも体勢を崩さず、それどころか連射による光線を薙ぎ払うように、強引に左手の大鎌をトリルの方へ振り上げる。

 するとその一振りに呼応するかのようにニーズホッグの眼前に火柱が立ち、火柱はそのまま光弾を防ぐ壁となって、津波の如くトリルに襲い掛かる。

 既に放たれていた光弾は、波により着弾前に爆ぜて消え、トリルはそれを確認すると連射を止め、迫りくる炎壁の軌道から逃れるように方向転換する。

(やはり、かすり傷にもならないか――)

 トリルは自身の銃撃で、ニーズホッグにフォトン攻撃が有効ではないことを確認する。

 G.U.I.L.Dのデータベースによれば、ニーズホッグの特徴は人間のような姿からは想像し難い強固な外皮と、それを覆う更に頑強な装甲にある。

 装甲自体に耐フォトンのコーティングのようなものが為されており、更に体内から炎のように溢れ出るフォトンが膜となることで、フォトンによる攻撃を装甲に衝突する前に減衰させているのだ。

(このニーズホッグは、かつての個体より強い。当然、防御性能も向上しているはず)

 ならば、と。

 トリルは深追いをせず、次の展開のために自らの攻撃をきっぱり止める。

 今は、自分の番ではないと判断したのだ。

 一方のニーズホッグが、トリルの攻撃停止の意味を理解させられるのには、そう時間はかからなかった。

 ファナが既に、数歩の距離までニーズホッグに迫っていたのだ。

「拡張戦術――――」

 ニーズホッグは気づく。

 ファナの両脚部に、駆け出した際には存在しなかった眩い輝きが新たに宿っていることを。

 ファナが短剣を逆手に構え、地面を震わせる踏み込みをする。

 その全身から雷の如きフォトンが迸る。

 ニーズホッグの迎撃体勢は、まだ整っていない。

雷刃疾駆ブリッツレイジ

 閃く刃。

 音を置き去りする一閃がニーズホッグの右の巨腕に走り、トリルの光弾ではダメージを与えられなかったその装甲を切り裂く。

 装甲と外皮を斬られたことでニーズホッグの右腕から鮮血が迸るも、その腕を斬り落とすまでには至らない。

 だがファナの攻撃は続く。

 返す刃で更にニーズホッグの胴を薙ぐ。

 しかし、胴を包む装甲は巨腕のそれよりも更に堅牢であった。今度は肉を裂くことすらできない。

 が、ニーズホッグの体勢を僅かに崩すことには成功した。

 ファナ薙いだ勢いそのまま回転し、続けざまにニーズホッグの両脚にも雷刃をそれぞれ走らせる。

 右大腿部と左脛部を裂かれたニーズホッグが、今度は前のめりになる。

(ここだ)

 機を見出したファナは、五度目の白雷をニーズホッグの首元へ伸ばし、刎ね飛ばさんとする。

 が。

 ――――ニーズホッグの大きく開かれた口から、光が溢れ出る。

 そこから閃熱が放たれ、一瞬でニーズホッグ前方に破壊をもたらしていく。

 ニーズホッグが自身の体内にあるフォトンを圧縮し、それを口から閃熱フォトンブレスとして吐き出したのだ。

 この攻撃は一瞬にしてファナを飲み込み彼女を灰塵とした。かに見えた。

「……カカッ。器用だなァ」

 ニーズホッグは、自身の閃熱で抉られた地面の向こうに膝立ちするファナを見据える。

 ファナはその身体に、陽炎のようなゆらぎを纏っていた。

 それは、ファナがニーズホッグの攻撃から緊急離脱するために使用した、身体そのものをフォトンの推進力で強制移動させる戦術の影響であり、先の閃熱に飲み込まれたかに見えたファナはその残像であった。

 ゆらぎが消失すると共に、ファナの右手にあったフォトンの短剣も、甲高い音を立てて弾け飛ぶ。

「俺に傷をつける超高密度フォトン体。間を詰めてきた速度。加えて、その回避技術……極上だ」

 ニーズホッグは満足気に、邪悪な笑みを見せる。

「お褒めの言葉、どーも」

 ファナは不敵な笑みを返すも、心中には吃驚が存在していた。

(ぶっちゃけ、今のでキメるつもりだったんだけど――――こいつ、マジで強いな)

 『雷刃疾駆』は大気中のフォトンを急速に取り込み爆発的に行動速度と攻撃力を上昇させる戦術であり、その絶大な効果量と引き換えに連続使用が制限された上級拡張戦術の一つである。

 ファナは初手でこの戦術をとることにより、ニーズホッグがこちらの動きに適応する前に大きなダメージを与える目論見があった。さらに言えば、倒せるのであれば倒しきるつもりでもあった。

 G.U.I.L.Dにあるデータ通りのニーズホッグであれば、今頃ニーズホッグの首は、ファナの雷刃によって刎ね飛ばされていただろう。

 だが事実は、そうではない。

 目の前のニーズホッグは装甲だけでなく、反応速度も、フォトン出力も、体捌きすら既知の個体と別物であった。

「おい。まさか、今ので終わりなわけねぇよなァ?」

「当然。まだ始まったばかりだよ、ニーズホッグ」

 そうファナが返した直後、ニーズホッグの表情から笑みが消え、その巨躯に似合わぬ速度で翻る。

 すると翻った先から、一瞬前の攻防によって舞い上がった粉塵を切り裂き、一筋の閃光がニーズホックのその胴を貫こうと伸びてくる。

 それは、トリルが隙をついて放った『穿突』であった。

 ニーズホッグは勢いそのままに、左手の大鎌で、先の『連射弐式』同様その『穿突』を薙ぎ払おうとしたが――――

 空間が激しく破裂するような音と共に、凄まじい光が煌めき、ニーズホッグの体勢が後ろに大きく崩れる。

 『穿突』は『連射弐式』よりも遥かに密度の高い弾丸を高速で放ったものであり、それを薙ぎ払おうとしたニーズホッグは、想定外の高密度と大鎌がぶつかったことで弾かれて体勢を乱したのだ。

 そうして生じた隙を、ファナは見逃さない。

「――疾ッ!」

 ファナはフォトンによって三叉槍を生成し、体勢を崩したニーズホッグを貫かんと踏み込む。

 直後――

 ファナの全身に悪寒が走る。それは、熟練のA.Eとしての経験に基づく直感。

 ファナはニーズホッグへの攻撃を直前でやめ、自らの感覚に従い、三叉槍で右方向を薙ぎ払う。

 散る火花。

 ファナは三叉槍で何かを弾き飛ばした衝撃で少し吹き飛ばされ、自分に襲い掛かってきたものを視認する。

 それは、ニーズホッグの長大な尾による鞭のような攻撃だった。

「あっぶね!」

 尾を弾いた三叉槍の激突部分が欠けてしまっていることを確認し、ファナはすぐさま三叉槍を分解。新たに長剣を作り出してニーズホッグに駆ける。

 一方のニーズホッグはその場で大きく踏み込み、崩れかけた体勢を立て直し、フォトンの炎を全身から滾らせる。

 そして、ニーズホッグを中心に、尾が嵐の如く暴れ始める。その尾に掠った地面は破裂音と共に大きく鋭く抉られていく。

「カハハッ!! いいぞいいぞいいぞォッ!!」

 吹き荒れる鋼の鞭をファナは驚異的な反射神経でかいぐくり、距離を詰め、ついにフォトンの剣をニーズホッグ本体に向けて振るう。

 それをニーズホッグが大鎌で防ぐ。

 甲高い激突音。中空に奔る衝撃の余波。弾ける火花。

 双方の重量差で、必然ファナが吹き飛ばされることになり、間合いが開くと、ニーズホッグの尾の攻撃が再びファナに襲い掛かる。

 だがファナは、再度それをかわし間合いを詰めんとする。

 戦いはそのまま、ニーズホッグとファナのつかず離れずの近接戦が中心となり、その攻防に、トリルが射撃で介入する形に収束していく。

 ファナはニーズホッグと斬り結べるように、一合では破損せず且つリーチが担保できるバランスで武器を適宜作成し続けていた。

 しかし、決定的なダメージを与えるまでには至らない。いや、そもそも至るはずがなかった。

 というのも今現在のファナでは、ニーズホッグの炎膜と耐フォトン装甲を切り裂くのに、雷刃疾駆を仕掛けた際の短剣サイズにまでフォトンを圧縮しなければならなかったからだ。

 接近戦が成立するリーチの武器では、斬撃を見舞ってもかすり傷を与えるのがやっとなのである。

 もっとも、そのかすり傷すら何ら意味をなさないことに、ファナは刃を交える中で気づかされる。

(うえ~、やっぱ回復してるよコイツ)

 トリルや自分が与えた傷が、常に恐ろしい勢いで回復しつつあることが判明し、ファナは心中で悪態をついた。

(その堅さで自己修復は、ちょ~っとズルくない!?)

 ニーズホッグは、自らの堅牢さを存分に活用し、ダメージを恐れずファナに対し攻撃を振るい、時にトリルを炎で牽制する。

 どの攻撃も受ければ致命傷となる威力であり、ファナとトリルの敏捷性だからこそ回避することができていた。

 だが、ファナの攻撃はまったくダメージにならない。

 第三者から見れば、この状況は極めて歪に映っただろう。

 その中においてファナは――――否、ファナ達は、同一の思考をしていた。

(倒す方法は、二つ)

 その選択をどうするか。

 ファナ達の間では、言葉を交わさずとも、既に結論が出ていた。

「――このままやり続けるかァ!? 違うよなァ、何かあるよなァ!?」

 ニーズホッグとて、この状況が続けば自分がいずれ勝つことは、当然理解していた。

 そしてそれは、ニーズホッグにとって実に、非常に、好ましくない。

 あるはずだ。目の前の敵には自分を殺すための策が。力が。

 それを見ないことには、この戦いは始まらない。早く見たい。

 苛烈な戦いへの渇望を映すかの如く、ニーズホッグの炎は猛りを増していく。

 やがてそれは、破裂音のようなものまで伴い始め――――

「早くしねェと――――」

 ニーズホッグがファナに、これまでの気色とは異なる笑みを見せる。

「灼くぜ?」

 ファナとの斬り合いの最中であるというのに、ニーズホッグが突然、あらぬ方向に身体の向きを変える。

 牽制射撃を行うトリルのいる方向ではない。

 その先にいるのは――

「権能行使」

 爛々と輝くニーズホッグの瞳は、影でトリルとファナに耐熱シールドと耐フォトン防壁を張り続け、戦況をコントロールしていた存在――アリッサに向けられていた。

 そして、その巨大な右腕をアリッサのいる方向に突き出す。

 次の瞬間、ニーズホッグの右掌が形を変え、内部に埋め込まれていた砲が突き出すように露出し、反対の右肘部分からは杭のようなものが現れ、尾と共に地面に穿たれる。

 そうしてニーズホッグの右腕は、一瞬で巨大な砲台と化した。

 ファナはニーズホッグの行動を察し、ここぞとばかりに剣のフォトン密度を高め肉薄し、ニーズホッグの脇腹を一息に突く。

 装甲を貫通する感触。この状況でファナが最速でできる最大の殺傷力を誇る攻撃だった。

 時同じくして放たれたトリルの『穿突』が、ニーズホッグの左胸を背後から撃ち抜く。

 息の合った必殺の連携攻撃。だが。

「足らねェな」

 不動。

 ニーズホッグは笑みを絶やさない。

 直後、ニーズホッグの全身が更なる炎を放ち、至近距離にいたファナをその猛烈な熱風で引き剥がす。

 そして、構えた右の巨砲に、これまでに無いほど眩いフォトンの輝きが宿り――


「――――大虐却火カルネージアブレーションッ!!」


 それは、太陽と紛うほどの閃光だった。

 全てを灼き尽くす巨大な熱線が、放たれたかと思うと次の瞬間にはアリッサのいた場所を通過し、その遥か後ろにまで伸びていた。

 やがて視界の彼方に巨大な火柱が立ち、第一階層全域まで照らすような輝きと共に、遅れて破壊の衝撃が波となり、階層全体を揺らす。

 ニーズホッグの手札の中で、最速にして最長の射程距離を持つ一撃。

 トリルの『穿突』と性質的には同じものではあるが、その火力は桁違いであった。

「――――かつての『俺』を知っているみてェだが」

 ニーズホッグの右腕が元の形態に戻り、その全身から、まるで排熱をするかのように大量の蒸気が噴き上がる。

「悪ィな。スペックが違ェ」

 構え直したファナの前に、大鎌を向けるニーズホッグ。

「さァて、耐熱補助はこれで抜きだ。俺の領域にあとどれぐらい耐えられる? 焼け死ぬ前に壊された方が楽かもな」

 『大虐却火』の名残がいまだ陽炎のように揺らめき、ニーズホッグが周囲に散らす炎の熱を受けるファナは――――

 ふっと笑った。

 その直後、ニーズホッグとファナの視界の端で、鮮烈な青い光が周囲の赤を塗り替えるかの如く煌めく。

「――――拡張戦術」

 その輝きに導かれるようにニーズホッグが目線を動かすと、キン、と異様に甲高い音が響き――

 次の瞬間には、青白く繊細な光線がニーズホッグの左肩を貫いていた。

 先の暴力的な赤とは、対称的な光。

 それを放ったのは、火柱の残滓が振り落ちる中で巨大な幾何学模様を三次元的に重ねて展開するアリッサであった。


鏡界円陣カレイドスコープ


 アリッサの持つ杖型のACSは、先端につけられた巨大な宝玉のようなコア部分を中心に傘上に展開されており、小さな無数の蒼い輝きを周囲に煌めかせている。

 ニーズホッグの瞳が、初めて明確に驚愕で染まる。

「アイツ――――」

 ニーズホッグがそう口を開いた、直後。

 青の光線に貫かれたニーズホッグの左肩を中心に、その左半身が急速に凍結しはじめた。

「なッ、ンだとッ!?」

 咄嗟にニーズホッグの炎が凍結を抑え込むようにして膨れ上がるも、その凍結が収まることはない。

 左肩部から左腕、左胸部と凍結範囲が広がるにつれ、戦場を包んでいた熱気が薄れ、ニーズホッグ自身の纏う炎も急速に弱まっていく。

 その隙を突くかのように、トリルが何度目かの『穿突』をニーズホッグに向けて放つ。

 ニーズホッグは状況に混乱しながらも驚異的な感覚で『穿突』を察知し、未だ凍っていない右半身の炎を猛らせ、右足を使って跳躍し、寸での所でそれを回避する。

「あの耳長、誘いやがったのかッ……!!」

 そう舌打ちするニーズホッグの思考は、正しい。

 ファナ達は最初から、ニーズホッグが大技を放つ機会を待っていた。

 より具体的に言えば、アリッサに向けて強力なフォトンでの攻撃が行われるよう誘導していたのだ。

 アリッサはニーズホッグと戦闘開始時から、ファナ達に耐熱シールドを張るのと並行して、拡張戦術『鏡界円陣』の処理を走らせていた。

 『鏡界円陣』は、術者の認識領域内に座標を設定し、その座標に送り込まれたフォトンの性質を変質させ操作する超上級戦術である。

 これは現存する全てのA.Eにおいて、ワイズマンのACSを完全にコントロールできるアリッサにしか実行できないものであり、成功すれば相手の攻撃を出力はそのまま、性質を反転して跳ね返す強力無比なカウンターとしても使うことができた。

 もっともそれを実現するためには、『鏡界円陣』の極めて狭い有効範囲と短い発動時間で、敵の攻撃に対しピンポイントで展開する技術と胆力が必要である。

 言い換えれば、確実に相手の攻撃が「今」「ここに」「この性質で」来るとわかっていなければ、実現できない戦術なのだ。

 この戦場において『鏡界円陣』が成功した要因は大きく三つ存在する。

 一つに、ニーズホッグの基本的な戦術が既にG.U.I.L.Dのデータベースにあること。

 一つに、ニーズホッグの攻撃をアリッサに誘導できるほど、ファナ達のチームワークが完成していること。

 一つに、アリッサというA.Eが、ことACS操作技術に置いては、ただどうしようもなく天才であること。

 こうしてファナ達の一の矢は見事にニーズホッグに的中したのであった。 

 ようやく到来した機を前にして、ファナが立ち止まる理由はない。

 ニーズホッグを追うように、ファナが跳躍する。

「双刃展開ッ!!」

 そのままフォトンの大剣を両手に生成し、右の一閃をニーズホッグに振るう。

 ニーズホッグがこれを右腕で受け止めるも、刃は装甲ごと右腕を斬り裂く。

 凍結の影響によって装甲の耐フォトン能力が急速に減退したため、大剣サイズのフォトン密度でもダメージを与えられるようになったのだ。

 ニーズホッグとファナが同時に着地する。

 両者は勢いそのまま地面を滑る。

 振るわれたファナの右の刃が粒子となって後方に弾け飛ぶ中、ファナは残る左の大剣を両手で持ち直し、逆袈裟で斬り上げる。

 ニーズホッグはこれを自身の尾で受け止めようとするが、ファナは構わず振り抜く。

 ばぎん、という音と共に折れたのはファナの剣だった。身体の装甲と違い、防御に使われた尾は凍結範囲から遠く、まだその硬度を保っていたのだ。

 尾が斬撃を受け止めた衝撃で弾かれはするも、ニーズホッグは笑みを浮かべる。

 だが。

「戦術解放――――」

 ファナが笑みをニーズホッグに返す。彼女の狙いは最初から、尾を弾くことにあった。

戦刃射出(ウェポンシュート)参式()!!」

 ファナの背後の中空にフォトンの武具が一瞬で大量に形作られ、即座にニーズホッグに向けて射出される。

 対してニーズホッグは、凍結している左半身を護るべく右半身をファナに向ける。

 無数の刃が弱まったニーズホッグの装甲を切り裂いていき、刃雨を受けることでニーズホッグが後ろに押され、ファナとの間合いが開いていく。

 そうして十数秒、武具が絶え間なく射出され、ついに最後の一振りがニーズホッグの体に突き立てられる。

 ファナが大きく息を吐く。その頬に汗が伝う。

 ニーズホッグとの近接戦闘に費やしたファナのフォトン変換量は、すでにドライブの正常駆動に差し障るほどであった。

 これ以上同じペースで近接戦闘を続ければ、酷使されたドライブが緊急停止しかねない。この戦刃射出・参式はここぞという時に取っておいた大技であった。

 土煙と共に、ニーズホッグに突き立てられていた武具たちが霧消する。

 ――ニーズホッグは、それでも膝をついていなかった。

 ズタズタに装甲を切り裂かれてもなお、右半身は人型を遺しており、どす黒い体液を流しながらも、その傷口には回復の兆しが伺え、凍結も左上半身までで留まっている。

「……権能行使」

 どくん、と。

 第一階層全体が鼓動したかと紛うような巨大なフォトンの揺らぎが、ニーズホッグから発せられた。

「――怒焔纏竜レイジングヒート

 ファナはニーズホッグの体内を巡るフォトンが、明らかにこれまでと一線を画す速度で流動し始めたことを肌で感じ取る。

 それに伴い、ニーズホッグの全身が眩いほどの赤い輝きに包まれていき、その両肩部から煌々とした炎が翼のように広がり始める。

 落ち着きかけていた戦場の熱が、再び灯ろうとしていた。

「――すげェよ、てめェら。最高だ」

 ニーズホッグが力強さを取り戻し、ファナに向き合う。

 ファナはニーズホッグのその復活に驚かない。

 「ニーズホッグは危機的状況と認識した際に防御能力を低下させる代わりに回復力と攻撃力のリミッターを外した形態に変化する」

 これは、G.U.I.L.Dに残されたデータ通りの挙動だった。もっとも、リミッターを外したことで獲得した能力の上昇は、データをはるかに上回る数値であったが。

「恐れ入ったぜ。あんなフォトン操作ができる人間がいるたァな。てめェらの進化をこの身に味わえて、いい気分だ」

「恐れ入ったのはこっちだっつーの。今ので倒れないのは、さすがにちょっとショックだわ」

 ファナの左腕が静かに駆動し、フォトンの収束光をちらつかせる。

「畳みかけるつもりだったようだが――――惜しかったなァ。ラウンド2と行こうぜェ?」

「いいや、あたしの出番はほぼ終わりだよ」

「何?」

「さっきのは一の矢。こっからは二の矢。そんでもって、本命。そうでしょ?」

「――――あぁ」

 ファナにそう返事をしたのは、これまでニーズホッグと距離を取り射撃で牽制をしていたはずのトリルだった。

 彼女は、ファナとニーズホッグであれば一息で距離を詰めて得物を振るうことのできる射程内に、臆せずに立ち入っていた。

 ニーズホッグがその表情に、明確に困惑を表す。

 ニーズホッグの認識では、この戦いにおいてトリルの役割は、攻撃手であるファナの援護役でしかない。

 何故ならこの銃手の主武装は、銃型ACSによるフォトンの弾丸。

 フォトン耐性を持つ強固な装甲を纏う自分との相性は、最悪のはずだ。

 確かに装甲を貫通し得る砲撃はあった。しかしその砲撃も、貫通させるために弾丸を極限まで圧縮するせいで、貫通できる範囲は狭い。並みの生物ならともかく、急所という概念がなく圧倒的な超回復を持つニーズホッグの前ではダメージに数えられない。

 解せない。

 ニーズホッグには、これまでのファナ達の戦術は全て理解できた。

 しかし今、このトリルの出現だけは、まるで理解が追い付かなかった。

 そんな中で、トリルのフォトンドライブが異様な高音を奏で始める。


最終固有戦術開帳アウェイクニング――――」 


 そのトリルの声紋コードを聞いた瞬間、ニーズホッグは「今すぐこいつを殺さねばならない」と直感する。

 そしてニーズホッグは大鎌を振り上げ、トリルとの間合いを詰める。が。

 トリルの姿が消える。

 ――同時に、大鎌を振り上げていたニーズホッグの左腕が、()()()()()()()()()()()()()

「なッ!?」

 ニーズホッグの口から、混乱を示す呻きが漏れ出る。

 そして、消えたはずのトリルは、ニーズホッグの背後――近すぎてその視界に入らない位置に既に立っていた。

 彼女は全身に新たに鋭い銀色の光を帯びており、銃型ACSの銃剣部分には、鋭利さを示すような蒼銀の輝きが煌めいている。

 ニーズホッグが身を翻し、トリルに掴みかかろうとする。が、トリルが再び姿を消すのは同時だった。 

 空を切る巨腕。

 その余波で、吹き荒れた焔が意味もなく地面を焼く。

 馬鹿な。

 そう口にしようとしてニーズホッグは、自分の両肩に違和感を覚え、その正体に気づく。

 ――トリルがニーズホッグの両肩に立ち、その頭部に銃口を向けたまま、立っていた。


「――――『我が赴くは星の群れ(ゴッドスピード)』」

 

 砲火。

 砲声が連なりすぎて長い単音となるほどの、圧倒的な連射。

 重なるフォトン弾の激突光がトリルの背にまで伸びていき、それはさながら、蒼い光の翼が広がるかのようであった。

「ガッ――――ォぁア、ッ――――!!」

 ニーズホッグは未体験の速度で頭部に連続で弾丸を打ち付けられ、たちまちバランスを崩し、膝をつく。

 頑強極まるニーズホッグの頭部は、それでも粉砕することはできない。

 が、これまで無傷を誇っていた頭部の強固な外皮と装甲も、このゼロ距離の猛攻によりついに破損が見られはじめ、それが徐々に広がっていく。

 今の状態のトリルの連射速度が、ニーズホッグの回復速度を圧倒的に上回っているのだ。

 人の形をしているとはいえ、ニーズホッグの頭部は人間のそれと形状が違う。故に頭部の攻撃がそのまま即死に繋がるわけではない。

 さりとてこのままでは、頭部どころか全身が塵になるまで削り殺されるだろう。

 ニーズホッグがそう直感し、まだ無事な尾で頭上に立つトリルを打ち付けようとする。

 が、トリルはまたも一瞬で姿を消す。

 空を切った尾は、直後、先ほどのニーズホッグの左腕のように一瞬で八つ裂きにされる。

「無駄だ」

 トリルの声だけが響いたかと思うと、次の瞬間には彼女はニーズホッグの真正面に立っていた。

 銃口は既に、ニーズホッグの胴体に突き付けられている。

 その瞬間ニーズホッグは、一連の不可解な現象の原因について、ようやく単純な解を見出す。

 こいつは――――速すぎるのだ、と。

全速斉射ブレイジングアクセル

 再び場を支配する、異質な連射音。

 重なった砲火を腹部に受け、その衝撃で身体を折り曲げられながら吹き飛ばされかけるニーズホッグ。

 なんとか踏みとどまり反撃しようとするが――――その後に繰り広げられる状況は、先と同じであった。

 ニーズホッグの反撃の度にトリルは消え。

 その度、ニーズホッグの身体は切り裂かれ。

 トリルが現れたかと思うと、再び銃口が火を噴く。

 正に、一方的。

 

 ――――『最終固有戦術』。

 それは、AA級以上で、且つ一部のA.Eのみに許された、特定条件下でのフォトンドライブ駆動限界突破戦術。

 いずれも戦況を根底から覆す『切り札』であることから、共通識別符とは別の固有識別符が付与される規格外スペシャルである。 

 その中に置いて『我が赴くは星の群れ』とは、ガンスリンガーのみが――――

 否、トリル・レッドフォートのみが使うことができる戦術であった。


 ……ガンスリンガーのACSには、「戦闘時間に比例し、ドライブの駆動率が徐々に上昇する」という特性が存在する。

 この特性により、当該クラスは、戦闘開始時は中遠距離からの砲撃支援に長け、長期戦に突入すれば駆動率上昇を活かした高速近接戦闘も可能としていた。

 故に、数少ない『全距離対応型ACS』と謳われるのだが――――

 その実、ドライブには過負荷を防ぐために駆動率の上昇制限が設けられており、高速近接戦闘には明確な限界が存在していた。


 そもそもA.Eは、探索者であることが主であり、ACSは戦闘のみを目的としたものではない。

 短期の戦略的価値よりも、長期の安定性を重視するのが常道であり――それは、ガンスリンガーに限らず、全てのACSが大塔内で活動するために必須とされる要素だ。

 ガンスリンガーはこのA.Eにおける必須要素により、結果的に『高速近接戦闘では純粋な近接戦用クラスに比べ火力も持久力も劣る』と評価されることになってしまった。

 あらゆる状況に対応できる反面、専門クラスほどの特化した一芸を持つことが仕様との摩擦によりできない。

 故にガンスリンガーは一部の上級A.Eからは――――自らには使いこなせないとわかっていて、嫉妬も込めて――――器用貧乏などと揶揄されることもあった。


 だが、『我が赴くは星の群れ』はその限界を覆す。

 この最終固有戦術の正体は、ガンスリンガーのフォトンドライブが持つ駆動率上限を一時的に無くし、更に駆動率を上昇ブーストさせるものであった。

 この状態でのトリルが示す速度は、全ACSのそれを遥かに上回り、その連射力によって圧倒的な殲滅力を実現する。

 正にガンスリンガーの理想、終着点を体現した戦術。

 だが、上昇しすぎた自らの速度には、並の使い手であれば感覚が追い付かない。

 感覚を超えた先、理論上にのみ存在する、神域。

 その世界に入門するには、A.EとACS、フォトンドライブ、それらの仕組みと関連を完全に理解し、自らシステムの改修を行うほど自身の人ならざる部分に精通するトリル・レッドフォートでなければならなかった。

 とはいえ『我が赴くは星の群れ』も決して万能ではない。

 その発動にはフォトンドライブが駆動率上限に達するまでの『時間』を要し、そして、発動した後も継続時間が極めて短い。

 さらには、過剰駆動による過負荷を抑えるため、ドライブの強制冷却状態移行というデメリットまで存在している。

 言い換えれば『我が赴くは星の群れ』を開帳した後ののトリルは、戦闘不能状態になるということだ。

 しかし、限定的が故に圧倒的。

 

 ファナ達はニーズホッグを打倒するにあたり、その回復力を上回る手数で攻め切ることを選択し、トリルの最終固有戦術を使用するに至った。

 ハイリスクな戦術を必勝へ繋げるため、この戦いにおいてファナ達はいくつもの布石を張っていたのだ。

 猛攻を受けるニーズホッグも、ここにきてようやくファナ達の狙いがなんであったかを理解しつつあった。

 銃手が自分にまずフォトン弾の攻撃をすることで、彼我の相性差を印象付け、武具遣いが近接で立ち回り主力と見せかけ、術士の反射術をこの戦いにおける切り札と思わせる。

 全ては、銃手こそが切り札であることを隠すため。

 自分は奴らの策に綺麗にハマったのだ、と。


 ――――銀雷が奔り、蒼光が迸る。

 弾雨を浴び続けたことにより、堅牢を誇っていたニーズホッグの右腕がついに千切れ飛ぶ。

 ニーズホッグが咆哮し、怒りがフォトンの波となって戦場に乱れ飛ぶが、それがトリルを止めるには至らない。

 衝撃波を掻い潜った弾丸がニーズホッグを捉え、その体勢を再び崩し、激情的な攻撃を中断させる。

 ニーズホッグは完全に崩れ落ちそうになるのを、大鎌を地面に突き立てかろうじて支える。どす黒い体液が、焦土を濡らしていく。

 そして、音もなくニーズホッグの前に姿を見せるトリル。

 その瞳には、淡々と攻撃をこなす冷徹な光のみが存在していた。

 トリルの視界では、この戦闘におけるニーズホッグのこれまでの情報――装甲強度、フォトン出力、装甲回復速度など――を総合し、彼の怒れる暴君がどれほどの耐久力を残しているかの計算結果がゲージで視覚的に示されている。

 ゲージで示されたニーズホッグの残耐久値予測は『12%』。トリルが『我が赴くは星の群れ』を発生した時点では『50%』であった。

 そして、『我が赴くは星の群れ』の継続可能時間は――――残り、11秒。

 トリルが決着をつけるべく、二挺の銃型ACSのグリップ部分を叩き合わせる。

 すると瞬く間にその形態が変わり、銃剣部を穂先とした槍のような形態をとった。

「――――集極・蹴(エクシードチャージ)

 刃に宿っていた蒼銀の輝きが眩さを宿すと共に、トリルが跳躍する。

 次の瞬間、トリルの右脚部と、変形したACSが連結され、さらに巨大な一振りの槍と化す。

 ニーズホッグからすれば、一連の動作は瞬きよりも早い一瞬であった。

 直後、ニーズホッグはトリルから自身の胸元に向けて細い光が延びていることに気づく。

 かと思うと、その光はすぐさま展開され、ニーズホッグに頂点を向けた円錐の形を取る。

 その円錐は、照準であった。

 ――――トリルが右脚をニーズホッグに向け、流星と化す。

 『集極・蹴』は、『我が赴くは星の群れ』によって限界を超えて上昇したフォトン出力の全てを一点に集中し対象に叩きつける、最大の近接攻撃である。

 その貫通力と破壊力は『我が赴くは星の群れ』の限界直前でのみ実現可能な究極の一矢であり、この攻撃を行った直後、トリルのフォトンドライブは継続時間の有無にかかわらず、強制冷却状態に移行することになる。

 文字通り、最後の一撃。

 しかしここでニーズホッグを倒しきるにはその必殺を放たねばならないことを、トリルはもとよりファナとアリッサも理解していた。

 甦りし暴君との決着がつく――――

 その、刹那。



「――――――――■■■■」



 トリル、ファナ、アリッサ、更にはニーズホッグも含め、その場にいる全員が奇妙な感覚に支配される。

 何か――

 形容しがたい声。

 あるいは、音。

 もしくは、歌。

 そのどれかが、戦場に一瞬響いたかと思うと、全員の体感する時間が止まった。

 かに思えた。

 果たしてそれは本当に停止していたのかどうか、この場、この瞬間に置いて、即座に把握できた者はいない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――――

 

 ――――銀雷が天を衝く。

 

 それは、『集極・蹴』が確かに放たれ、対象に穿たれた余波。

 屹立した柱の如き輝きと轟音が、戦いの結末を油断なく見守っていたファナ達の視覚と聴覚を震わせる。

 やがて光が薄れ始め、銀雷の残滓が煌めく中、トリルの姿がファナ達の視界に現れ始める。

 最終攻撃を放ち終え、強制冷却状態に移行し、片膝立ちのまま自身の機構部分から排熱をするトリルは――――

「――――まだだッ!」

 緊迫を伴って、叫ぶ。

 ファナは咄嗟に周囲を見回し、アリッサはトリルとファナにフォトン防壁を張り直しつつ、ファナ達の方に走り出す。

 そして、“その異常”をファナが見つけるのには、そう時間はかからなかった。

 今さっきまでニーズホッグとの主戦場であった地点から大きく離れた、ファナにとっては射程外の位置に、どう見ても満身創痍のニーズホッグが立っていた。

(トリルの攻撃を、かわした……!?)

 驚愕するファナ。だがすぐに、そうではないと気づく。

「――――ッ、ふゥう、ぐッ……!!」

 ニーズホッグが苦悶の声を漏らしながら体液を吐き出し、再び膝をつく。

 その身体は『集極・蹴』を受ける直前の状態のままであり、トリルが与えたダメージは未だ色濃く残っている。

 そんな状態で、一瞬で退避できる術など、ニーズホッグにあるはずがない。

 あるとすれば――――

「ファナ! トリル! ()()()()()()()()()()()!」

 走り寄ってくるアリッサが、自らの出した分析結果を端的に叫んで伝える。

 『別のフォトン干渉』。

 それがどの現象を指しての言葉かは、明白だった。

 ファナとトリルは理解する。

 先の時間が停止したかのような感覚――――あれは『ような』ではない。

 実際に、停止していたのだ。

 何者かの、『フォトン干渉』によって。

 そして、その停止中にニーズホッグは退避させられたのだ。

「ッ……!」

 ファナの全身が悪寒に包まれる。

 この大塔に置いて、正体不明とは最も死に近い扉であり、そして今正に、その扉が開かれようとしていた。

 その感覚が、ファナに行動させる。

「二人とも! プランCだ、“あれ”を使う!!」

 ファナはそう告げて、これから襲い来るであろう何かから仲間達を守り、生存するために、真の奥の手を開帳せんとする。

 トリルとアリッサはファナのやろうとしていることを察し、状況によって齎された緊迫感とは別の焦燥を宿す。

「ファナ! 待っ――――」



「――――――――――ダッサぁ~~い♪」



 その悪辣を孕んだ声は、唐突に、無遠慮に響いた。

 奇しくも、トリルたちが制しようとしたファナの行動は、その声により停止する。


「折角アップデートした端末でイキり散らしてたのに、もうボコボコにされてるとか。しかも~、エラー相手じゃないの、超笑えるんですけど~?」


 ニーズホッグとは異なる、明確な邪悪さを宿した笑い声。

 ファナは必死で辺りの気配を探るが、声の位置がどこからか特定できない。

 まるで四方八方に隈なく声の主が存在するかのような、薄気味悪い感触であった。

「ッ、《観測オブザーバー》てめェ……!」

 ニーズホッグがそう口にしたのを、ファナ達は聞き逃さなかった。


「ま、アンタが好き放題してくれたお陰で面白いのが見つかったからいいけど――――《管理アドミニストレータ》に感謝しなさい。あいつの言いつけが無かったら、アンタさっきのでロストしてたから」


 直後。

 ニーズホッグの隣の空間で、ぐぉんと異様な音が響き、漆黒の“穴”が生じる。

 ファナ達の視界内で、アナライザーがその穴をゲートと同質であると認定した。つまり、極小のゲートが今正にニーズホッグの隣に開かれたのだ。

 そして、そのゲートから“それ”が姿を現す。


「――――初めまして、小さき者」


 そう口にし、優雅に礼をしてみせた“それ”は、まるで喪に服すかのような装束に身を包んでいた。

 だが、ファナ達の視界は、その装束の色に反するかのような赤の警告色が叫んでいた。


 ――――警告。既知の危険認定済み波形と合致。パターン【F.D.E】。


「……マジか」

 思わずファナは、そう口にしていた。

 ファナ達は、“それ”を知っている。

 知らないはずがない。

 何故なら、現れた“それ”は――――


 人類の未踏破領域。

 未だ立ち塞がる第四階層。

 その困難の根本。象徴。

 第四階層・百貌ノ回廊。

 その守護者。

 Floor Domination Enemy――――――


「――――アルゴス」

「ふふっ――――お前達はそう呼んでくれるのよね、『私』のことを」

 

 人類の最大の敵、百貌の魔人が、薄く半月を描いた。


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