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EXPLORER GIRLS -Children of Sandbox-  作者: 彼岸堂流
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 【SB7115. Y2751】

 【大塔】

 【F1-17 始原ノ迷宮】


 大塔・ストラトスⅠ。

 第一階層、『始原ノ迷宮』。

 そこは、塔の制覇を目指す全てのA.Eが必ず足を踏み入れることになる、始まりの場所。最初の試練。

 ストラトスⅠに初めて訪れた者は、事前に話を聞いていたとしても、『始原ノ迷宮』に立ち入ってこう思わざるを得ない。

 「何故、塔の中に草原があるのか?」と。

 草が生い茂り、木々が乱立し、大小さまざまな岩が転がり、流れる川すらあり、見上げれば灰色の空まで広がるこの空間が、本当に塔の中だと言うのか。

 かつて最初にこの塔に挑んだ探索者達は、その理の乱れを前にして、恐る恐るその歩みを進めたことだろう。

 しかし、長き探索の歴史が重ねられた今となっては、この不自然な自然を恐れる者も少ない。

 というのも、階層に出現する敵性存在のほとんどが詳細に記録されており、次階層に繋がるワームホールの場所を含めた多くの情報が記載された地図が広く共有されており、更にはG.U.I.L.Dが管理するセーフエリアも多数置かれているからだ。

 第一階層とはもはや『安全』そのものであり、A.Eのビギナーが経験を積むための訓練場でしかない。

 

 ――――と、C(ランク)A.Eのセラ・エッカートは、その日も思いこんでいた。


 しかし今、彼女を襲っている現実は違う。

 自身の血に塗れ、地に伏すセラは、ぼやけた視界で天を仰ぎながら、油断しきっていた過去の自分を呪う。

 何故今日の自分は、センサーで強力な生体反応を検知した際に、探索を中止しなかったのか?

 何故今日の自分は、これを昇級のチャンスと考え、そのまま生体反応の調査に赴いてしまったのか?

 何故今日の自分は、第一階層にいるはずのない敵性生物“ワイバーン”を前にして、戦いを挑んだのか?

 何故今日の自分は、ワイバーンが一匹だけだと思い込んだのか?

 

『――フォトンスタビライザーに重大な破損を確認。ACS戦闘機動維持、困難』


 セラが装備する、A.EをA.Eたらしめる武器兵装システム『Advance Class System』のナビゲーション音声が、アラートを淡々と流している。

 そんな警告がなくとも、セラは十分に自身の状況を理解していた。

 ナノマシンがセラの網膜に映す自己情報は、全て危機的状況を示す赤に染まっている。

 右腕は武装ごとワイバーンに噛み砕かれ、加えて、腹部にはワイバーンの爪による大きな裂傷が存在している。

 ACSがセラの肉体の損傷状況をモニターし、自動的に撃ち込んだ鎮痛剤が無ければ、今頃激痛でのたうち回っていただろう。

(すご……この薬って、マジで全然痛くならないんだ……)

 血を多く失い、ぼんやりとした頭が暢気な思考に支配される中、セラは周囲の残酷な状況を眺める。

 同じパーティの四人は、一様に武装を破壊され、重傷であった。戦える状態の者は一人もいない。

 一方でワイバーンの群れは、セラ達全員を無力化したかどうかを、空中で旋回しつつ注意深く伺っている。

 塔の中に広がる仮初の空に、絶望を告げる羽音が鳴り響いている。

 ……ワイバーンは本来であれば第三階層『常乱ノ戦場』に住まう敵性生物であり、ここ第一階層に存在するはずがない。

 第一階層の探索のみを許されているセラのようなC級以下のA.Eでは、データバンク上の存在だ。

 そもそもワイバーンは、一体をC級A.Eが五人がかりでようやく倒せるぐらいの危険度で記録されている。

 そして今、セラ達を狙うワイバーンの群れは十体以上で構成されていた。

(――――アタシ、ここで死ぬんだ)

 セラの頭の中には、諦念と、理不尽への怒りと、自分の愚行への後悔が渦巻いていた。

 間も無く終わりを迎えようとする命が作り出す混沌は、セラの瞳の光をかき消す深い濁りを生み出す。

(どうして、こんなことに――)

 一匹のワイバーンが、セラがもう立ち上がることができないと判断をしたのか、上空に一度羽ばたき、狙いをつける。

 間も無くその爪牙がセラに止めを刺すべく閃くだろう。

(誰か…………助けて――――)

 セラが声にならない叫びをあげた、その刹那。



「――――戦術解放スキルコード戦刃射出ウェポンシュート弐式()!」



 セラに襲い掛かろうとしたワイバーンが突如、真横から閃いたいくつかの銀光に貫かれた。

 直後、ワイバーンの骸は、飛びかかった勢いのままバラバラになって倒れているセラの頭上の方向へと落ちていく。

 そして――


「――大丈夫?」


 長い銀髪を後ろで結わえた、碧眼のA.Eがセラの前に降り立つ。

 彼女の羽織るコートが風ではためくと共に、セラの網膜に目の前のA.Eの識別情報が表示される。


 ――――G.U.I.L.D所属/AA(ダブルエー)

 ――――ACS/エクスプローラー

 ――――ファナ・アッシュライト


 その文字情報を見た瞬間に、セラは絶えかけていた自分の心臓が跳ねたのを認識した。

(エクス、プローラー……!?)

 目の前のA.Eが自分より遥かに格上の級であることも然ることながら、セラが驚愕したのは、ファナ・アッシュライトのクラス名だった。


 A.Eのクラス名とは、数多あるACSにおいてそれぞれの特徴を示すものである。

 セラのACSはクラス名『ウィザード』。

 杖状に可変するライフルを主武装とし、中遠距離のフォトン弾による射撃戦を得意とする、パーティの主砲を担うクラスだ。

 この『ウィザード』はエントリーランクであるE級のA.Eでも装備が可能な基礎クラスの一つであり、その汎用性と安定性から初心者のみならず中級者にまで広く愛用されている。

 一方で、ファナの装備するACS『エクスプローラー』は違った。

(本当に、存在していたんだ……)

 セラは奇跡を目の当たりにした気分だった。

 何故なら『エクスプローラー』は、噂が本当ならば『A.Eの到達点』とまで謳われる、適正者が片手で数えられる程しか存在しないはずの、幻のACSだからだ。

「戦術解放・応急処置ファーストエイド

 音声操作によって機甲に包まれたファナの左手が温かな光を宿し、セラの傷口に添えられる。

 すると光がセラの身体を包み、彼女の体内にあるナノマシンが活性化し始め、停止していた回復機構が再駆動し始めた。

 これにより、セラの出血が瞬く間に収まっていく。

「ごめん。ちょっとの間、これで耐えて。すぐにあたしの仲間が、ちゃんとした治療をするから」

 そう言ったファナに、新たなワイバーンが上空から迫ろうとしていた。

 セラからはその様子がありありと見え、ファナに警告を発しようとするが――

 細い光がワイバーンの頭を貫き、直後、その頭蓋が破裂する。

 遅れて響く、銃声。

 セラがその光景に目を見開く。

「あたしの仲間、すごいでしょ」

 ファナがにっと笑みを浮かべ、セラに背を向ける。

「あとは全部、あたし達が倒すから」

 ファナの全身から、蒼い――本物の空を思わせるような光が、炎のように猛り、迸る。

 その輝きは、ファナのACSがフォトンドライブの駆動を探索状態から戦闘状態に移行したことで、急速に収束・流動し始めたフォトンの反応光である。

 蒼光を纏うファナが掌を広げ、両腕を左右に伸ばす。

「戦術解放、双刃展開ツインブレード

 空間が一瞬で凍てついたかのような、キンと言う甲高い音が響くと共に、ファナの伸ばした手の先の中空に、銀色の輝きを放つ巨大な光の大剣が現れる。

 それは、ファナのACSによっフォトンが凝縮し形作られた戦刃。

 一対の大剣を宙に携え、ファナはワイバーンの群れを見据える。

 そして次の瞬間、彼女は地面を吹き飛ばすほどの踏み込みで跳躍し、弾丸のような勢いで空中のワイバーンの一体に接近し――

 一閃。

 ファナの振るう銀刃が、ワイバーンの首をあっさりと刎ね飛ばす。

 遅れて噴き出た翼竜の鮮血で灰空が赤く彩られる中、ファナは空中で身を翻す。

「――――拡張戦術エキスパンション疾空光翼フォトンウイング

 ファナはACSに搭載された戦術処理の内、一定の熟練度が認められなければ使用できない拡張項目を、空中で続けざまに解放する。

 これにより、フォトンが新たに凝縮されファナの肩部から後背部にかけて翼のようなものが作り出された。

 その翼に輝きが灯ったかと思うと――

 駆ける、蒼の流星。

 フォトンを推進力にしたファナが、一瞬にして縦横無尽に空を疾走し、その軌道上に存在していたワイバーンの全てを斬り裂き、雷鳴のような音を残して着地する。

 その全身には流星となった余韻のような光が残っており、ばらばらと振り落ちるワイバーンの死骸に塗れた醜悪な光景の中で、ただ一つセラの瞳には美しく映っていた。

(あれが……AA級の、A.E)

 A級から上は生きる世界が違う。

 実力も、経験も、権限も、大きく隔絶されている。

 それはA.Eの間では常識であり、セラも重々承知しているつもりでいた。

 しかし実際に目の当たりにすると、セラの想像していたものをはるかに超えていた。

 自分達を虫けらのように蹴散らした異形を、その群れを、逆に一瞬で蹴散らしてしまった。

 これが、G.U.I.L.Dの管理下にない未踏領域に踏み込むことが許された者たちの力。

 フロンティアを往く者――――AA級A.Eの、武力。

 セラがその力を目に焼き付けていると、やがて網膜に映し出されていた赤の警告色が次々と薄まり、視界もクリアになっていく。

 そうしてセラは、気づけば自分が先ほどファナに充てられた応急処置とは別の、新緑を思わせる柔らかな光に包まれていることに気づく。

 見れば、パーティメンバーである全員が同様の光に包まれていることがわかった。

 セラは、この緑光がナノマシンの活性とは別の、もっと根源的な生命力を奮わせていることを認知する。

「――まだ、動かないでくださいね」

 セラの視界に、亜麻色の長髪で、ふわりとしたローブに曲線的な身を包む耳長種の女性が現れる。

 温和な笑みを宿し、長大な杖型のACSを持つ彼女に重なるようにして、セラの網膜に新たな情報が表示される。


 ――――G.U.I.L.D所属/AA級

 ――――ACS/ワイズマン

 ――――アリッサ・イラ


霊脈活性コンバートライフストリームは、治癒効果が高い代わりに座標計算がシビアなので、位置がズレると減衰が大きいんです」

 そう言って微笑むアリッサの雰囲気か、はたまた治癒の光によるものか、セラの中で自分の命が助かるという安心感がふつふつと湧き出て、涙があふれ出てきた。

「あの、あなた達は――」

「G.U.I.L.Dの要請で、救援に来ました。いるはずのないモンスターが第一階層に大量発生しているからって。私は彼女――ファナと同じパーティの、アリッサって言います」

「……ありがとう、ございます」

「気にしないでください。困ったときは、お互い様。そうやって私達もA.Eをやってきましたから」

 アリッサがそう言うや否や、周囲に新たな咆哮が響き始める。

「これって――」

「仲間を呼んだみたいです。でも、大丈夫」

 至る所で新たにワイバーンが飛び上がり、遠くからもこちらに向かってくる影がある。

 そのような光景を前にしても、アリッサは落ち着いていた。

「私の仲間、とっても強いので」


 

 * * *



「さてと」

 ファナはフォトンの大剣を自身の左右中空に浮かせながら、上空に再び集まりつつあるワイバーンを眺めていた。

 群れの注意はファナに集中している。これにより、アリッサは要救援者の治療に専念できるだろう。

 ここまでは、ファナの目論んだ通りであった。

 ファナは首元に付けられたチョーカー型の通信機を起動する。

 通常、ストラトスⅠでは塔内に充満する不可視の障害によって、人類の通信機器がまともに扱えない。

 しかし、ファナの扱うG.U.I.L.Dの最新式フォトン通信機器は、同一階層で且つ限定的な距離であれば、音声等の情報共有が可能であった。

「あたし独りでやってもいいけど、どうする?」

『ファナがやるより、ボクの方が消費は少ないよ。準備はできている』

 通信機の向こうの存在が、ファナに対して淡々と返答する。

「じゃあ、任せよっかな」

『撃ち漏らしがあったらよろしく。ないとは思うけど』

「了解」

 通信が途絶える。直後――

 ファナのいる位置から少し離れた、木々が密集したある地点から、砲声と共に光弾が次々と放たれた。

 それは、的確に中空のワイバーンの群れにまで飛び、一匹、また一匹とその胴体や頭部を貫き、撃ち落としていく。

 光弾を避けようと散開しだすワイバーン。

 それに合わせ、木々の合間から高らかに跳躍する影が一つ。

 その影を視認したファナの網膜に、情報が表示される。


 ――――G.U.I.L.D所属/AA級

 ――――ACS/ガンスリンガー

 ――――トリル・レッドフォート


 二挺の銃型のACSを携え、赤のフード付きマントを羽織ったトリルは、四方に散ったワイバーンを視認しつつ――

「戦術解放・追尾ホーミングバレット

 トリルの銃が自らその形状を連射重視の形態に変える。

 そして、先の速度をはるかに上回る連射力で砲火を噴き始めた。

 放たれた弾丸は皆、意思を持つかのようにワイバーンを追尾し、次々と貫いていく。

 単発の威力は先ほどの光弾より劣るものの、射出量は圧倒的であり、一発で仕留められずとも後に続く弾丸が確実にワイバーンの身を削り、屠っていく。

 やがて、連射を止め重力に身を任せ落下し始めるトリル。その鷹の如き目は、群れからいち早く逃げ始めた一匹のワイバーンを視認していた。

「あいつか」

 トリルは、まるでそこに見えない足場があるかのように空を蹴ってさらに上昇し、中空で二挺の銃を連結させ、一つの長大な銃身に組み替える。

「戦術解放――――」

 全速で飛行し遠ざかっていくワイバーンを見据え、トリルが銃身を構える。

穿突スティンガー

 砲光――――

 空を裂き、一条の光がワイバーンを通過する。

 その弾速はこれまでトリルが放ったもので最も早く、その貫通力はワイバーンを撃ち抜いてもなお勢いが衰えることなく、果てまで伸びるほどであった。

 頭蓋を貫かれたワイバーンが墜落する様を見届けながら、トリルは再び重力に身を任せる。

 ファナはトリルが仕事を遂げたのを察して駆け出しはじめ、落下してくるトリルに向けて跳躍し、横から抱えるようにして彼女を受け止め、そのまま着地した。

 銃をしまい、一息ついて地に足をつけるトリルに、ファナが握り拳を突き出す。

「ナイス狙撃」

 にっと笑うファナ。

 トリルはそれに対してふっと微笑み、無言で軽く拳を突き合わせて返す。

「着地はフォローしなくていいよ」

「へへ、何となく」

「やれやれ。まぁ、とりあえずひと段落かな」

 そうして二人は、周囲から全ての敵性反応が消えたことを確認した。




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