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EXPLORER GIRLS -Children of Sandbox-  作者: 彼岸堂流
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 【SB7115. Y2744】



 『大塔』。

 “現代”における呼称は『ストラトスⅠ』。


 蒼き天を衝き、黒き宙へと伸びるその塔の下には、巨大都市『ニューフロンティア』が、塔を中心に円状に広がっている。

 上空から俯瞰すれば、この『ニューフロンティア』が、かつて『ストラトスⅠ』が大地に穿たれた際に発生した広大なクレーターを埋めるようにして作られたものだとわかるだろう。

 かの都市の発端は、『ストラトスⅠ』攻略のために人類が敷いた拠点にまで遡る。

 その拠点に人と物資の需要が増すにつれ、様々な存在が集まり住むようになり、いつしか都市へと姿を変えていったのだ。

 この街には、大陸の覇権を狙い暗躍する者から、ビジネスの匂いを嗅ぎつけた者、どこかの国家から逃れてきた犯罪者、塔の攻略を目論む探索者など、様々な思惑を持つ存在が犇めいている。

 しかしこの混沌において唯一、絶対的な領土を形成し、あらゆる勢力から一目置かれている組織があった。

 

 ――――『G.U.I.L.D(ギルド)』。

 

 この星で初めて『A.E』の開発に成功し、『ストラトスⅠ』以前に存在した第一の塔――『バベル』攻略の立役者となった英雄的集団。

 『連合』――複数の大国家を核に形成された共同体――も無視することのできない、超国家組織である『G.U.I.L.D』は、この星の遍く政府・共同体に対し絶対の中立を謳い、その目的を「塔から得られる技術の管理と保全」と宣言している。

 『ニューフロンティア』の中心街区には、各国政府がそれぞれ管理する拠点が並んでいるが、その中で唯一つ、国家ではない共同体で管理区域を所持しているのが『G.U.I.L.D』であった。

 ……『ニューフロンティア』に長くいる者の間では、とある噂が囁かれている。

 『G.U.I.L.D』の管理区域内には、常に『A.E』によって厳重に警護されている一区画――通称『聖域』が存在し、そこには『G.U.I.L.D』が世界に隠している塔の真実が存在しているのではないか、と。

 しかし、それを確かめようとするものは誰もいない。何故ならこの街にいる者は皆、理解していたからだ。

 「『ニューフロンティア』内で戦争が仮に発生した場合、この街に残るのは、『G.U.I.L.D』の管理区域のみ」ということを。

 そんな――畏れにも近い感情で忌避されていた『聖域』で。


 ひとり、大塔を見上げる無垢な存在がいた――



 * * *



 『聖域』と呼ばれる区画を覆う、真白の壁。

 その内側には、壁と同じく真白な材質で作られた建造物が多数存在するが、一画だけ、樹木と人工芝で緑を演出された『庭園』とも言うべき場所が存在する。

 そこは滑り台などの遊具が疎らに建てられており、何も知らない者が見れば、幼い子供たちが遊ぶための場所だと認識させられるだろう。

 そして、その庭園に一つだけ存在する砂場こそが、幼い『彼女』のお気に入りだった。

「――よし」

 ふぅ、と一息ついて立ち上がり、彼女――ファナは、自分の作った細長い砂の塔を見下ろす。

 首元まで伸びる銀髪が風にわずかに揺れ、透き通った碧眼が己の作品の出来栄えを映す。

 やがてファナは顔を上げ、白い壁の向こう、その視界のほとんどを塞ぐようにして立つストラトスⅠへと視線を移す。

 そのまま首を上げ続け、ストラトスⅠが空を貫く様を眺め――

 ふっと重力に身体を預け、ファナは砂場の上に大の字になって倒れる。

 彼女の視界は、空と雲と、ストラトスⅠのみになった。

「――またここにいた」

 そう声をかけられてファナは、仰向けから寝返りをうち、砂場の縁に立っている、赤みがかった金髪を短く切り揃えた自分と同じぐらいの背格好の少女に視線を向ける。

「トリル」

 トリルと呼ばれた金髪の少女は、ファナの前にしゃがみ込む。

「髪と服、汚れるよ」

 そう言われ、ファナはむすっとした表情で上体を起こし、そのまま胡坐をかく。

探索者(エクスプローラー)はそんなこと気にしないもん」

「はいはい。ファナが気にしなくても、先生が気にするから」

「むぅ――」

 トリルは頬を膨らませるファナにふっと笑いながら、砂場に立つファナの『作品』とストラトスⅠを交互に見る。

「それ……もしかして、ストラトスⅠ?」

「うん」

「本物が目の前にあるのに、作る意味あるの?」

「ある」

 ファナがストラトスⅠを再び見上げる。トリルもそれを視線で追う。

「あの上が何なのかって、想像しやすくなるから」

 見上げるファナの表情は溌溂としており、その瞳には一点の曇りもない輝きが宿っている。

「……飽きないね」

「当然!」

 ファナは立ち上がり、ストラトスⅠの伸びる先――空の果てに向けて、右手を伸ばす。

「いつか絶対、あたしがストラトスⅠを制覇するんだから!」 

「『初めに到りし者』みたいに?」

「うんっ」

 

 ――『初めに(ファースト)到りし者(エクスプローラー)』。

 その名が示すのは、ストラトスⅠより以前に存在していた第一の塔・バベルを、最初に制覇した探索者のことだ。

 至高のA.Eとなった彼女の功績を称えるために人類はその名を冠したとされ、バベル攻略と共に姿を消した『伝説』は、ファナにとってこの空の太陽よりも眩しく輝くものであった。


「あたしも、『初めに到りし者』みたいに誰も見たことない場所を見るんだ。でも、その時は――」

 ファナがトリルに手を差し出す。

「もちろん、トリルも一緒だよ」

「……言われなくても、そのつもりだよ」

 トリルが差し出された手を握り、立ち上がる。

「ボクの目的は――」

「塔の謎を解くこと!」

 ファナがトリルの言葉を代弁し、にっと笑顔を見せる。

「――そう。だから、ファナと協力するのが一番早い」

「うんうん、我ら同じ志を持つ者、すなわち同志! 転じてこれ、パーティ也!」

 ファナが握り拳を掲げるが、トリルはため息をつく。

「もう一人、忘れてない?」

「もっちろん、忘れてないよ。アリッサだって――――ん? そう言えばアリッサは?」

「今更か。アリッサなら、ボクの後ろにいたはずなんだけど――」

 そう言ってトリルが自分の来た方向を振り返ると――

「トリルぅ~~……、ファナぁ~~……」

 新たに一人の少女が、間延びした声で二人を呼びながら、弱々しい走りで近づいてくる。

「おいていかないでぇ~~~~…………」

 亜麻色の長い髪を揺らしながらやや涙目で走る、これまたファナたちと同じぐらいの背格好の彼女は、ファナ達が噂をしていた少女・アリッサであった。

 彼女はファナ達と違い亜人・耳長種であり、透き通るような白い肌と長い耳がそれを証明していた。

「おいていかないよー。ほーら、おいでアリッサ~」

 ファナが笑顔で手を差し伸べると、アリッサがぱあっと顔を明るくしその手を握ろうとする。が――

 やっと手が届くというところで、アリッサの足が急にもつれ、バランスを大きく前に崩してしまう。

「わっ――」

「アリッサ!」

 このままでは転倒するアリッサを、ファナが咄嗟に助けようとする。

 だが、アリッサの方が少しだけ体が大きいためか、受け止めたファナはその勢いのまま後ろに傾いてしまい――

 ファナは、自分の背中に砂のストラトスⅠがぶつかったことを感じ取る。

 ぼふっという柔らかい音と共に、ファナはアリッサと砂場に倒れこむ形になった。

「二人とも、ケガはない?」

「あたしは大丈夫。アリッサは?」

「だ、大丈夫……ごめん、ファナ。突き飛ばしちゃって……」

「いいよいいよ!」

 ファナが起き上がり、手を引いてアリッサを起こす。

「足、くじいてない?」

「うん、もつれただけ……」

「よし」

 ファナがアリッサの長い髪についた砂を手で払う。その最中、アリッサはファナの足元にある塔の残骸に気づく。

「何か作ってたの? 私、もしかして……」

 再び涙目になるアリッサに、トリルが失笑に近いものを浮かべる。

「大丈夫だよ、アリッサ。ファナのぶっさいくな塔は、いつも最後に片づけで壊すんだから」

「不細工とは失礼な! まぁでも、最後に片付けるのはその通り。だから気にしないで、アリッサ」

「うん……」

「そんなことより! 今日も三人揃ったし、いつものやろう!」

 ファナがトリルとアリッサの前に、右手を差し出す。

「――あたしの夢、塔の制覇!」

 ファナは力強く宣言し、期待のこもった目でトリルとアリッサを交互に見る。

 それを受けてトリルは、やれやれと口にしつつも優し気に微笑み、ファナの手に自分の右手を重ねる。

「ボクの夢、塔の謎の解明」

 ファナとトリルがアリッサを見る。

 アリッサはおずおずと、しかしその表情には隠し切れない嬉しさを宿しつつ、自らの手を二人に重ねる。

「私の夢……二人の夢が叶う瞬間を見届けたい」

 三人の視線が、交錯する。

「必ず行こう、三人で――――ストラトスⅠに!」

 三人の右手が、空に向けて高く掲げられる。

 それは、今日まで幾度も重ねられた『砂場の誓い』。

 彼女達の三人の、絆の儀式。


 ――――ファナ達は知っていた。


 自分達がG.U.I.L.Dによって、A.Eを増産するために世界中から集められ……あるいは、作られた孤児であることを。

 ファナ達は親の顔を知らない。

 親がいたのかもわからない。

 試験管こそが彼女らを育んだ子宮なのかもしれない。

 しかしそんなことは、彼女達にとってどうでもいい。

 夢があること。

 同じ場所で育った家族であり親友がいること。

 その二つだけで、彼女達がこの世界に希望を見出す理由は――――充分であった。




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