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少年探偵団をやっつけろ!

翌日、私はナツキに挑戦状を書かせた。計画、立案は私でも、これはナツキの復讐なのだ。

 ––––夕方四時、裏山の基地前で待つ ナツキ––––

 休み時間にこっそりと奴らの下駄箱に呼び出し状を入れて、私とナツキは裏山の秘密基地の前で待機した。奴らの秘密基地は山の高低差を利用し、廃材とみられる木の板や棒切れを巧みに使っていて、それはそれは立派だった。まるでちょっとした展望台のようで、三、四人は入れるスペースがあり、屋根もあるので雨や風もしのげる。これを子どもだけで作ったのだとしたら、たいしたものだ。

 秘密基地を眺めていたら、奴らの声が聞こえた。私は姿が見えないように、さっと木の向こうに隠れた。奴らを迎え撃つのはナツキ本人だ。

「おいナツキ、俺たちを呼び出して何のつもりだよ!」

「あ……あ……」

 奴らの勢いにナツキは怯えていたが、私は木の陰に隠れながらナツキに「がんばれ!」とアイコンタクトを送った。

「このへっぽこ探偵団! 歩く卑猥!」

 ナツキは全身に力を込めて叫んだ。

「何だとてめえ!」

 三人は一斉にナツキに掴みかかろうとしたが、あっという間に威勢の良い声は悲鳴に変わった。

「うわああああ!」

 ズザァ! と音を立てて三人は奈落の底に落ちていった。私とナツキは深さ二mほどの落とし穴を仕込んでおいたのだ。奴らがナツキにやったことを、そっくりそのままお返ししてやった。でもそれだけではない。

「何だこれ? ひいっ……」

 私は穴の底にヘビやムカデのおもちゃを大量にばらまいていた。貝原商店にある百円くじの景品で、本物そっくりの代物だ。あの店の裏によく捨ててあるものを有効利用したのだ。

「うわあ! ひいっ……僕もうだめ……」

 ヘビが苦手な水島大基は穴を這い上がることなく、その場で気絶してしまった。

「やったあ! 作戦成功」

 私は姿を現してナツキとハイタッチをした。ナツキも満面の笑みだった。

「茜、やっぱりお前が手を引いてやがったんだな。よくもタイキを……」

 西野と村内は何とか穴から這い上がると、私とナツキに向かってきた。私たちは一目散に山の中へ逃げた。

「まてえ!」

 西野たちも必死で追いかけてくる。運動が苦手なはずの村内も西野にぴったりついていた。奴らも本気だ。山に入り数十メートルほどいくと、ちょっとした丘がある。その上には丸太が数十本束ねてあった。もちろんこれも調査済みだ。何とかついてくるナツキに手をかし、私たちは丸太の向こう側へとまわった。

「捕まえるぞ!」

「うおおお!」

 躍起になっている西野と村内を限界まで呼び寄せると、私は持っていたはさみで、丸太が固定してあるひもを切った。ゴロゴロと丸太の大木が二人の方へと転がっていく。

「何だ? あぶねえ!」

 運動神経が抜群な西野は軽々とジャンプして丸太をかわすが、体の大きな村内はそうはいかない。

「ぬお、ぎゃっ!」

 丸太をかわせなかった村内は脚を取られ、そのまま丸太と一緒に丘を転がり落ちていった。

「おい、マサヤ、大丈夫か?」

 西野が駆け寄り、村内を丸太の間から救出したが、木の直撃を受けた村内はかなり弱っていた。

「う…う…あとはたのむ……」

 そう言い残して村内は気絶した。

「てめーら、許さねえ!」

 目を血走らせて西野は私たちを追ってきた。私とナツキは再び山の奥深くへと走り出した。

 秘密基地から百メートルほど入っていったところに私の最後のしかけがある。私とナツキは大木の下に、あるモノをばらまき、別の木の陰に隠れた。

「茜、ナツキ、どこだー! 出てこい!」

 私たちを見失った西野は叫んだ。かなり怒っている様子だ。しかし、地面にあるモノを見つけると、急に目の色を変えて飛びついた。

「ああ、これは!」

 それは貝原商店の裏で拾った過激な青年誌だった。西野が好きそうな刺激的なものを何冊か拾っておいたのだ。

「えへへへ……」

 鼻の下を伸ばして青年誌を読み出す西野に私とナツキは呆れながらも、目の前にぶら下がっているひもをひいた。

ガン!

「ぐがっ!」

 大きなタライが西野の頭を直撃した。必殺タライ攻撃。青年誌をエサに、私がひもをひくと、タライが西野の頭上に落ちる仕掛けを作っておいたのだ。枝を利用して遠くの木までひもを通す、森の中でしかできない簡単な仕掛けだ。

「あうう……」

 西野はその場に倒れこんだ。

「やった! 探偵団の三人をやっつけたぞ!」

 私とナツキは抱き合って喜んだ。自分が作った仕掛けに若干不安もあったが、無事に作動してよかった。

「さ、帰ろうか」

 私が振り返ってナツキのもとに駆け寄ろうとした時だった。

「おらああ、茜!」

「きゃあ!」

 西野が私の肩をぐっと掴み、襲い掛かった。タライだけでは倒しきれなかったのだ。西野はすごい力で私を抑え込んでくる。絶体絶命だ。

ゴン!

 さっきよりも鈍い音が響いた。一瞬何が起きたのか分からなかったが、私を抑え込んでいた西野の手が離れた。

「あ……あへえ…」

 西野は目をうつろにさせながら、数歩後ろに下がると、どさっと仰向けに倒れた。背後から西野にタライで最後の一撃を加えたのはナツキだった。

「ナツキくん……」

「はあ……はあ……」

 ナツキは自分がしたことを上手く整理できないのか、息を切らしながら呆然としていた。

 私は西野の身体を木の棒でつついてみたが、大の字で倒れたままピクリとも動かない。西野は完全に気絶していた。私はほっとしてその場で座り込んでしまった。

「ナツキくん……」

「僕、ずっと思ってたんだ。いつも茜ちゃんに助けられてばかりで、ちっともお返しができてない。だから今度は僕が茜ちゃんを守る番だって」

 そう話すナツキの瞳には強さが宿っていた。

 私はただ嬉しかった。心のどこかでナツキのことを何もできない意気地なしだと見下していたのかもしれない。でも勇気を振り絞って、私を守ってくれたのだ。それからナツキは私に手をさし出して「帰ろう」と一言だけ言った。

「ありがとう、お父……」

 ナツキの小さな背中と令和の大きな父の姿が重なった。「?」と不思議そうな表情を浮かべるナツキを前に私ははっきりと応えた。

「ありがとう、ナツキくん」


探偵団の三人を撃退した翌日、事態はとんでもないことになっていた。私とナツキは登校するや否や、すぐに校長室に呼ばれた。そこには神妙な面持ちの校長先生と祐子先生が待っていた。

「あなたたちがやったことは傷害罪です!」

 校長先生にぴしゃりと言われて、私は自分たちがやったことの重大さを自覚した。

 あれからいち早く意識が戻った水島が、倒れている村内と西野を発見し、救急車を呼んだらしい。大きな怪我はなかったものの、物理攻撃を受けていた村内と西野は意識が戻るまで時間がかかったという。

「親御さんたちは比較的寛容で、『子どもの喧嘩だから大事にはしない』と言ってくださっているけどね。一歩間違えれば命にかかわるのよ」

 先生たちの言い分はごもってもだ。私とナツキはしゅんとなった。三人は今日一日入院して明日から登校するらしい。

 校長室でこってり絞られた後、六年教室に帰ると、なぜか私たちはヒーローになっていた。

「お前ら、探偵団の三人を倒したんだって。すげーな!」

 クラスの男子が声をあげた。というか、クラス全体がざわめき立っている。

「はあ?」

 私は目が点になった。

「茜ちゃんたちが、あの三人をやっつけたって、学校中話題になってるよ! 水島と村内はまだしも、西野をやるなんてすごいじゃん。このクラスの新しいヒーローは茜ちゃんとナツキくんだよ」

 吉田さんが私たちを称えるようにいった。

「西野、例の大福事件のあとから調子に乗ってたからね。水島と村内は西野の腰巾着だし、誰もあの三人には逆らえなかったのよ。これであいつらも大人しくなるでしょう」

「まあ、そうかな。ははは……」

 私は複雑な気持ちだった。改めて思うと、いじめっこをいじめかえしても本質的な解決にはならない。周りが私たちをヒーローと囃し立てれば囃し立てるほど、私は冷静になり罪悪感が芽生えた。

 それに、私たちはどんな顔であの三人に会えばいいのだろう。許してくれるのだろうか? いや、下手したらずっと口をきいてもらえないかもしれない。それどころか恨まれて、もっと大きな事件に発展する可能性だってある。本来の居場所である令和を生きる私はまだしも、ナツキの学校生活に支障がでるのはまずいと思った。

「ねえ、ナツキくん?」 

「どうしたの?」

「とりあえずさ、明日あいつらが登校してきたら謝らない? 病院送りなんて、ちょっとやりすぎたよね」

「うん、僕もそう思う」

 下校の途中でナツキに謝罪することを提案したが、ナツキも同じ気持ちで安心した。私は西野に殴られるくらいの覚悟を決めて翌日を迎えるのだった。 

 翌朝、教室の中はいたって普通だった。水島と村内は何事もなかったように楽しそうに会話をしている。私はそれを見てちょっと安心した。あとは西野がそろえば、ナツキを連れて謝りに行こうと考えていた。

「おはよう……」

「茜ちゃん、どうしたの? 浮かない顔して」

 気持ちがナーバスになっている私を畳みかけるように吉田さんが話しかけてきた。

「いやね、今日はあいつらにちゃんと謝らないといけないし……」

「いいんだよ気にしなくて。ナツキくんに意地悪していたのはあいつらなんだし、親御さんも大事にはしないって言ってくれたんでしょ? クラスのみんなも茜ちゃんたちの味方なんだから、堂々としてていいんだよ」

 吉田さんは楽天的な様子でそういってくれるけど、どうも気が重い。「そうはいってもね…」と言いかけたところで、教室の戸が開いて西野が入ってきた。相変わらずの短い半ズボンに白ソックスで、こいつも元気そうだった。西野は水島と村内に声をかけると、三人でまっすぐに私がいる方向へ歩いてきた。三人共に真剣な表情で、何とも言えない圧力を感じる。

「茜……」

西野が口を開いた。

(どうしよう、殴られる……)

私は目を閉じて覚悟を決めた。

「俺たちに協力してくれ!」

 三人組は一斉に私に土下座をした。意味が分からなかった。

「はあ? ちょっとどういうこと? 協力って何? 私、あんたたちにこの前のこと謝ろうと思っていたんだけど」

「それはもういいんだよ。俺たちも悪かったし。あっちで死んだじいちゃんにも会えたんだから。なあマサヤ!」

「ああ」

 間髪を入れずに村内は返した。

(いやいや、それはヤバいだろ。あと一歩で死んでるじゃん……)

 さらっと怖いことをいう西野と村内に突っ込むのをこらえて、私は聞き返した。

「それで、何があったの? ちゃんと説明してよ」

「実は俺たちの秘密基地が大変なことになってたんだ」

「秘密基地が?」

西野は息を飲むとゆっくりと話し始めた。

「昨日病院から帰って、基地の様子を見に行ったんだけど、基地がズタズタに壊されていたんだ」

「本当だぞ。俺もタイキも一緒だったんだ」

村内が水島と顔を合わせて言った。

「基地が壊されたって。そんな……私たち何もしてないよ」

 三人組の基地が壊されたとなったら、一番疑わしいのはこいつらに報復した私たちということになる。でも私もナツキもそんなことはしていない。

「わかってるよ。一昨日僕が目覚めた時、まだ基地は壊されていなかったんだ。だから、たぶん基地が壊されたのは、僕たちが学校を休んだ昨日なんだ」

 水島の言葉に西野と村内も頷いた。

「それにな茜、壊された基地に、こんなものが落ちていたんだ」

 西野は袋の中から長く白い帯状のものを取り出した。葉っぱや泥で多少汚れてはいるものの、これは包帯だ。私の頭の中にあの夜の惨劇が蘇った。                


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