1
短編集の予定です。
続くかもしれないし、続かないかもしれない。
初心者ですがよろしくお願いします。
私は悪役令嬢だ。そう、よくある転生もの。
記憶が戻ったのは、たった今。目の前の男のせいで思い出した。
「お前を信じていいのか?」
目の前の男は、私の腕をいきなりつかんでグッと力を込めた。その痛みが私を疑っていることを証明している。蔑むようなその目が、前世で好きだった物語と重なっていく。
◇◆
前世は、それはそれは絵に描いたような平凡少女。一人が好きで、彼氏より友達と遊ぶ方が好き。(というか彼氏なんていなかったわ)
平凡少女だったけど、人からは「ホスピタリティの塊」と言われるくらい私は”優しい人間”だった。
「自分でいうなんて」と、みんなは思うかもしれない。ちょっと聞いてほしい。私は自分が優しいとは思っていなかった。転生して、あたらめて第三者的に見てそう思っただけだ。
というか、相手の痛みがわかるからできる限り声をかけたり、相手のことが気になるから行動に移したりしただけ。私はそれを無意識にやっていただけで、優しい人間になりたかったわけではない。
それは31年生きてきた中で作られた性格。逆に言うと断れない性格で、ギリギリまでため込んでしまうのが悪いところだった。
……なぜ31年と覚えているのか。それは31歳の秋、誕生日の前に持病の喘息の発作がひどくなり、死んだのを思い出したからだ。その悪化した原因は過度なストレス――仕事もプライベートも断らなさ過ぎていつの間にかキャパオーバーしたみたいだ。
お母さんには大人になっても、ずっと「あんたは断ることができないから、ちゃんと断りなさい」って言われてたのに。
妹からも「お姉ちゃんはやさしすぎる!」と言われてたのに。
そのたびに「妹はもう少し言葉に思いやりを持って。あんたの言葉は刺さるから」と、冗談を飛ばしていたいのに。
ごめんね。お父さんのところに逝く私を許して。
ごめんね。ダメなお姉ちゃんで。
もっと働いて、二人をラクにさせたかったなぁ。
死ぬ間際、私は決めた。好きだった物語のコピーの「死ぬくらいなら、諦める。」という言葉に影響を受けていたのもあるが。
私は……次生きるときは、個性を捨てる。自分を守るために。
◇◆
私は騎士何名かを連れて、山に訓練に来ていた。
……知らないうちに、身体を鍛えることを意識していたみたいだ。もっと肺を強くしておけば、と前世で悔いたのが、知らず知らずのうちに行動にしたのかもしれない。
知らんけど。
稽古をしていた時に、悲鳴が聞こえた。
騎士何人かが魔物に襲われて、騎士の主が攫われてたみたい。
なにそれよくある物語のお姫様かよ。でも主は男らしい。男かよ。
どう見ても動けなさそうな相手の騎士たちを見て、一応私の仲間に「助けたいんだけど、訓練はいったん中止でもいい?」と確認する。私の方が地位は高いといっても、訓練時は騎士団長の命令に従うようにしている。それが礼儀だと思っているからだ。
「お前を信じていいのか?」
そんな時に、相手に言われた一言。
完全に私を疑っている。蔑むようなその目が、その行動が、前世で読んだ物語の記憶と重なる。
死ぬくらいなら、諦める。
このキャッチコピーとともに、いろんな記憶が蘇る。
この世界は、物語の中?
……なんでこの物語の悪役令嬢は、こんなことを言われても助けたんだろう?私には無理だ。メンタルが死ぬ。本当に無理。
「……そうですか。良かれと思っていたのですが、外聞だけで私を判断してそのように言われるのは不愉快ですね。ならば結構です。帰りますわ」
「……え、ちょっ――」
私は悪役令嬢だ。
吊り上がった赤い目、珍しい黒髪。美人でオールマイティな浅く広い能力。
しかし、外聞はあまりよくない。「悪魔の娘」「血の涙もない伯爵令嬢」「息を吸うだけで魂を奪う子」などいろいろあるが……最後のなんだそれ?息くらい吸わせろ。
掴んでいた手を振りほどき、踵を返して仲間に声をかける。
「私、メアリー・ローズ・ヴィンターは、名前も知らない騎士の心無い一言に傷ついたので、やっぱり家に戻りますわ。……もう、疲れましたので」
目をつぶり、額に手を当てて疲れたアピールをする。あまりこんな演技をしたことがないから、どうすればいいのかわからない。フラフラ~と倒れたほうがいいのか?
「「……」」
特に応答がないので、次の言葉を出すために大きく息を吸う。
この身体は喘息を持っていないけど、喘息の発作がでるたびに深呼吸をしていたクセがここで再発する。
「残りのメンバーは騎士団長の命令に従ってください。この主を助けてもいいし、屋敷に帰ってもいいし、訓練してもいいし。私は一人で大丈夫ですので……よろしいですか?」
「「……」」
騎士団長含めて、みんなが下向いて震えてる。
え?私の顔怖かった?ご、ごめん?悪役令嬢でごめん?
で、でも「はい」か「いいえ」くらい言ってほしいな?私は山から下りてもいいですかね?
「あ、あの――「「お嬢様!!無理をしているなら言ってください!!!!」」――え?」
「よく見れば顔色悪いじゃないですか!」
――え?(それは前世の記憶がよみがえって混乱してるからだよ)」
「手もこんなに血まみれで!」
――いや?(これは相手の血だけど)
「帰ったらお嬢様秘伝のホットチョコ作りますからね!!」
――それはありがとう。
「ほら!帰りますよ!!」
若くて力のある副団長が私をひょいっとおんぶをして連れていく。体調が悪いわけではないから歩けるんだけど、甘えようかな。
こういう時お姫様抱っこじゃなくて感謝だわ。あれ憧れだけど恥ずかしいよね。
副団長の背中は広くて、暖かくて、とても心地がいい。……前世ではお父さんにおんぶしてもらってたなぁ……いや、肩車の方が多かったかな。
前世の記憶が流れて脳みそが疲れたから、今すぐ寝ることができそうだ。
「胸なくてごめんね……」
こういう時ってやっぱり胸があったほうが男性は嬉しいよね。歯医者で頭に胸が当たる~みたいなやつ。エロ本かよ。
「ば!!!な、なに言ってるんっすか!!!」
副団長真っ赤だわ。可愛いなぁ~~
「訓練してたから汗臭いし」
「え?めっちゃいい匂い……ゲフンゲフン」
「みんなもごめん……こんな私で……」
「……何言ってるんすか。お嬢様のおかげで俺たちは生きているのに」
「……」
「お嬢様?」
「すぅ……」
「寝てますね」「寝てるな」「いいところなのにな」「おんぶ係変わってもいいんだぞ?」「俺もお嬢様のペチャパイを感じたいです」「断る」
お嬢様が寝たことをいいことに、言いたいことを言ってくる団員達。
「ところで、団長は終わりましたかね?」
「終わったんじゃないか?今悲鳴が聞こえたし」
「どっちの?」
「どっちも」
◇◆
お嬢様は天使だ。
外聞で「悪魔の娘」「血の涙もない伯爵令嬢」「息を吸うだけで魂を奪う子」と言われているのは理由がある。お嬢様のお父様、つまり旦那様が、”変な虫が付かないように”と、噂を放置しているからだ。
……それでも、本当のお嬢様に気づいて近づく輩はたくさんいる。
「悪魔の娘」「血も涙もない伯爵令嬢」の所以であるのが、「ヴィンター家の訓練は地獄」という噂のせいだ。まあそれは本当だが。
5歳の頃から16歳になった今までもずっと、お嬢様は騎士がケガをすると泣きそうになりながら手当をしてくれる。しかも全員。昔からいる騎士には「バカ!毎日訓練でケガをするなって言ったでしょ!!」って泣いていた。小さい手で一生懸命包帯を巻いてくれるのが可愛い。今は目を潤ますだけで泣いてはくれないけど。
ヴィンター家の訓練は厳しい。みんなケガをするために訓練しているといっても過言ではない。
安心してほしいのは、みんな切り傷くらいのケガしかしない。それくらい”強い”のもあるが、理由は骨折したらお嬢様ではなく神官の治療になってしまうからだ。……お嬢様が光魔法を使えるようになったら、たぶん死ぬギリギリまで訓練する気がする。
まあ、そんな感じで全力で訓練していたらヴィンター家はこの国で2番目に騎士団になってしまった。(表向き、王室騎士団が最強である)
悪魔の娘――つまり、悪魔のように強い家の娘ということ。あながち嘘ではない。
血も涙もない伯爵令嬢――そんな悪魔のような家を放置している令嬢。これは嘘だな。むしろ心配してくれる。天使。
息を吸うだけで魂を奪う子――そこに存在するだけで人々の心を奪う子。生きているだけで感謝。むしろ神。尊い。
この噂を信じない者ももちろんいる。そういうヤツらが騎士の試験を受けに来るので、ふるいにかけるのが年々大変だ。中には狂信的な輩もいて、お嬢様の姿を見るだけで失神する。役に立たない。せめて肉壁になれるように立って失神しろ。失格!
……話が逸れた。つまり何が言いたいかというと、伯爵家の人間はもれなく全員「お嬢様のことが大好きである」ということだ。
大好きな人を侮辱されて、黙っているわけがない。
そしてめったに弱音を吐かないお嬢様が「疲れた」と、はっきり言葉にした。
これは由々しき事態だ。
お嬢様が侮辱された瞬間、団長組と副団長組に分かれた。事前にじゃんけんをしているからこういうのはスムーズだ。ちなみに一番勝った人がお嬢様のおんぶの権利をもらえる。つまり俺。
俺らはお嬢様を無事に家まで届けて旦那様へ報告する。
団長たちは、魔物の討伐と相手の主の救出、そして侮辱した輩への「教育」である。本当は再起不能になるまでひねりつぶしたいところだが、お嬢様に嫌われるのでやらない。嫌われたら生きていけないから「教育」でとどめている。教育内容は機密事項だ。
「……あれ?お嬢の腕、アザついていません?」
騎士の一人がお嬢様の腕を見て声を上げる。今まで気が付かなかったが、お嬢様の白い腕に手形が浮かび上がってきた。あの無礼な騎士がお嬢様の腕をつかんだ時に付いたものか?死ね。
「俺、お嬢と手すら握ったことないのに……」
「誰もねーよ。むしろ握ってたら今ここで集団リンチものだぞ?」
「姫の腕の件、とりあえず団長へ報告しますね」
騎士の一人が団長の元へ文字通り”飛んで行った”
アイツは足が速くて存在も消すことができる。暗殺向きの騎士だ。そしてお嬢様(姫)のファン。
ギャーーーーーー
今悲鳴が聞こえたからもう団長へ報告したのか。早いな。
「アイツ敵に回したら死ぬわ」
「ファンの一人だしな」
「ファンじゃなくて狂信者じゃないか?」
俺からしたら団長含めてヴィンター家の人間全員、敵に回したくないわ。
◇◆
屋敷について、俺はお嬢様をベッドに運ぶ。
お嬢様の腕を見た瞬間の使用人やメイドの顔がヤバかった。もしかしたら今日貴族が1つ消えるかもしれない。まぁ半分冗談だが。
「お嬢様、家についたっすよ!」
起きない背中の少女へ声をかける。まったく起きない。
「お嬢様、起きたらみんなでホットチョコレート飲みましょうね。今度、教えてくれたプリンを一緒に作りましょうか」
「すぅ……」
本当に起きないな。しょうがない、ホットチョコレートはまた今度かな。
待機しているメイドに着替えを任せて、俺は部屋を後にした。
「……メアリー様、また無理をなさったのですね」
メイドの少女は、起きる気配のない主の腕を見て悲痛な表情を浮かべる。「あぁ、またなのか」と、自分の無力さに悲しくなる。
「……アキ」
呟かれた声に、バッと顔を上げる。……寝言のようだが、メアリーの目からは涙が流れていた。
「もしかして、記憶が戻ったの?」
質問の答えは返ってこない。今からたたき起こして聞きたい気持ちをグッとこらえて、メイドは呟く。
「魂に刻まれた性格はなかなか治せないんだよ……ユキお姉ちゃん」
そのやさしさがお姉ちゃんのいいところなのに、それでストレス抱えて死ぬなんて。本当にバカだよね。
「でも、今後は守るから。お姉ちゃんに助けられた人は、前世でも、今世でも、たくさんいるんだよ」
少女のつぶやきは、暗闇に溶けていった。