探検! 異世界の街
「それなんだけど、母さん」
向かいに座るニイナが身を乗り出してきた。
「この犬、使い魔とかじゃないのかなぁって思うんだ。元大魔導士としてはどう思う?」
え?! お母さまも魔法使いなの?
でも、元ってことは結婚を機に引退したんかな。
聞かれた母はというと、僕の方に向き直って目を細め考え込む。
「うーん……、母さんには面白い顔の犬にしか見えないなぁ」
「そうじゃなくて、秘められた魔力とかさぁ!」
「わたしゃ、他人の魔力とか気にしたことないからなぁ~なんせ最強だったしぃ」
エプロン姿で腕まくりするその姿は、とても元大魔導士には見えない。
「ケンちゃんはケンちゃんだよ! 知らないオジサンが言ってたもん!」
話が脱線しかかったところに、ロロアが大声で参加してきた。
ニイナがあきれ顔でロロアに聞き返す。
「昨日も聞いたけど、なんで知らないオジサンがケンの名前を知ってるのよ? もしかしてその人が飼い主なんじゃ」
「違うよ。ケンちゃんの首輪にぶら下がってた紙に書いてあったんだもん!」
「5歳児じゃ読めないからなぁ」
「ロロア、字読めるもん! でも、外国の言葉だったから分かんなかったんだもん!」
その言葉を聞いて、カレンは何かを思いついたようなハッとした表情になった。
「魔法文字ってことは無いかしら、母さん?」
「どうだろう? 手掛かりになる首輪も燃えちゃったしねぇ」
母はそう言って椅子から立ち上がり、僕の元にしゃがみこんだ。
さらに母が僕の頭をなでながら言葉を続ける。
「取りあえず飼い主が見つかるまで飼うのは構わないけど、世話はあんたたちでやりなさいよ? 餌も自分のおこずかいで賄うこと、いい?」
「「「はーい!」」」
――ふぅ……。
一時はどうなることかと思ったぁ~!
これで当面はハーレム生活を堪能できるぞ。
朝食も終わり姉たちが後片付けをしている間、そのまま食堂でロロアちゃんとじゃれ合って遊ぶ。
「ケンちゃんお手」
「ワゥ!(はいよ)」
「いいこいいこ。今度はゴロンして!」
「ワン!(あらよっと)」
仰向けでされるがままにモフられていると。
「あれれ? ケンちゃん、お腹がカピカピしてるぅ」
――しまった! 朝に発射したヤツそのままだったわ。
ニイナもやってきて心配そうに僕の腹毛に付着したカピカピをつまんだ。
「どうしちゃったんだろ? 何か病気かなぁ?」
「ヴァウワワ!(違う違う、そうじゃないんよ!)」
てか、毛といっしょに引っ張られると痛いんよニイナちゃん。
さらに長女もやってきて、心配そうにのぞき込んできた。
「どうしたの?」
「カレンお姉ちゃん。ケンちゃんのお腹が変なの」
「あっ! ゴメーン! 朝お漏らししちゃってそのままだったわ。すぐに拭くからね」
炊事場に取って返したカレンは濡らしたタオルを持ってきた。
「さぁ、きれいきれいしてあげるねケン君」
「きゅい……きゅいいん!(あ、お姉さんそこはアウチッ! もっと優しく!)」
お姉さんが膝をついてお腹を拭いてくれるもんだから、ローブの隙間からメロンちゃんが溢れ出そう。
しかも、下の方をモミモミするのは……はぁはぁ、あう!
「ケンちゃん笑ってるよぅ」
「アウアウーン!(うあぁマジヤバい、ナニコレ!)」
「くすぐられるの好きなのかな? どうなのよケン?」
「ワウワォーン!(ニイナちゃんダメだ! そんな同時になんて! もっと……もっとしてくれ!!)」
「こらっニイナやめなさい。この子興奮して嬉ションしてるじゃない。せっかく綺麗にしたのにほら、また拭かなくちゃ」
「ワワワフーン!(お姉さん! 先っぽは! 先っぽはヤバイっす!)」
「ねぇねぇ、ウレションってなぁに?」
「モフモフされてうれしい? うれしいのケン?」
六本の手で同時に責められ、僕は朝からぐったりなってしまった……。
「あんたたち、いつまでも食堂で遊んでないの! 休みなんだから部屋の掃除でもしてきなさい」
母の言葉に一番に反応したのはニイナだった。
「私、ケンと買い物に行ってくる! 来なさいケン!」
「ロロアも! ロロアも一緒に行く!」
「私は二度寝させてもらうわ」
「出て来たは良いものの……ロロア、おこずかいどんだけある?」
「今月は全部つかっちゃった!」
「ちぇ、私もあんまり残ってないよう。お姉ちゃんに借りてくれば良かったなぁ」
路地から大きな通りに出て、井戸のある広場とは反対方向へ曲がった。
太陽の向きから考えて北東の方向に進んでいるみたいだ。
途中で右に曲がってからしばらくすると、賑やかな声が聞こえてきた。
大通りの両側に五階建ての瀟洒なレンガ造りの建物が建ち並び、一階の店先には屋外席が広がっているカフェやレストラン、服屋、食器屋、家具屋に武器屋など多種多様なお店で賑わっていた。
ここは異世界流の商店街といったところか?
「ペット用品のお店ってどこだっけ?」
「お姉ちゃん。あそこの人に聞いてみたら?」
ロロアが指さす先には、カフェの屋外席。
そこにはポメラニアンっぽい犬を連れた上品ぶった初老のご婦人がお茶を飲んでいた。
ご婦人の元まで歩いていくと、ポメラニアンが僕をみとめるなり、途端に険しい表情になった。
「キャンキャンキャンキャン!(ナンヤワレ! ナニメンチキッテンネヤ! イテマウドゴラァ!)」
「きゃいんっ!(怖っわ! あのポメ怖っわ!)」
僕はポメの口汚さにドン引きしてニイナの後ろに隠れた。
「ケンちゃん弱虫だねぇ」
「なによケン! あんな可愛い子を怖がっちゃってさぁ。昨日の勇敢さは何処行ったのよ?」
いやいやいや……、勘弁してくださいって!
あの狂犬ポメ怖すぎですから。
マジでオシッコちびりそうになった……って、あー! オシッコ!
起きてから出してないじゃないか!
「アウ~ウ~?(公衆トイレとかないかなぁ~?)」
僕がソワソワ辺りを見回している間に、姉妹は狂犬ポメラニアンの飼い主から情報を引き出してきたようだ。
「ケンちゃん行くよ!」
お店はすぐに見つかったものの、ショウウインドウに並ぶ首輪たちはどう見ても高級そうな雰囲気を醸し出していた。
「500ケンドルって何よ! ありえなくない?」
「お姉ちゃん幾ら持ってきたの?」
「9ケンドルと56コニー」
店頭のガラス窓に額をくっつけて恨めしそうに中を覗いている姉妹。
そりゃあ無理でしょうよ、どう見たって高級ブランドショップみたいな感じしてるし……。
「お姉ちゃんお姉ちゃん! あれキラキラして可愛くない?」
「わぁ~! 綺麗だねぇ! でも4000ケンドルだってさ、ウケル!」
どれも買えそうもないので、開き直ってウインドウショッピングを楽しむ姉妹。
この隙にどっか路地裏で出してきちゃうかな……。
僕は辺りを見回したけれど、どのビルも長さ百メートルはありそうな隙間のない大型建築で、隣の建物までも10メートルくらいの道路で隔てられて隠れる場所がない。
「ワンワン!(ねぇさんたち、もう良いんじゃないですかい?)」
「どうしたのケンちゃん?」
「何プルプルしてんのよ?」
「ワンワンワンワンワン!(ああもう分かんねぇかな! オシッコだって言ってんの!)」
しびれを切らした僕は、後ろ足を片方上げて犬みたいにオシッコをするポーズをして見せた。――って犬ですけど……。
「ケンちゃんオシッコだ!」
「ワン!(正解!)」
「そうなのケン?」
「ワンワン!(さっきから言ってるじゃないか!)」
「ここじゃ人通りが多すぎるか、よし! 噴水広場まで行きましょ」
しばらく進むと建物が途切れ、噴水広場に出た。
そこにはベンチや花壇なんかも有って、市民の憩いの場みたいになってる。
「この辺なら平気じゃない? さぁどうぞ」
生垣の横で立ち止り、僕をジッと見下ろす姉妹。
あのそんな見られてちゃ、出るもんも出ないんすけど……。
そんな不毛な時を過ごしていると、ロロアちゃんが何か思いついたみたいに目を見開いた。
「あ、ロロアもオシッコしたくなっちゃった」
「公衆トイレはあっちだよ」
――何ですと!!
ニイナが指さす先には、僕が探し求めていた小さな小屋。
僕は居ても立っても居られずに駆け出した。
「ケン! 何処行くのよ!」
「見てわかるでしょお姉ちゃん。オシッコだよ」
小屋の中に飛び込むと、壁際の下に刻まれた細い溝に水がちょろちょろと流れていた。
あ、何か見たことあるタイプのトイレだ。
僕は壁に両手をついて立ち上がり、溜まっていたものを勢いよく放出した。
「アゥウウゥウ~!(はぁ、生き返ったぁ~!)」
しかし、安堵のため息をついたのも束の間。
隣で用を足していた男から声を掛けられた。
「何だお前は?」