泊めさせてくれ!
彼女たちの家には5分とかからずにたどり着けた。
周りには車一台分横づけ出来れば良いんじゃないかという狭い間口の木造タウンハウスが軒を連ねる。
道に面した玄関から中に入ると、うすぼんやりした灯りで照らされた空間が奥まで続いていた。
「良かったぁ」ニイナが安堵のため息をついた。「まだ母さんたち帰ってきてないや」
「ねぇニイナお姉ちゃんごはんわぁ?」
「その前にオシッコでしょ?」
ニイナは妹の頭に手を置いて諭すように話しかけた。
あ! そういやションベンすんの忘れてたわ。
さっき井戸水がぶ飲みしたから、溜まってたんだよね。
ロロアちゃんは顔をしかめてめんどくさそうに応える。
「えぇ、食べてからでいいよぅ」
「何言ってんの? また、食べてる途中でオシッコ行きたいとか言い出すに決まってんだから! あんた、ひとりでオシッコ行けるの?」
「うぅ……」
犬みたいな呻きを漏らし、言い返す言葉が見つからないロロア。
さぁ行くわよとロロアは姉に手を引かれ奥へと進む。
もちろん、ロロアがリードを持っているので僕も後に続いた。
玄関を入ってすぐにある応接間らしき部屋の先には採光のための小さな中庭があった。
その奥に食堂キッチンと続き、そこからは廊下沿いに3つほど扉が壁沿いに並ぶ。
真っ暗な廊下を照らす明かりはニイナが手に持つランタンのぼんやりした白色光だけ。
これは僕でもちょっと怖いと思う。
終点の縁側の先は開けた土地になっていて、樹木生い茂るちょっとした公園みたいだ。
どうやら共同の中庭みたいなものなのだろう。
その中庭に突き出るようにある半畳ほどの掘っ立て小屋がどうやらトイレらしい。
「待ってるから、早く行ってきな」
姉にリードを渡し、そそくさとトイレの戸を開けるロロア。
戸を開けたときに見えたトイレは、床が段差になって上の段に座れるみたい。
ロロアがスッキリした顔で出て来て、さぁ次は僕だとトイレに向かおうとする……が。
「グェッ!」
「何やってんの?」
リードがピンと伸びきって首を持っていかれる僕。
振り返ると、ニイナがキョトンとた目で僕を見下ろしてた。
そんな僕にロロアが助け船を出す。
「ケンちゃんもオシッコしたいんだよ」
「はぁ? 有り得ないでしょ! 人様のトイレで用を足す犬なんて聞いたこともないけど」
「おりこうさんだからできるお!」
ああ! またバカなこと言ってるよみたいな呆れた目で僕らを見たなお姉ちゃん!
ニイナ君、この場合はね、バカなのは君の方なんだよっ!
さっさと僕をトイレに入れないさい!
さもないと、もう漏れそうなんですっ……。
「クゥーン(頼むよ姉さん)」
「しょうがないなぁ、汚れたらあんたがキレイにすんのよロロア」
「ケンちゃん汚さないもん」
そうこなくちゃニイナちゃん!
ニイナが扉をかけてくれて、そのまま僕はトイレに入り、便座を汚さないように脚を広げて上の段に上った。
はぁ~あああ……スッキリしたぁ!
僕は安堵のため息を漏らした。
「これマジ……」
「へへっ、だから言ったじゃん!」
ハッ?!
振り返ると、僕の排尿行為の一部始終をジッと見つめていた観察者2名。
いやいやいやいやいや……!
人様のトイレ覗くかふつう? まぁ、今の僕は犬様だけど……。
ちょっと、普通の男子高校生には高度すぎるプレイすっよ、お姉さん!
彼女らの視線に耐えられず、僕は頭を伏せて顔を隠した。
まぁ、頭隠して肛門隠さずの無様な格好してたと後で思い至るわけだが。
そんな僕のことを知ってか知らずか、ニイナが神妙な表情で口を開く。
「たぶんだけど、この子の飼い主凄い人なんじゃない?」
「すごいひと?」
「使い魔とかテイマーとかいるじゃん。街中で見ることは無いけど、いろんなこと出来るらしいよ?」
「ふーん、じゃあケンちゃんって、まんじゅうなの?」
「ロロア、まんじゅうじゃなくて魔獣ね……」
ニイナのあきれ顔が目に浮かぶ。
僕はいつまでもトイレに籠っていられぬと縁側に戻った。
すると、ニイナがしゃがみ込んで僕の顔を覗き込んできた。
か、かわいい……。
ハーフっぽい整った顔だけど、小首を傾げるしぐさに何処かあどけなさが残る。
新雪のような白い肌はどこまでも滑らかだ。
しばらく僕を観察した後、彼女はニコッと目を細めた。
毛むくじゃらじゃなければ、僕の顔が真っ赤に染まっているのが判ったことだろう。
「そんなわけないか」
ニイナは立ち上がり、妹の頭をぐしゃぐしゃに搔きまわした。
やられたロロアは口を尖らし抗議する。
「なんだよぅ!」
「ごめんごめん! さっ、晩ご飯にしよ?」
食堂で出された晩ご飯は魚と根菜のポトフ、どうやら作り置きしてあったみたい。
それにしても、台所が炭か薪を使った竈と流しが樽の水を汲んで使う以外は、現実世界とあんまり変わり映えしない。
食堂はフローリングの床に木製テーブルのセット。
お皿は陶器だし、スプーンも金属製。
ガラス窓のサッシが木製なところが逆に高級そうにすら思えてくる。
ニイナがテーブルの真ん中に鍋を運んできて、各自のお皿によそった。
「さ、食べよう」
「お姉ちゃん、ケンちゃんにも」
「あ、そうだったよね」
ニイナは慌ててスープ皿をもう一枚取りに行き、よそったポトフを床に置いて、ごめんねと僕の頭を撫でた。
床に直置きの皿に口をつけて食べるのは抵抗があったが、ジッと見つめるニイナに変に勘繰られるのもマズイと、一口。
「ワフウッ!(うんっめぇ!)」
ここのところ母が忙しくしててスーパーの総菜ばかりだったから、魚の出汁が骨に沁みるぜ。
中々口だけでガッつくのは慣れないが、僕の食欲は止まらない。
しかも、「よく食べるねぇ!」とか言って、ニイナが頭から背中を撫でてくれるのがなんとも心地よいのだ。
ロロアも、「わたしもよしよししたい!」とか、言ってきそうなもんだが食べるの夢中なのだろうか?
実のところ僕がヨシヨシされてる間に、ロロアは睡魔に襲われ、うつらうつらしてたのだ。
「ああもう! 寝る前に食べちゃいなよぅ!」
「ふみゅう、おなかいっぱあい」
気付いたニイナが、無理やりスプーンを妹の口に運ぶ。
なんとか完食させるが、ロロアのライフはすでにゼロのようだ。
「お風呂どうすんの?」
「いい……にぇるぅ」
「ああ、うーん……大丈夫かなぁ~」
なんだかソワソワと僕と妹を交互に見つめるニイナ。
「どうしよっかなぁ。さっと行けば大丈夫かなぁ」
彼女は散々迷った挙句、「よしっ!」と、言った後に僕の頭をひと撫で、
「ウロウロしないで、お利口にしてなさいよ」
と、ニコッと微笑みかけた後、妹を抱きかかえて食堂を出ていった。
別にロロアちゃんを寝かしつけに行く間に居なくなったりしませんよ僕は!
しかし、ニイナが気にしていたのは別の事だった。
それを思い知らされるのは、僕が皿の生身を平らげ、口を拭うのに前足を使うのと後ろ足をつかうのどちらが良いのかと試しているときになってから……。
玄関の方から戸を開く音が聞こえて来たかと思うと、ほとんど間を置かずに女の人が何やらおしゃべりする声が漏れ聞こえ、段々と足音がこちらに近づいてくるのが判った。
そういや、母が帰ってくるようなことを言ってたな……。
僕が呑気に頭を後ろ足で掻いて待ち構えていると。
「ただいまー」
という声と共に、漆黒のロングヘアーの女性が入ってきた。
――若けぇ! そして、おっぱい超デケェ!!
それが僕の彼女に対する第一印象だった。
だって、母というには若すぎる。――巨乳だけど。
どう見たって清楚系奇麗でメロンみたいに大きなお乳を持つ二十歳くらいのお姉さんにしか見えない。
「あら? お皿出しっぱなしじゃないの……?!」
歩みを進める彼女が皿に手を伸ばした時、下にいる僕と目が合った。
彼女の目がみるみる大きく見開かれていった。
こうまじまじと見ると、思ったより更に若いな。
化粧っけも無いし、美女と言うより美少女か?
やれやれ、落ち着いた雰囲気と大きすぎるおっぱいに騙されちまったぜ!
そんな僕の疑念とは関係なく、彼女の口も大きく開かれた。
「キャアアアアアアアア――!!!」
そりゃあもう、僕の鼓膜が破れるんじゃないかというほどの絶叫が食堂に響き渡ったのだ。