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異世界半日放浪記

 いや……何となくは気付いてはいたんですよねぇ~!

 立ち上がれないし、四つん這いで走れるし、手じゃなくて前足だって見えてたし。

 でも……なかなか受け入れられないのよ~!

 自分が犬になったなんてさぁ、実感湧かないよ……すぐには。


 しかし、その所為でマズイ状況に僕は陥ってしまう。

 呆然としてる間に、僕の身体を連れ去った誘拐団はどっか居なくなっちゃった。

 周囲を見回せば、誰も僕の事など気にも掛けやしない。


 ――つうかやっぱ異世界なのか?


 街行く人々の姿は日本人っぽい顔立ちの人が多いけど、髪色は水色やピンクもあって多種多様。

 服装も何とも言えない無国籍風で、ボタンより布を巻き付ける感じ?

 ちょっと着物っぽい感じもしなくもない。


 そして何より空を見上げれば、行きかう大小様々な飛行船の群れ。

 その飛行船の行先を目で追えば、海上にそそり立つ高い塔。

 そして、その上に光る青白い輪。

 飛行船は次々と青白い光輪に吸い込まれていくように姿を消し、その反対側からはまったく別の飛行船が姿を現わす。

 僕がこの世界に転移してくる前に見た光輪と同じに見える。

 だとしたら、あれはワープ装置みたいなものなのだろうか?


 と、ついつい新奇な世界に見とれて時が過ぎるのを忘れてしまった。

 それにお腹も空いてきたし、海風にあたり続けた所為で寒くなってきた。

 僕はとりあえずお城を探すことにした。

 さっきの奴らがお城に連れてくみたいなこと言ってたしね。


 僕が最初に居た空き地は資材置き場みたいな場所らしく、周囲には野ざらしになった材木やレンガなんかが無造作に積んであった。

 その周りに、レンガ造りの高さ十メートル以上はありそうな巨大な倉庫群。

 どうも、ここらは街はずれっぽい雰囲気だ。

 あの光輪も人工物みたいだから、町のど真ん中より端にあった方が何かと都合が良いんだろう。

 そう思って、僕は光輪の塔とは反対方向に海岸線を進むことにした。

 だって、お城と言えば高いところにあるか、町の中心地にあるに決まってる。


 30分くらい歩いただろうか、賑やかな市場が見えてきた。

 木の板か布を張ったような粗末なテントが海にせり出すくらい端っこまで乱立し、異国の香辛料や魚の生臭い匂いが狭い通路から溢れ出ていた。

 ごった返す人の流れに釣られて僕も市場の入口へと向かう。

 しかし、これは大きな間違いだった。


 ちょっとウインドウショッピング気分で乾物屋の店先に並ぶ木箱に目が留まった。


「へぇ、異世界でもスルメイカの干物があるんだなぁ」


 などと犬語で呟きつつ、木箱の中を覗き込んだのがいけなかった。


「何してんねん! 野良犬がぁ!!」


 ハゲ散らかした店主が鬼の形相で僕に迫る、その手には何か凄くヤバそうな包丁のデカい奴。――多分マチェーテっていうやつだ。

 間一髪で僕は振り下ろされたソレを避け、一目散にその場を走り去った。

 心臓バクバクで焦りまくりの僕は狭い市場で全力疾走したもんだから、もう、その後も地獄でしたわ。

 道の先々で商品にぶつかり、蹴られるわ、棒で叩かれるわ散々な目にあった。


 気が付いたら市場はとっくに後にして、内陸方面のどっかに出ていた。


 ――ヤバい、道に迷ったぞ?!


 突然やってきた異世界で道に迷うもないだろと思われるかもしれないけれど、少なくとも先程までは何となくの街の全体像を把握しながら脳内マッピングをしていたのだ。

 それが、今では市場からどうやってここまでたどり着いたかも分からない。

 辺りの建物はレンガ造りで高級そうな西洋風建物から、昔の日本風っぽくもある木造二階建てに。

 道も石畳から所々穴の開いたむき出しの表土に代わっていた。

 太陽も傾き、すでに夕方になりつつある。

 夜に動くのは危険だろうし、体力を回復するためにも一旦落ち着ける場所が必要だ。

 適当な場所は無いかと歩き続けていると、四辻の真ん中が小さな広場になった場所にたどり着いた。

 しかも、広場の真ん中には手押しポンプが備え付けられた井戸が見える。


「水だ!」


 僕はポンプに飛びついてレバーを押し下げ、勢いよく溢れ出た水に急いで頭から突っ込んだ。

 それほど、喉が渇いていたんだなぁ。

 だって、何時間歩いたんだか分かんなくらいだったからね。

 レバーと給水口を行き来きすること十数回、お腹がタプタプになるまで止められなかった。

 

「ふぅ~生き返ったぁ」


 満足して大の字にひっくり返った僕。

 はっきり言って、かなり油断してたんだと思う。

 だってさ、市場では色々あった。

 けれども、その後は誰も犬になった僕の事など無関心。

 ちょっとはあの犬迷子かしら? とか、心配する異世界人は居ないもんなのかねぇ。

 と、いった調子で、これからならず者たちに襲撃されるなど、これっぽちも考えていなかったのだ。


 それは小さな石礫いしつぶてから始まった。


「ワフッ!(痛てっ!)」

「やったぁ!」


 僕は額に喰らった突然の痛みにびっくりして飛び上がった。

 地面にはいくつか小石が落ちてる。

 彼方を見渡すと、四辻の角っこ辺りから顔を出してる洟垂れ小僧。

 何すんじゃゴラァ! ……と、叫びたい気持ちをグッとこらえ、


「ウゥ……」


 唸るだけで勘弁してやる僕。

 だって、幼児相手に大人げないもん。

 いや……本当はじっと見つめてくる小童こわっぱの目が怖かったし、もしかしたらゴブリンってこともあるでしょ?

 ここは異世界だしさぁ、慎重に慎重をかさねないと!

 

 つうか、いつまで見てんのよ!

 視線をそらした方が負けみたいな不毛な戦いに巻き込まれた?

 しびれを切らした僕はシッシと、右前脚を振ってからもうお前の事なんか気にしてねぇよと後ろを向いた……んだけど。


「キャイッ!(痛てっ!)」

「やったぁ!」

「ワン、ワワウワワン!(ワレ、舐めとんのかゴラァ!)」


 僕はなりふり構わず小童に向かって駆け出した。

 僕をキレさせたら大したもんよ。

 幼児のクセに、それだけはあっぱれだ。

 大人の本気を見してやんよ!

 しかしこの後、子どもの残酷さを身をもって経験させられたのは僕の方だった……。


 逃げる小僧を追って四辻を飛び出した僕は、狭い路地に追いつめた……と、思ったら僕の方が追い詰められていた?!

 つまりは、罠にハメられたのよ。

 路地に入った瞬間に塀の上に待ち構えていた小僧の仲間たちからの石礫による波状攻撃!

 もちろん、第一小僧もニチャアと薄気味悪い笑顔を見せながら両脇に控える餓鬼らと共に投石を開始した。

 たまらず引き返そうと後ろを向くと、そこには出口に立ち塞がる餓鬼三連星。


 何と言う事でしょう!

 異世界に来た初っ端に、推定5歳児の人間の群れに成敗されるとは!


「来世では、チートマシマシでハーレムお願いしますよ神様」……(完)


 薄れゆく意識の中で、そう呟いていると。


「もう、そのへんで止めなよ~」


 と、気の抜けた幼女の声が聞こえてきた。

 すでに痛みも感じなくなり、後はお迎えを待つばかりなのか?

 そんな僕の頬をそっとつかんで持ち上げる誰か。

 目を凝らすと、そこに天使がいた。


「ごめんねぇ~ワンちゃん。でも、ワンちゃんもいけないんだお」

「ワッ?(え?)」


 大きなお目目を輝かせたポニーテールの天使、推定年齢5歳は僕の頭をゴツンと叩いた。


「ワフッ!(痛てっ!)」 

「わあったならいいよう。きゃっきゃっ!」


 どうやら、後々判ったのだが、僕が井戸を占領して彼女が水を汲めなかったらしい。

 それで、良いとこを見せようとした彼女のお友達たちが僕を井戸から追い出すはずが、いつの間にやら話が盛り上がってあんな事態に……。


 僕のひ弱さが理解できたのか、幼児たちは三々五々引き上げていった。

 ひとり残った天使みたいにかわいらしい幼女はバケツいっぱいに水を汲んで、持っていこうといたものの。


「うーん! うーん!」


 大人用の大きなバケツは彼女には重過ぎるようで、びくともしない。

 中身を減らせば良いんじゃないの? と伝えようにも伝えられない僕の現状。

 おいおい、彼女の目にどんどん涙が溜まってきてるよ。

 目を擦って涙をぬぐう健気な幼女。

 僕は心の中で、頑張れ! だとか、君ならきっと出来る! と応援する。

 つうか、さっきから彼女、こっちの方をチラチラ見てないか?


「だれか手伝ってくれたらにゃあ~」


 にゃあ~って、あんた! そんな猫撫で声に引っかかるほどわたしゃ安くないわよ!


挿絵(By みてみん)


結局……。


「ありがとうワンちゃん」

「ハウ……」


 僕は口に取っ手を咥えてバケツをぶら下げて、幼女が引っ張るリードに連れられつつ、彼女のお家に向かうことになったのだ。

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